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第1話 転生大魔法使いは記憶を取り戻した


(――ああ、そうか。私が『クローディア』だったのね)


 実験番号一一〇七番が実験中の衝撃で思い出したのは、彼女にとっての原始の記憶だった。

 いわゆる前世の記憶というものだろう。

 左目が痛い。燃えるように熱くて強烈な痛みにショック死してもおかしくないのに、それより蘇った前世の記憶のほうが衝撃的で意識はそちらに持っていかれた。


 ――五大魔法使いの一人、時空のクローディア。


 約五百年前に魔物の襲撃から人類を救った英雄の一人である。

 もう今では『魔法』を扱える者なんていなくなり、代わりに人類は魔術を編み出し、発展させてきた。

 しかし今でも『魔法』という力の魅力に抗えない者はいて、この実験施設は魔法の復活を目論む闇組織によって作られたものだ。

 実験番号一一〇七番と呼ばれる彼女の左目には、彼らの悲願を達成させられるかもしれない刻印入りの紫色の瞳が輝いている。

 アメジストのように美しい、宝石ほうせきがんだ。


「瞳孔・脈拍・心音、どれも異常なし。眼球運動にも不審点なし。せ、成功です!」


 椅子に彼女を縛りつけたうちの一人の研究者が声を上げる。

 他の白衣を着た男たちもにわかに喜色を浮かべた。


「いや、まだだ。まだ能力の発現を確認していない」


 筆頭研究者がコツコツと靴音を鳴らしながら近づいてくる。


「それを確認するまでは――」


 が、その瞬間、筆頭研究者を飲み込むように空間が歪んだ。

 突然のことに他の研究者たちは何が起こったのか理解できていないような呆け顔を晒している。

 一人、また一人と、空間が歪み、消えていく。

 やっとそれが実験番号一一〇七番の仕業だと気づいたらしい最後に残った研究者が、恐怖ではなく、歓喜の声を上げた。


「やった……やったぞ! 成功したんだっ! 我らの悲願が達成された! あはっ、あははっ、あはははは――」


 かしましい声もプツリと途切れて、静寂が広がる。

 無機質な白い部屋には、実験番号一一〇七番しか残っていない。

 彼女は無詠唱で己を拘束する器具を切り刻むと、両足で床に着地した。

 そして両手を天井に突き出すように伸ばし、ずっと同じ態勢で凝り固まっていた筋肉を解す。


「はー! すごい、久々の自由だわ。でも左目がものすごく痛い……。なんだか身体の中に変な魔力も感じるし。気持ち悪いわ……」


 被検体が着せられる白いシャツとズボンは、非道な実験のせいでボロボロだった。

 しかしそれを気にすることもなく、ガラスに映る自分の顔を確認すると、覚えのあるものとは随分と違う色が左目に宿っていることに気づく。


「これがあいつらの言ってた『宝石眼』ね。あいつらには残念だけど、実験は半分失敗かしら。だってこの瞳に()()()()()力はないもの。今のは前世の『わたし』の力を使っただけだから」


 研究者たちの思いどおりになるなんて癪だったので、失敗していることににんまりと口角を上げる。

 今世の自分はストレスのせいで髪色が抜け落ち、真っ白だ。前世の豊かな黒髪とは真逆もいいところである。

 しかも両親に売られてこんな施設に来てしまった。これも、両親に愛されて育った前世とは大きく異なる。


「よし、決めた」


 このままでは今世の自分があまりにも不幸だ。

 せっかく蘇った前世の記憶と力があるのだから、これを利用しない手はない。


「わたしが『わたし』を幸せにしてあげましょう。生まれてきたことを喜べるように」


 そうして実験番号一一〇七番は――否、即席で自分自身に「ラヴィニア」という名を与えた彼女は、施設を壊滅させ、生き残っている被検体の子どもたちと一緒に脱走した。



   *



 ドゥール伯爵はその日、雨の中にもかかわらず馬車を急がせていた。

 懐にしまっている懐中時計を取り出すと、時刻を確認する。

 馭者には近道をするよう命じているため、普段なら悪路として避けさせていた森の中を走っていても特段文句は言わない。

 ただ、尻に連続的に与えられる痛みにはどうしても眉を顰めてしまう。


(まだ着かんのか)


 明日は愛娘の誕生日。それも、しっかりと祝ってあげられる最後の誕生日だ。今後四年間は、対面で「おめでとう」の言葉を言えなくなる。

 だというのに、あと三十分で日付が変わろうとしていた。

 なんとか0時までには帰宅したい伯爵だったが、そういうときに限って闇夜に紛れた野盗に遭遇してしまう。

 馬車が酷い振動で揺れ、止まった。馭者は出会い頭に問答無用で殺されてしまったらしい。護衛も兼ねていた彼はそれなりの腕利きだったはずだが、相手はそれを上回る実力を持っているようだ。

 ゆっくりと扉が開くと、ボタボタと口から涎を垂らす男がナイフを片手に押し入ってきた。


「……ょくを、くれぇ」


 まるで獣のような様相だ。人にしては筋肉質に膨らんだ身体は、伯爵の腕を簡単に折ってしまえそうである。

 だが、そんな人間離れした相手を前にしても、伯爵は内心で「馬鹿め」とほくそ笑んだ。

 ドゥール伯爵家は王家にも認められるほど、魔術の扱いに長けた家門なのである。


(野盗ごときに遅れをとる私ではないわ!)


 しかし、短縮詠唱を唱えようとした瞬間、違和感に気づく。詠唱できないのだ。

 野盗が口端を上げた。


(あれは……静寂石フドゥーウ!?)


 人間が魔術を行使する際には、基本的に詠唱を必要とする。

 能力のある者ほど詠唱の一部を省略でき、国の誇る宮廷魔術師や大陸魔術協会の七賢者ともなれば、一単語で魔術を行使してしまえるだろう。

 が、それでもやはり、詠唱なしで魔術を行使できる者はいない。

 はるか昔は精霊との契約によって行使する『魔法』というものが存在し、魔法であれば詠唱を必要としなかったらしいが、その力は失われて久しい。

 そのため、静寂石フドゥーウのような強制的に周囲を黙らせてしまう魔鉱石は厄介以外の何ものでもなかった。


静寂石フドゥーウの効果は五秒間。まずいっ)


 五秒もあれば殺される。

 貴族の家紋入りの馬車を狙ったのだ。相手は最初から対魔術師を想定して襲ってきたに違いない。

 無駄だと知りながらも抵抗するように詠唱するが、やはり音は掻き消される。

 脂汗を滲ませながら死を覚悟したとき、目前まで迫った野盗が突然喉を押さえて苦しみだした。

 何が起こっているのか、全く状況を掴めなかった。

 詠唱は聞こえなかった。魔術の気配も感じなかった。誰かが野盗の首を絞めているわけでもない。

 けれど、現に野盗は苦しんでいる。


「――大丈夫?」


 すると、見知らぬ少女が扉からひょっこりと顔を覗かせてきた。

 少女というには髪が真っ白で、左目は黒い眼帯で覆われていて不思議な出で立ちをしている。

 しかしまだ大人になりきれない丸みのある頬やあどけない顔から、彼女が『少女』であることは間違いないだろうと推測する。

 野盗がついに白目を剥いて馬車の床面に倒れた。まるで満足に呼吸ができずに気絶したような様子だ。

 少女がそんな野盗をツンツンと指でつつき、「やりすぎちゃったかしら……?」と呟いている。

 伯爵は瞠目しながら訊ねた。

 

「それは、君がやったのかね?」

「……えへへ」


 彼女が気まずそうに頬を掻く。


「魔術が発動した気配はしなかったが」


 彼女の目がそろりと泳いだ。


「詠唱の声も聞こえなかった。そもそも、その野盗は静寂石フドゥーウを使っていた」

「フドゥーウ?」


 純粋な碧眼に見上げられて、彼女がその存在を知らないのだと悟る。

 思わず乾いた笑みを漏らしてしまった。

 魔術師なら誰もが知っている静寂石フドゥーウの存在を知らない相手に、それも愛娘と変わらなそうな年齢の少女に、自分は命を助けられたらしい。


「君はいったい、何者だね?」


 彼女はきょとんして、それから満面の笑みで答える。


「ラヴィニアよ。あなたは貴族よね? 助けたお礼に、わたしと交渉してくれないかしら」



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