閑話 怠惰の魔術師は証拠隠滅を図った
大陸魔術協会の七賢者の一人、怠惰の魔術師ミレイル・キャンベルは、今日も今日とて仕事をサボって医務室で寝ていた。
七賢者としての仕事をサボりすぎた結果、初心を取り戻してこいと言われてクローディア学園の特別講師なんてことをやっているが、ミレイルの人生の目標は『楽して生きる』だ。
そのためだけに、前線でなんて戦えませんアピールができて、かつ後方で戦いが終わるのを待つだけでいいという結界魔術を極めた。
そんなミレイルが、職場が変わっただけでサボり癖を直せるわけがない。
保健医のユニに文句を言われながらものんびりしていたとき、身体の中にびりっと電流のような感覚が走る。
「どうしました、ミレイル」
「……破られる」
「え?」
「――違う、破られた!」
「ちょっと、ミレイル!?」
ユニの呼び止める声も聞こえないほど、焦りから医務室を飛び出した。額には冷や汗が滲んでいる。
とにかく楽をしたいから、という理由で極めた結界魔術だが、この大陸でミレイルの右に出る者は大陸魔術協会の現トップである魔塔の主だけだ。
けれど、彼は協会の本拠地である魔塔から出てこないはずで、こんなところにいるわけがない。
(誰だ、あたしの結界を破ったのは)
まさか生徒なわけはないだろう。
ただ、教師とも思えない。
考えても仕方ないので久しぶりの全力疾走をしたら、目的地にはファーリスの称号を持つ生徒が三人と、一期生が四人いた。
一期生のうちの二人は気絶しており、一人は力尽きたように座り込んでいる。
ミレイルの視線は、残りの一期生の許で止まった。
その一期生を支えるように背後にいるのはセルジュ・ナイトレイだ。
彼は平民らしいが、とてもそうとは思えない雰囲気を持つ、謎の多い人物である。
もしこの中でミレイルの結界を破れるとするなら、実力的にはセルジュ・ナイトレイが一番可能性としては高い。
本人を問い詰めながらも、しかしミレイルの直感は彼の支える一期生を疑っていた。
左目に眼帯をしている白髪の少女だ。その若さで髪色が白いのは珍しく、後ろ姿だけなら老婆と勘違いしてしまうだろう。
結局彼女を問い詰める前に逃げられてしまったが、破られた結界をもう一度見上げて、ミレイルは息を呑む。
(どうなってんだ、この破れ方は)
練習場を囲う結界全てが無効化されたわけではない。
まるで頭上にあった結界だけ何かで切り取られたみたいに、ぽっかりと穴が空いていた。
(魔術でこんなことができるのか?)
仮に魔術で結界を破る場合は、その術式を無効化するか、術式を破壊するしかない。ただ、術式が無効化されようが破壊されようが、その結果起こる現象は同じである――結界は全て砕け散るだろう。
(一部だけがくりぬかれたように無効化されるなんて、ありえない……はずなんだけどなぁ!)
はあ、とため息をつく。
おそらくこれは学園長に報告すべき事案だ。
そもそも七賢者である自分の結界が破られたのだ。その時点で大問題である。
けれど。
「めんどくさ……」
七賢者の一人、怠惰の魔術師の名は、伊達ではない。
「よし、さっさと直してなかったことにするか!」
そうしてミレイルは、何食わぬ顔で医務室に戻ったのだった。