第14話 伝説の蒼竜は番いのことしか頭にない
図書館でラヴィニアと別れたあと、セルジュは生徒会室へ向かった。
セルジュ自身は生徒会には所属していない。
何度も生徒会長であるハイノから「入ってくれないのか」との打診を受けているが、その全てを断ってきた。
理由は簡単だ。セルジュにとって最優先事項は『クローディア』であり、ただでさえしがらみの多い人間社会で思うように彼女を探せない焦燥感を燻らせていたのに、さらに縛られそうな生徒会になど入っている余裕はなかったからである。
――〝まさか! わたしにとって一番は蒼竜です〟
つい先ほど聞いたクローディアの、今世はラヴィニアという名の彼女の声を思い出し、一人ほくそ笑む。
前世と違い名前で呼んでくれないどころか敬語で距離を取られる始末だが、心までは離れていない。
それを期せずして確認できたことに、セルジュの仄暗い独占欲が満たされていく。
竜は番いに対してひときわ重い感情を抱く種族なのだ。
そしてゼドは、種族の違いなど関係なくクローディアを己の番いと定めた。
彼女が前世と変わらず自分のことで頭をいっぱいにしているところを見るのは、心が奮えるほどに高揚する。
(見返したい相手、か)
だからこそ、彼女の目が他を向くのは許せない。
(あれは何かあったな。――レヴィ、探れ)
(あ、あの、眼帯の件がまだ突き止められておりませんが、どちらを優先いたしますか? 仕事が遅くてすみませんっ)
(気にするな。『見返したい相手』を優先させろ)
(はい、はい。承知しましたでございます!)
まるで水の中に潜るように、蛇の姿をした使い魔がセルジュの影の中に潜り込む。
気の弱い使い魔だが、二年前、セルジュはこの使い魔を召喚したことで召喚学における最高の成績を叩き出している。
使い魔は己の手足となる便利な相棒だが、セルジュは今世においては、ラヴィニアに使い魔を持たせるつもりはなかった。
そのため授業で彼女が召喚する使い魔は、申し訳ないけれどお帰り願うことになるだろう。
なぜなら彼女の使い魔は、ゼドただひとりで十分だからだ。人間に生まれ変わったとしても、その座すら渡したくないと思うのだから竜の性は恐ろしい。
(さて、問題は別にもう一つ)
セルジュは辿り着いた生徒会室の前で立ち止まった。
ハイノの勧誘を断っている代わりに、セルジュは暇なときなら仕事を手伝う約束をしている。セルジュがハイノに対してだけ態度が軟化するのは、ひとえに彼が学園内における煩わしい人間関係の回避方法について教えてくれたからである。
オークの重厚な扉を開けると、生徒会室には生徒会長であるハイノ、副会長であるルイゾン、書記のロベルトがいた。
ファーリス以外の生徒会メンバーがいないところを見るに、今回頼まれる仕事は少々面倒そうだ。
「今度はどんな厄介事を持ち込んだんだ? ハイノ」
「持ち込んだって……僕じゃないんだけれどね」
会長用の席に座るハイノが苦笑する。
その机の前にルイゾンとロベルトが立っており、滅多に口を開かないロベルトがこのときも無言で一枚の紙を渡してきた。
内容にざっと目を通すと、短縮詠唱で紙を燃やす。人間に転生して一番不便だと感じるのは、前世であれほど自由に使えていた蒼炎が使えなくなったことだ。
「目星はついているのか」
「それがまだでねぇ」
「ついてたらおまえなんか呼んでねぇんだよ」
「こら、ルイゾン。態度が悪いよ。お願いするのはこっちなんだから」
ルイゾンの態度の悪さは今に始まったことではないのでさらりと流す。
今し方燃やして灰にした紙には、向精魔薬について書かれていた。
これは人の魔力に影響を与える薬のことで、プラスの作用を及ぼすものもあれば、マイナスの作用を及ぼすものもある。
そのため一概には禁止されていないものの、一部は大陸全体で取り締まりの対象となっている薬物である。
「セルジュは知っているかな。実は少し前、南のラトレイでそれの使用者が見つかったんだ。使用者に襲われたのは貴族だったけれど、幸いにして事なきを得た。ただ使用者は、自ら服薬したわけではなく『騙された』と主張しているらしい」
「どうとでも言える」
「そのとおり。けれど今回はどうにも信ぴょう性が出てきたようだよ。僕の国の暗部が掴んだ情報だから、ここだけの話だけれどね」
ハイノが口元に人差し指を当てて、うっそりと微笑む。
彼は普段は温厚な男だが、たまにこうしてゾッとするような笑みを浮かべるときがる。
セルジュがそれに恐怖を覚えたことはないけれど、セルジュと違って中身が年相応のルイゾンとロベルトは、ハイノのこの笑みを見るとよく顔を引きつらせていた。
この中で一番残忍な性格をしているのは、間違いなくハイノだろうとセルジュは思っている。
今のだって、彼の微笑みの裏に隠されていたのは〝脅し〟だ。
暗部の掴んだ情報を他へ流したときは覚悟するように、という遠回しの。
それに気づけないほど鈍感な人間は、ファーリスにはいない。
「でね、問題はここからなんだけれど。紙に書いてあったよね」
先ほど燃やした紙には、精神干渉系の魔術によって自白させた男から、向精魔薬を騙されて渡されたという場に他にも数人の人間がいたという証言が取れたということが書かれていた。
向精魔薬は魔術師にとって、いや、魔力を持つ者にとって天国にも地獄にもいけてしまう恐ろしいものだ。
そのため発見され次第、大陸魔術協会が国境など関係なく七賢者さえ動員して問題解決に当たるほどである。
すでに一人を残して、その場にいた者の確保には成功しているらしい。
が、残りの一人が見つからないという。
「西の人間であることはわかっている。僕らに下された任務は、西出身の生徒で怪しい者がいないか監視すること。といっても、その生徒は被害者である可能性も高いからなるべく慎重に事を進めたくてね。なのにそういう事情があるときに限って、秋休みの出来事だったからどの学年の生徒にも可能性があって困っていたんだ」
「監視か。そうなると、ロベルトは?」
彼も西出身である。
「ロベルトは大丈夫。秋休み中もほとんど僕と一緒にいたし、僕が見ているつもりだから」
疑われたというのに一切機嫌を悪くすることなく、ロベルトが無言で頷いた。
「ま、いくらファーリスとはいえ、僕ら生徒にこんなことを任せるのは『生徒にはいないだろう』という学園側の判断だよ。だからそんなに深刻にならなくても大丈夫」
「――だと、おまえは思っていないから俺を呼んだんだろう? ハイノ」
「う~ん、やっぱりセルジュには見抜かれるよねぇ」
ただ、とハイノは続けて。
「先生たちが『念のため』で僕に任務をお願いしたのは本当だよ。数が多すぎて教師だけでは見切れないとしても、さすがに本当に危険なことはさせないだろうからね。でもどうにも、嫌な予感が抜けなくてね」
「おまえの勘は当たる。俺は一期生を見よう」
「おまっ、なにしれっと……!」
ルイゾンが抗議の声を上げる。
しかしハイノはセルジュが最初からそう言うのをわかっていたように頷いた。
「うん、だろうと思って、そうお願いするつもりだったんだ」
「ハイノ!?」
「ルイゾンは二期生をお願いね」
「一番問題児が多い学年じゃねぇか!」
「僕とロベルトで三期生と四期生を見るから」
短く了承を示したセルジュは、長居は無用とばかりに生徒会室を後にしたのだった。