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問いかけるケルン

荒れ果てた大地に、かすかな雨の名残が響く。

母を捜す少年、導くように歩む光裡、問いを投げかけるケルン――。

それぞれが探し求める「帰る場所」とはどこにあるのか。

月が幻なのか真実なのかも分からない世界の中で、痛みや犠牲を抱えながらも進む意志が彼らを結びつけていく。

遠くに揺らめく風車の音が、未だ解かれない母の祈りと少年の決意を繋げるように響いている。

 嵐は夜まで続き、ようやく小雨へと変わった頃、僕たちは即席の避難場所を出る。瓦礫は雨水を吸いきれず、小さな水たまりを作っていた。

「雨が降ったということは、少しは水が戻るかもしれないわね」

 光裡が川底のほうを見つめて言う。生き物の気配はほとんど感じられないが、いつかこの地に再び命が宿ることはあるのだろうか。

 僕たちは引き続き、目的もはっきりしないまま歩を進める。ときおり姿を見せる月の痕跡や、羽根を象徴するような意匠、そして母が祈った名残を探し求めながら。

 日は暮れかかり、薄闇が世界を包み始めるころ、ケルンが不意に立ち止まった。

「ねえ、君さ。母を見つけたらどうしたいの?」

 それはいつも通りの唐突な問いかけだ。だが、その問いは僕にとって、ずっと考え続けてきたはずのものだった。

「……分からない。母が無事なら、それでいい。けど、もし母が月へ行ったのなら、僕もそこへ行ってみたい。けど……」

 言葉を濁す。僕自身、そこから先が何なのか、分からなくなる。

 ケルンはゆっくりと僕の周りを回る。その姿は人間のようでもあり、獣のようでもあり、何かの幻のようにも見える。

「母が願った世界に君が足を踏み入れるってことは、彼女が捧げた代償を君も背負う可能性があるってこと。怖くない?」

 怖い。それは正直な気持ちだ。だけど、それ以上に知りたい。母が僕に何を託したのか、なぜ僕だけが残されたのか。

「怖いけれど、知りたい。母さんが見た世界を、同じ目で見たいんだ。それが僕の“帰る場所”かもしれないから……」

 答えながら、自分でも不思議に思う。この“帰る場所”という言葉を、いつの間にか僕は強く意識している。

 光裡が少し先を歩きながら、こちらを振り返る。

「帰る場所を探すのは、誰にとっても同じなのかも。私もずっと、自分の居場所を探して歩いてきた。たとえ追放された身だとしても、帰属できる場所が欲しいの」

 彼女の背中には何か傷痕がある。それはかつて背に翼があったかのようにも見えるし、鋭い爪で裂かれたようにも見える。詳細は聞けずにいるが、いつか話せるときが来るのだろうか。

 夜の帳が降りてくると、空には淡く光る月が顔を出した。雲はまだ厚いが、その合間から薄銀色の光が地表に差し込む。

 ケルンが空を見上げ、つぶやく。

「月は幻かもしれないし、真実かもしれない。大切なのは、そこに祈りを捧げる人の心かもしれないね」

 静かな風が吹き、僕の髪を揺らす。いつか母さんと手を繋いで、夜の砂丘を歩いた記憶がふいに蘇る。幼かった僕は、母の小さな手を強く握り返し、怖さを紛らわせていた。

「母さんは、僕を守るために何かを犠牲にしたんだ。だとしたら、僕にできることは、その想いを無駄にしないこと。たとえどんな痛みがあっても……」

 自分で口にしながら、背筋に鳥肌が立つ。それは覚悟のようなもので、僕は今初めて、自分の中に眠る決意を感じ取っていたのかもしれない。

 光裡がそっと微笑む。その瞳には、かすかな温もりが混じっていた。

「大丈夫。あなたが進みたいと思うなら、私も手を貸すわ。一緒に行きましょう。月が見える道の先へ」

 ケルンがクスクスと笑ったように見えた。

「じゃあ、次の目的地はどうする? あてなんてないけど、月に導かれるまま進めばいいかな。そう遠くないうちに、君たちが探す何かが現れる気がするよ」

 確信めいたその口ぶりに、不思議と疑問を抱かなかった。ケルンはこの世界の“問い”を体現する存在のようでありながら、何かを知っているようでもある。

 空を見上げると、雲の切れ間から月が一瞬だけ顔をのぞかせる。母さんが見ていたであろう、この光景。僕はその光を受け止めるように、そっと目を閉じる。

 遠くで、風車の軋む音が微かに聞こえたような気がした。

夜の空に薄銀色の月が顔を出し、彼らの道程を照らしているかのようだった。

少年が抱く覚悟は、母の犠牲を無駄にしないための誓いでもある。

光裡はその歩みに寄り添い、ケルンの笑みは行く先を暗示するように深みを帯びていく。

果たして、月が導く先には何が眠っているのか。

風車の軋む音を背に、世界が広げる次なる展開に思いを巡らせながら、少年の旅は続く。

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