第16話 転生大魔法使いはすごいものを召喚した
「では、いきます!」
気合十分に叫んでから、ラヴィニアは覚えたばかりの呪文を詠唱した。
アシュレイやエメリーヌのおかげでリーン文字の読み書きができるようになり、簡単な魔術式なら解読もできるようになったラヴィニアは、入学して間もない頃にあった実力試験のおさらいをするように今日はエメリーヌと共に魔術練習場に来ていた。
前回不可抗力で壊してしまった結界は、しっかりと直っている。
「そうそう、いい感じよ。そのまま針に糸を通すようなイメージで魔力を練り上げて」
詠唱中、エメリーヌの助言が飛ぶ。
針に糸、針に糸、と内心で繰り返しながら、魔法を使うときとは違う魔力の動かし方を意識する。
「今よ!」
「――زهر!」
ぽんっと、手の中に花が咲いた。
薔薇のように立派なものではないけれど、かわいらしい小さなネモフィラが一輪。
「エ、エ、エメリーヌ……!」
「よくやったわ、ラヴィニア! 成功よ!」
「ありがとうエメリーヌぅう!」
二人の練習を、同じように放課後を使って自主練習していた他の生徒たちが見つめながら「たったあれだけで感動しすぎでしょ」などと笑っていたけれど、ラヴィニアには関係ない。
最初は本当にからっきしだったのだ。
自分の中の魔力はうんともすんともしなかった。
それが、初めて『魔術』を使えたのだ。
「ふふ、やった、やったわ! 勉強頑張ってよかった!」
「そうね。じゃあ次いきましょうか」
「え!? もうちょっと喜びを噛みしめさせてくれないの!?」
「使い魔召喚まで時間がないわ。悠長なこと言わないで」
「ごめんなさい」
それからもエメリーヌのスパルタ指導が続き、二人は最後まで残って練習に励んだ。
その様子を観客席でひっそりと見守る、セルジュには気づかずに。
*
リーン文字がわかるようになると、途端に魔術への理解度が高まり、ラヴィニアはどんどん知識と実力を身につけていった。
もともとラヴィニアは魔法の天才だ。
魔力を扱う能力には長けていて、原理さえわかってしまえばスルスルと理解できてしまう。
「今黒板に書いた魔術式は、本来であれば旋風を起こすもの……で、す、が。このまま発動すると誤爆するでしょう。さあて、どこが問題かわかりますか?」
魔術基礎学の授業で、ラヴィニアは問いかけられた魔術式を凝視する。
入学当初は何が描かれているのかちんぷんかんぷんだったのに、今はどの文字がどういう役割を果たすために描かれているのか、ちゃんと読み解ける。
ただ、教師の問う問題の箇所がなかなか見つけられなくて眉根を寄せた。
「今日は正解した者から昼食休憩に行ってよし! はい、わかった者は今配った魔法紙に回答を記入しなさい」
ひらひらと目の前に紙が落ちてきて、ラヴィニアはう~んと唸る。
すると、さっそく回答を記入したらしいエメリーヌとアシュレイの紙が、教師の許へひらひらと届けられる。
どうやら回答を記入したら自動的に術者の許へ戻る魔術が付加されているようだ。
「エメリーヌ・ラ・ドゥール、アシュレイ・ディ・ロヴェーレ、正解。行ってよし」
クラスがざわめく。あまりにも早すぎる優等生二人の正解に、全員が感嘆の声を漏らした。
(わたしも頑張らないと)
一人、また一人と、だんだん教室の中の人数が減っていく。
それに焦りそうになるけれど、ラヴィニアは努めて冷静になるよう深呼吸をした。
そしてそこで、魔術式のある一点に違和感を覚える。
(もしかして……)
さっそく回答を記入すると、紙が勝手に舞い上がり、教師の許へ飛んでいった。
それを緊張しながら見守る。
「ラヴィニア・ローヴァイン、正解」
「! ~~っ」
正解したことが嬉しくて、こっそりとガッツポーズを取る。
残っていたクラスメイトの驚く気配が細波のように広がった。
教室を出ると、なんとエメリーヌが待っていてくれた。
「ラヴィニア! あなたやるじゃない。クラスでも中間の順番よ」
「えへへ。もっと褒めて。わたし、褒められて伸びるタイプだと思う」
「思うって何よ。仕方ないわね、偉い偉い」
「ふん、それでもまだまだだけどな」
エメリーヌが頭を撫でてくれていたところに、アシュレイの鋭い指摘が入る。
てっきりもう昼食に行っていると思っていたけれど、彼もエメリーヌのように誰か友人を待っているのだろうか。
などと考えたけれど、アシュレイはそれだけ言うと、食堂のある方へと行ってしまった。
「ロヴェーレ様って素直じゃないのね。ラヴィニアが心配で待っていたのに」
「そうなの?」
「そうよ。他の生徒はみんな昼食に行くのに廊下で待っているから、誰か待ってらっしゃるの?って訊いたら、『この私が参考書を教えてやったのに遅すぎる』って指でずっと自分の腕を叩いていたもの。――ふふ、案外かわいいところがある人ね」
エメリーヌがおかしそうに笑うから、ラヴィニアもつられて笑ってしまう。
「ね。いい人なのに、なんであんなつっけんどんな態度なんだろうね?」
「……そうね。ロヴェーレ家もいろいろあるみたいだから、そのせいかしらね」
「?」
急に訳知り顔になったエメリーヌは、同情の眼差しを向けるようにアシュレイの去った方向を見つめた。
エメリーヌもアシュレイも貴族だ。貴族には家のしがらみが多いと聞く。もしかしたらそのあたりが関係しているのかもしれないと、ラヴィニアは深く訊くことをしなかった。
そうして、ラヴィニアが一つの目標として掲げていた召喚学の、使い魔召喚の授業がやってきた。
使い魔は魔術師にとって大切なパートナーだ。
クローディア学園に入学した生徒の中には、この日を待ち望んでいた者も多いらしい。
グラウンドに集められたラヴィニアたち1-Aの面々は、皆緊張と期待を孕んだ面持ちで友人とお喋りしている。
授業開始の鐘が鳴り、召喚学の教師マヒュネリアが手を叩いて生徒たちの私語を止めた。
「はいはーい! じゃあみんなお待ちかねの、使い魔召喚のお時間でーす! 各自どんな使い魔を召喚するか、考えてきたわねー?」
生徒たちが各々頷く。
そうなのだ。実は今日まで、召喚学における座学では召喚に関する魔術式についての授業があり、その中でマヒュネリアからは自分がどんな使い魔を召喚したいか、イメージだけでも膨らませてくることという課題が出ていた。
そのためラヴィニアも、今世ではどんな使い魔を召喚しようかと悩みに悩んだのだが、結局今日までうまくイメージできずにきてしまった。
「それじゃ、隣の人と間隔開けて並んでねー! 使い魔はみんなの魔術師生活で大切なパートナーになるわ。授業の時間を使って、各々のタイミングで召喚を始めていいわよ。ただし、一回しかできないから、その一回に全ての思いを込めること! いいわね! 愛で引き寄せるのよ、愛で! わたしとレクターのように!」
最後の言葉には生徒全員が「また始まった……」とげんなりした顔をした。
マヒュネリアは自分の使い魔である風の妖精と恋人関係でもあるらしく、よく使い魔との〝愛〟を強調してくる。
ただ残念ながら、使い魔との愛が成り立つのはかなり珍しい部類に入るため、生徒は誰も本気で聞いていない。
先陣を切ったのは、このクラスどころか学年で一位の成績を誇るエメリーヌだ。
まだ覚悟を決めかねていたクラスメイトは全員彼女へ注目し、彼女の前に展開された魔術式を凝視した。
長い詠唱が最終章に入る。
そして、
「……――〝استدعاء〟!」
締めの呪文が唱えられた。
魔術式の中から現れたのは、浮遊する小さな個体だ。
「あら、ドゥールは氷の妖精ね。かわいいじゃない」
マヒュネリアのひと言に、さすが氷属性の魔術が得意なエメリーヌ、と感心した。
見た目は完全にクリオネだ。ラヴィニアは図鑑で見たことがある。
天才エメリーヌの、意外とかわいらしい使い魔にクラスメイトたちが微笑ましくなっていたら、ニッと口角を上げたマヒュネリアの続けた言葉に全員がゾッとした。
「で・もぉ。その子上級妖精だから、気をつけて~」
その言葉が正しいとでも言うように、一匹だと思っていたグラスが突然増えた。
「「「初めまして、主様。わたくし、いっぱいおりますので、主様の敵をいっぱい凍らせることが可能です。どうぞよろしくお願いいたします」」」
いっぱい凍らせるってなに!?と、おそらくこの場にいるみんなの心のツッコミが重なった瞬間である。
しかしおかげで他の生徒の緊張が解けたのか、みんなが続々と召喚を始めていく。
ラヴィニアも集中して、魔術式を展開しようとした。
が、そのとき。
「――なんだこれは!?」
絶叫に近い叫び声が聞こえてきて、思わず集中が途切れてしまう。
声の主はアシュレイだった。
「どもども、マスター! あっしを喚んでくれてありがとサンキューベリマッチョ!」
なんとも癖の強い声も聞こえてきて、ラヴィニアは恐る恐るアシュレイの魔術式へ視線を移す。
するとそこには、小さなトカゲがいた。
ちょこんと術式の中にいる姿は大変かわらしいのに、口調が全くかわいくない。
ぷっ、と生徒の一人が吹きだした。
それを皮切りに、くすくすと笑う声がどんどん肥大化していく。
「~~っ笑うな! 違う、違うっ! 私の使い魔がこんな訳のわからん爬虫類であるはずがない!」
「マスター!?」
ガーン、という効果音でもつきそうなほどショックを受ける使い魔が、なんだかかわいそうに思えてくる。
「くぉおら、ロヴェーレぇええ! 使い魔には『愛』が大事だって言ったでしょうがぁー!」
「先生の価値観を生徒に押しつけないでください!」
「なんだとコラぁ!」
「私は……私にはっ、失敗は許されないのに……!」
「はいぃ~? 失敗も何も、その妖精は――」
「マズ、マズダぁ~。あっし、あっし、ノーゼンギューでずがぁ~!?」
なんてカオスな状況だろう。
なんだかとてもまずい状況になってきた。
人型じゃない妖精も泣けるのね、とアシュレイの術式の中で大粒の涙を流すトカゲを見て思う。
ただやっぱり、その口調だけはかわいくないけれど。
(これは流れを変えたほうがよさそうかしら……?)
ラヴィニアはあえて声を張って呪文を詠唱した。
アシュレイに注目するみんなの視線がこちらに向けばいいと、そう願いながら。
思惑どおり、この状況で空気を読まずに召喚を始めたラヴィニアのことを、クラスメイトたちが呆れの眼差しで見てくるのを視界の端に捉える。
(どんな使い魔が出てくるかは想像もつかないけど、なんか穏やかで癖の強くない子でお願いします!)
そうして、呪文が完成する。
「――〝استدعاء〟!」
その瞬間、魔術式の中で爆発が起こったような白い煙が立ち上った。
これには呆れの眼差しをやっていたクラスメイトも、アシュレイに憤慨していたマヒュネリアも、そして、自分の使い魔に失望していたアシュレイさえも、何が召喚されたのかと固唾を呑んだ。
ラヴィニア自身も、徐々に晴れていく白い煙をハラハラしながら見守った。
やがて煙が晴れ、魔術式の上でぱちくりと目を瞬いて驚く、己の使い魔と目が合う。
そこにいた人物を認識すると、ラヴィニアを含めた全員の目がぎょっと見開かれた。
「――な、なっ、ナイトレイさんっ!?」