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第11話 伝説の蒼竜はこうして捻くれた


 やがてクローディアとの〝最期〟の時は訪れた。

 彼女は天寿を全うした。ゼドのために、人間にしては長生きしてくれた。

 安らかに眠った彼女の遺体を、ゼドは己の炎で焼く。そうして骨になった彼女を、ふたりが一緒に暮らした山奥に埋葬した。

 魔法使いは、その亡骸すら利用されることがある。特に死んで間もない頃は体内に魔力が残っていることもあり、彼女のものはどんなものでも他者に渡したくなかったゼドは焼くことで彼女を守ったのだ。


 そうしてしばらくは、ふたりで暮らしたその場に留まっていた。まだこの世界のどこにも彼女の魂が生まれ変わった気配を感じなかったからだ。

 季節が巡り、たまに墓参りにやってくるクローディアの信奉者が一人、また一人と減っていっても、ゼドはそこをじっと動かなかった。

 人間から『まるでクローディア様の墓守だ』と噂されているのは知っている。

 その噂がもっと広まればいいと思った。

 そうすれば、誰もクローディアの墓を荒らしに来ることはないだろう。

 彼女は自分が死んだあとのゼドを心配してくれたが、彼女を守っている間、孤独を感じたことはなかった。

 

 クローディアが死んで、幾ばくの時が流れたのか。

 地面に伏して眠っていたゼドは、ふっと顔を上げた。

 今、この世界のどこかに、クローディアの魂が芽吹いた気配がしたからだ。

 ゼドは久しぶりに翼を広げ、世界のどこかにいる彼女の生まれ変わりを探す旅に出た。

 彼女は自分が見つけると言ったけれど、彼女の魂が在るとわかって一瞬も待てるわけがないのだ。

 ようやく見つけた彼女は、今世では一輪の花として生まれ変わっていた。

 森の奥深くに咲く、青い一輪の花。

 竜であるゼドに花の種類なんてわかるわけもなかったけれど、今世でもひとりで咲く彼女に、思わず笑ってしまった。


(おまえは寂しがり屋のはずなんだがな)


 だから、彼女が寂しくならないよう、その花のそばで体を丸くする。

 以前のように話すことはできないけれど、いつまでも見ていられるほどに彼女は美しかった。

 だが、花の寿命は人間より儚い。

 竜の感覚で言えば瞬きの間に、彼女は二度目の人生を終えた。


 三度目は、彼女は野うさぎに転生していた。

 雪のように真っ白な体躯で、群れからはぐれたらしく、やはり独りだった。

 うさぎのような小動物ならばさすがに怖がられるかと思ったのに、彼女はむしろ鼻をひくつかせ、興味津々な様子でゼドに近づいてきた。

 人間だったときと同じように超絶不器用だった彼女は、自分で獲物を狩ることもできない。

 せっせと餌を運んでいるうちに懐いたのか、ゼドを家族と勘違いしているようだった。

 幸せな日々だったけれど、やはり今世もまた、彼女はゼドを置いてひとり逝ってしまった。


 そうして何度彼女を見送っただろう。

 彼女との別れは何度経験しても心の臓がひねり潰されるような感覚になる。

 そのたびに、なぜ己は竜に生まれてしまったのだろうと嘆く日々。

 願わくは、別に人間でなくてもいいから、彼女と共に死ねる存在に生まれ変わりたい。

 何度もそう願いながら、彼女の生まれ変わりを探す。

 そうしているうちに、ようやく自分の寿命が尽きる気配を感じとった。


(ああ、ようやく死ねるのか)


 ならば、最期はやはり、初めて彼女と過ごしたあの場所で死にたい。

 老いた体を叱咤し、ゼドは思い出の山へ向かって飛んだ。

 久方ぶりに帰ったその場所は、思い出の中のまま穏やかな空気を残していた。

 ゼドはそこで眠りにつくように最期の時を迎える。

 寂しくはなかった。この地には、彼女の骨が眠っている。

 まるで彼女が看取ってくれているような心地さえして、安心して目を閉じた。




   *




 次にゼドが目を覚ましたのは、どこかの家の中でだった。

 自分を覗き込む人間を見た瞬間、誰だと威嚇しようとして、思うように身体が動かないことに気づく。

 覗き込んできた人間の男女は、ゼドを愛おしそうに見つめ、慈しむように抱き上げた。

 びっくりして固まっていたら、彼らが自分を「セルジュ」と呼んだ。

 ああ生まれ変わったのか、とそのとき唐突に理解する。

 しかもどうやら、人間に転生したらしい。

 この時点では喜びなどなかった。なぜならクローディアが人間に生まれ変わっているとは限らないからだ。

 セルジュは竜のときの名残なのか、浮遊魔術だけは詠唱などなくても使えた。

 おそらく厳密には『魔術』ではないからだろう。

 これはゼドの魂に刻まれた魔法だ。

 クローディアの魂の気配は感じない。人間になってしまったせいで感じられなくなってしまったのかと絶望しかけたが、転生して二年後、その絶望は払拭された。

 クローディアの魂が、再び世界に落ちる気配を感じとったからだ。

 会いに行かなくては。すぐにそう思った。

 が、人間というのはなんと不便なことか。

 クローディアの許へ駆けつけられる翼もなければ、そもそも生まれてたった二年では歩くこともままならない。

 どこかへ行こうとすれば両親が飛んできて、心配した彼らに世話係という名の監視を付けられる始末だ。

 だからこそ、浮遊魔術のことも黙っていた。バレれば魔力を制御されかねないからだ。

 セルジュは人間の中でも少々面倒な家に生まれてしまったらしい。とにかくしがらみが多すぎた。

 成長しても満足にクローディアを探しに行けず、そもそも自由に外出すらできない。

 十歳になったとき、なんとか両親に頼み込んだ結果、クローディアとの思い出の山には行くことができた。

 人が訪れなくなって久しいそこは、自然の赴くままに存在し、昔の面影もなく、当時家があった場所を探すだけで一苦労だった。

 そうしてようやく見つけたクローディアの墓を、セルジュは暴いた。

 十歳児の奇行に同伴した護衛騎士が驚き止めに入ろうとしたが、セルジュが強く命令すれば彼らは手出しができない。

 己が汚れるのも厭わず土の中から探し当てたのは、クローディアの骨だった。

 さすがに年月が経ちすぎて土に還ってしまった部分もあったが、少しでも残っていたなら僥倖だ。

 セルジュはそれを大切に持ち帰り、職人に教わりながら自分の手でピアスにした。彼女の骨を自分以外の者には触らせたくなかったからだ。

 こうして彼女の生まれ変わりを探しに行けない代わりに、そのピアスで寂しさを紛らわせることにした。

 それに、彼女は約束してくれた。生まれ変わったら会いに行くと。

 もしかしたら今世では彼女のほうが会いに来てくれるかもしれない。

 その時を夢見て、セルジュはまず彼女を守れる力をつけることにした。



 十六歳になったセルジュは、家の慣例で魔術の名門であるクローディア学園に通うことになった。

 初めてその学園の存在を聞いたときは思わず吹き出してしまったものだ。

 あのクローディアが学園を創った? 何がどうなればそんな根も葉もない歴史が生まれることになるのか、おかしくて仕方がない。

 ただその学園がある場所は、かつてふたりが暮らした山が存在していたラムズの地だった。

 興味半分、しがらみ半分で、セルジュは学園に入学する。

 それに彼女がもし人間に生まれ変わっていたら、なんとなくここに来るような気もしたのだ。

 しかし入学から二年が経っても、彼女が来る気配はない。

 しかも腹立たしいことに、この学園にはファーリスという制度があった。それはクローディアの守護者に相応しいくらい成績が優秀な者に与えられるという、学生たちのやる気を出すために創設された制度のようだが、こんなひよっこどもがクローディアの守護者などと随分笑わせてくれる。

 だから歴代最速で勝ち取ってやった。

 クローディアも現れないし、もう飛び級で卒業してしまおうかと考えていた、三期生に上がったばかりのとき。


「――!?」


 懐かしい、クローディアの魔力を感じとった。

 新入生とは一日遅れの進級式が終わり、いつもより少ないコマ数の授業をこなし、寮へ帰っている途中のことだった。

 忘れるはずがない。ずっとずっとそばにいた、彼女の気配。それがどんなにわずかでも、セルジュにはわかる。


「ちょっとセルジュ!? 急にどこに行くんだい!?」


 背中にかかるハイノの声を無視し、走ることすら面倒になって浮遊魔法で飛ぶ。

 彼女の気配を辿った先は魔術練習場だった。

 白い煙が場内にもくもくと広がっている。

 視界は悪いはずなのに、セルジュはすぐさま目的の人物を見つけた。

 あの頃とは違い、豊かだった黒髪は真っ白だった。左目を眼帯で隠していても、その顔があの頃と全然違っていても、自分が間違えるはずはない。なにせ彼女が生まれ変わるたびにそばにいたからだ。

 爆風に吹き飛ばされた彼女を間一髪のところで助けると、彼女と目が合った。


「ああ、やっと見つけた……! ようやくだ。ようやく……っ、会いたかった」


 このときのセルジュの喜びようといったらなかった。

 なにせやっとだ。やっと、彼女と同じ種族に生まれ変われたのだ。

 ひと目で彼女がクローディアとわかったように、彼女もきっと自分のことをわかってくれるだろうと、そう思った。

 ――なのに。


「あ、あの、誰か知らないけど、いったん放してもらっても? エメリーヌが……」


 彼女はセルジュに気づく様子など微塵もなかった。

 期待した分、落胆は大きかった。まるでやっとの思いで海面に出られて息が吸えると思ったところを、上から押さえつけられて再び底に沈められるような絶望に心が塗り潰される。

 約束したのに……会いに来てくれると言ったのは彼女のほうだったのに、まさかセルジュが誰かわからないなんて。

 もしかして彼女には記憶がないのだろうか。

 生まれたときから自分に記憶があったため、セルジュはてっきり彼女にも記憶があると思っていた。

 けれど、もしそうでなかったなら……。


(無理やりにでも、国に連れ帰るか?)


 ようやく彼女と会えたのだから、また離れ離れになる選択肢など存在しない。

 今世は同じ人間に生まれたからこそ、セルジュは自分の想いを告げることもできる。

 彼女を孕ませることだってできる。あんなに厭っていた彼女の子どもだが、自分との子どもなら大歓迎だ。


(いや、落ち着け。人間はそんなことをすれば犯罪で、犯罪者になると彼女のそばにいられなくなる。それはまずい)


 そもそも、彼女に嫌われたいわけでもない。

 なんとか冷静になろうとして探っていけば、彼女にも前世の――クローディアの記憶がありそうだということが判明した。

 しかも彼女は、約束を守ってゼドを探してくれているという。


(長命な竜だから、まだ生きていると思っているのか)


 それならセルジュのことがわからなくても仕方がないと、溜飲を下げた。

 ただ、ここで自分こそがゼドだと正体を明かしても、彼女が信じてくれない可能性も出てきたということになるわけで。

 そこでセルジュは、己の正体を明かさないことにした。

 明かさないまま、彼女を自分に惚れさせる。

 そうすれば犯罪者になることはなく、いつか正体を明かしたとき彼女が信じてくれる可能性も高くなるだろう。

 なによりも――。


(今まではずっと()()()()()()側だったから、見つけられるのも悪くはない)


 今度は彼女のほうから見つけてほしかった。

 彼女が自分ゼドを求める姿を見ていたかった。

 だから、少しだけ。

 少しだけ、かくれんぼを楽しもう。


「――なら、早く見つけてやってくれ」


 痺れを切らした竜が、つがいをぱくりと食べてしまう前に。



蓮水印の拗らせヒーロー爆誕です

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