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閑話 侯爵令息は馬鹿な子に絆された


 アシュレイ・ディ・ロヴェーレは、侯爵家の長男として生まれた。

 一つ下には弟がおり、アシュレイにとってこの弟は『かわいい』よりも『苦手』という感情を抱く相手である。

 なぜなら、魔術以外において、アシュレイは弟に何一つ勝てないからだ。

 侯爵家の跡取りとしては、魔術は必須のものではない。

 ゆえに、昔からよくこう囁かれてきた。


 ――〝弟のほうが先に生まれていればね〟


 生まれていれば、なんだというのだ。

 そんなこと、言われなくてもわかっている。

 父がアシュレイよりも出来のいい弟のほうをかわいがっていることも、母がアシュレイに関心がないことも、全て、わかっているのだ。

 だから逃げるようにクローディア学園に来た。

 魔術学園なら弟は来ない。弟は祖国の名門校に通うだろう。

 もしクローディア学園に来なければ、アシュレイは学校でも弟と比べられ、後ろ指を差されることになっていたに違いない。

 それに、クローディア学園であれば、他国の王侯貴族も通う魔術の名門校だ。

 ここで首席を取れば、もしかしたら両親も少しは自分を見てくれるのではないかという淡い期待もあった。


 が、ここでもアシュレイは『二番』だった。


 首席はまさかの女性。

 魔術に性別は関係ないとわかっていても、これまで女性よりも男性が優先される貴族社会の中で生きてきたアシュレイにとって、女性に負けたというのは握った拳が震えるほどにショックだった。

 ここでも負け続けるわけにはいかない。

 学園では定期的にテストが催されるため、次こそは勝つ。そう意気込んでいた。

 けれど、そのためにも重要な使い魔召喚で、まさかのハズレを引いてしまった。


「マスター、あっし……」

「今は一人にしてくれ!」

「……承知ですん」


 寮に帰ってきたアシュレイは、ベッドに潜り込むとカーテンを引いた。

 部屋は二人部屋のため、間もなく同室の先輩が帰ってくるだろう。

 今は本当に誰とも顔を合わせたくなくてベッドのカーテンで拒絶の意思を示す。

 横になり、左手の甲に刻まれた契約印を忌々しげに見つめる。

 ライバルであるエメリーヌ・ラ・ドゥールは上級妖精を召喚した。これではこの先、特に実技において彼女に勝てる見込みが低い。

 こんなはずではなかった。

 弟よりも何か一つでも秀でているものがあれば――それを世間的にも認められれば、誰からも憐れまれることがなくなると思ったのに。誰からも嘲笑われることもなくなると思ったのに。


『ねえ、兄さん。私は兄さんの味方だよ。たとえ兄さんが私を嫌っていたとしても、私の兄さんはあなただけだ。だからこれは、私からの餞別。応援しているよ、アシュレイ兄さん』


 常に懐に忍ばせている物を服の上から握り込む。

 弟からもらったものに縋りたくなどないけれど、いざというときのお守りのように持ち歩いてる。

 持ち歩いてしまっている自分の心の弱さは、アシュレイ自身も自覚していた。


(私は、ローヴァインより弱いのかもしれない)


 たった一度の失敗でこれほど落ち込む。

 これまで一度でも失敗すると叱責が飛んできた家で育ったからか、一度の失敗でも恐怖を覚える。

 それに比べて、ラヴィニア・ローヴァインはどうだろう。

 最初はアシュレイが五歳の頃にはもうできていたほどの簡単な魔術さえ発動できていなかった。

 クローディア学園に入学しておきながらリーン文字すら読めないのは致命的だ。

 けれど、彼女はクラスメイトにどれだけ笑われても、努力を怠らなかった。

 ――まるで、まだ弟に勝とうとして奮闘していた、昔の自分のように。

 だからつい手を貸してしまった。

 頑張る姿を応援したくなった。

 リーン文字を修得し、彼女はどんどん魔術を理解するようになった。

 なんだか我が事のように少しだけ嬉しくなり、自分も頑張ろうと思えた。


(……なぜか使い魔召喚で〝人間〟を召喚するという、頓珍漢なことはしていたが)


 あれにはさすがのアシュレイも、一時とはいえ、己の直前の失敗も忘れて脱力したものだ。

 そんなことがあるか?と、セルジュに揶揄われている彼女を眺めながら開いた口がふさがらなかった。ある意味で彼女も召喚に失敗している。

 寝返りを打つ。


(おそらく私は、助けられたのだろう、彼女に)


 ふざけたトカゲを召喚し、クラスメイトに笑われていたアシュレイを、ラヴィニアは助けてくれた。

 そんなことに気づけないほど社交界に生きる貴族は鈍くはない。

 なぜなら海千山千の中を渡り歩いていけるよう、どんな些細な変化にも気づけるように幼少の頃から躾けられるからだ。


(そうか、助けられたのか、私が……)


 惨めだ。自分より成績の悪い、しかも女性に、助けられた。

 惨めなのに、胸が締めつけられるような嬉しさも感じるのはなぜなのだろう。

 家には助けてくれる者などいなかった。

 家族ですら見放した自分を、まだ助けてくれる人がいるのだと知れたことが嬉しいのだろうか。


(もう少し、頑張ってみるか)


 いつもと違って失敗しても心が少しだけ軽いのは、悔しいけれど、落ちこぼれと侮っていたはずの同期生のおかげだ。


 ――〝馬鹿な子ほどかわいいと言うでしょう?〟


 いつかのエメリーヌの声が脳裏に蘇る。

 本当にな、と賛同するようにくすりと笑った。

 どんなに失敗しても、馬鹿みたいに努力する姿が眩しくて、だから絆されてしまうのだろう。

 今の自分のように。



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