第9話 転生大魔法使いは気に入られた?
「ちょ、ちょっと待ってセルジュ。彼女は君の知り合いなのか?」
「おもしれぇ。さっきも思ったけど、その一期生が関わると別人みたいになるじゃねぇか、セルジュ。どういう知り合いだ?」
――いえ、知り合いも何も、初対面なんだけど。
そう答えていいものかは非常に悩ましく、ラヴィニアは口を噤んだ。
この重い空気はいったいなんなのだろう。
「な〜、ちょっといいか、先輩方」
そこで口を挟んだのは、ずっと沈黙を保っていたディーノだ。
爆風に巻き込まれたときにできた擦り傷はあるものの、エメリーヌたちから少し離れた位置にいたおかげで軽傷で済んだらしい。
「あん? 誰だおまえ」
「ディーノ・カステッリ。ローヴァインのクラスメイトだ」
「クラスメイトぉ? 随分年上のクラスメイトだな」
「そうそう、俺31歳。だからタメ口でい?」
「ふざけんな! 先輩を敬え!」
ルイゾンがディーノにキレている間に、セルジュが小声で話しかけてくる。
「その眼帯はなんだ?」
「へ? 眼帯は……ちょっと怪我を……」
「見えないのか?」
「見えるような、見えないような?」
「……おまえにその怪我を負わせたのは誰だ」
「い、いやぁ、誰と言われても……」
「おいコラそこー! 人の質問には答えないくせに、女は口説いてんじゃねぇよ!」
すかさずルイゾンのツッコミが入り、セルジュが彼を鋭く睨む。
「セルジュ、今日ばかりはルイゾンの言うことにも一理あるよ。君にとってその子はどういう存在だい? 僕らは友人の変化に戸惑っているだけなんだ。教えてもらえたらきっと興味もなくなる。でもこのまま教えてもらえないなら、ずっと興味を持ったままだよ。それでもいいのかい?」
正直なところ、ラヴィニアもセルジュの答えは聞きたい側だ。
知りたい。突然これほど距離を詰めてくる彼と、まさかどこかで会ったことがあるのだろうか。
もしそうだったなら即座に謝る準備はできている。
セルジュが嘆息した。
「彼女が、例のアレだ」
そのひと言でハイノとルイゾンには通じたのか、二人が顔を見合わせる。
しかしラヴィニアにはさっぱり意味がわからない。
「例のアレって、なに?」
セルジュを見上げて訊ねるが、彼は渋い顔をするだけで教えてくれない。
代わりに質問を質問で返してきた。
「ラヴィニアは、なぜここ――イギアに来た?」
「え?」
「もしかして何かを探しに来たんじゃないか? それとも、ここを懐かしく感じたか? あるいは学園の名に思うところでもあったか?」
図星をつかれたようにドキッと心臓が跳ねる。なぜ彼はここまで的を射た質問をしてくるのだろう。
エメリーヌの護衛任務もあるとはいえ、ラヴィニアがイギアに来た最大の理由はゼドを探すためだ。学園の名前は後から知ったとはいえ、確かに思うところがある。
まさか精神干渉系の魔術でも使って心の中を読んだのだろうか。そういう魔術が存在するらしいとは伯爵から聞いており、魔術に詳しくないラヴィニアに「気をつけなさい」と注意してくれた。
ただ、自分の中を流れる魔力を探ってみるが、他から干渉された痕跡は感じられない。
ここで正直に答えても、きっと伯爵のときのように驚かれるのがオチだろう。竜は危険だと言って止められるのは困る。
ラヴィニアは胃のあたりを押さえながら口を開いた。
「わたしはただ、魔術を学びたくて――」
「ラヴィニア。嘘はいい。おまえに嘘は無理だ。正直に話せ」
全てが言い終わらぬうちにそう言われて、ラヴィニアの脳内に過去の光景がぶわっと蘇る。
『クローディア、おまえに嘘は無理だ。気をつけろ。おまえは嘘を吐くとき、必ず腹に手を当てる。罪悪感で苦しいなら吐かなければいい』
ゼドを心配させたくなくて怪我を負ったことを内緒にしようとしたとき、そう指摘された。
そしてそのとき、ゼドはこうも言った。
それとも――と続けて。
「『おまえに嘘を吐かせてしまうほど、俺は頼りないか?』」
過去とぴったり重なったセリフに、ラヴィニアは目を丸くする。
「ゼド……?」
「! やっと気づ――」
「おいおいおーい! 急におまえら二人の世界に入らないでくれるか!? なんか見てるこっちが小っ恥ずかしいんだけど!」
その瞬間、セルジュから殺気が溢れた。
今にもルイゾンを殺してしまいそうな雰囲気にぎょっとする。
ハイノが焦りを滲ませながら間に入った。
「まあまあ落ち着いて、セルジュ。彼女が例の人なら悪かった。あっちの二人が目覚めるまで待とうと思ったが、僕たちは先に寮へ戻るよ。カステッリ、君も一緒に戻ろう」
「いや~、俺はどっちかっつーと酒の肴に見学してたいかな~」
「カステッリ?」
「チェッ」
しかしそのとき、エメリーヌが小さく呻き声を上げながら身じろぎした。
ラヴィニアはすぐに彼女の許へ駆け寄る。
少しの間そばで見守っていたら、エメリーヌの瞼がゆっくりと持ち上がった。
「エメリーヌ! よかった。痛いところはない?」
「……ラヴィニア?」
時間差で、近くで同じように寝かされていたアシュレイも目を覚ました。
「っ、ここはどこだ……?」
「よっ、おはようさん。よく眠ってたぜ、ロヴェーレ。ちなみに勝敗は引き分けな~。これに懲りたらもう喧嘩ふっかけんなよ」
「なっ、引き分け、だとっ? そんなはずは……っ」
アシュレイが頭を押さえる。その表情は苦しそうだ。
エメリーヌも疲労が見てとれる。二人とも手加減など知らないとばかりに己の魔力をつぎ込んでいたので、それも仕方ないだろう。
「エメリーヌの意識が戻ったから、わたしたちも寮に戻るね」
「待てラヴィニア。話はまだ終わっていない」
セルジュに呼び止められて、ラヴィニアは逡巡した。
けれど白状しないと彼は解放してくれなさそうな気配を察して、観念する。
「正直に話すけど、絶対に止めないでね? 実はわたし、竜を探してるの」
「「竜!?」」
驚きの声はセルジュではなく、またしてもハイノやルイゾンからだった。
「おまえ馬鹿か!? 竜は人間の敵じゃねぇか。そんなもん探して退治でもしようってか? さすがの俺でも竜に挑もうとは思わねぇぞ」
「そうだね。竜は危険だ。近づかないに限るよ」
「違うわ! ゼドは……蒼竜は危険なんかじゃない。人間の敵でもないもの」
「蒼竜……って言ったら、クローディア様の使い魔の?」
ハイノの問いかけにこくんと頷く。
「もし何か知ってるなら、教えてくれない?」
「知るわけねぇだろ、竜のことなんか。つーかおまえ、さっきから気になってたが敬語がなってねぇぞ!」
「……敬語?」
「なんで不思議そうなんだ! 今までどういう育ち方してきた!?」
だいたい引きこもっていた、とは言えず。
ルイゾンが人差し指を向けて怒鳴ってくるが、ラヴィニアは困ったように小首を傾げることしかできない。
ルイゾンの指を、セルジュが曲げてはいけない方向に曲げようとしている。
「いだだだだッ! おいセルジュ! おまっ、やめろ折れる折れる!」
「折ろうとしているんだからそのまま折れろ」
「なんなのおまえ!?」
彼はルイゾンから手を放すことなくラヴィニアの方を振り返ってきた。
「俺に敬語は不要だ。ラヴィニアの好きなように接してくれ。それとも、敬語で話したいか?」
ラヴィニアは首を横に振った。もともとあまり敬語を使うタイプではないが、不思議と彼には使いたくないような気がしたからだ。
それは悪い意味ではなく、敬語で距離を取りたくないような、そんな不思議な感情からだった。
「それで、蒼竜を見つけて、おまえはどうするんだ?」
「ゼ……蒼竜を、見つけて……特に何かしたいわけじゃないの。ただ一緒にいたいだけ。また会いに行くって、約束したから」
途中から目を覚ましたエメリーヌやアシュレイは状況が飲み込めず周囲を窺っている。
他の面々もラヴィニアとセルジュの会話には不思議そうな顔をしていたけれど、セルジュだけは事情を承知しているかのような顔でふっと目元を緩めた。
「そうか。なら、早く見つけてやってくれ」
優しい青藍の瞳に見つめられて、一瞬だけ見惚れてしまう。
我に返ったラヴィニアは、慌てて彼の言葉に頷いたのだった。
次回、セルジュの秘密(過去)が明らかに!