0-2.序章___ある春の日
XXXX年4月25日
皇女ローデシアはバルコニーの手すりの上に立っていた。
視界の端にきらめく己のプラチナブロンドは、髪がふわりと舞うたびに世界を輝かせ。眼前に拡がる立派な庭園は太陽の光を浴びて生き生きとし、空はどこまでも青く澄みきっていた。
足の裏から伝わる大理石の冷たさ、暖かい春の空気。
なんて素晴らしいんだろう!いったいどうして、わたしは今の今までここから飛び出さないでいられたのかしら。
感謝とお別れの想いを込めて部屋を振り返ると、よく知った人物と目がかち合った。冷静沈着な彼が、これまでにないほど瞳を揺らして立ち尽くしていた。
「ローデシア」
わたしの名を呼ぶので、申し訳なさそうに笑いかけると彼は顔を青くした。
「なにをなさっているのですか。降りてください、お怪我でもされたら」
「おい!」
眼下から焦れた男の声を聞き、わたしは困惑している彼に背を向けた。黙っていてごめんね、だけどあなたきっと止めるもの。
ふう、と息を整えながら心を落ち着かせる。だいじょうぶ、怖くないわ。失敗しても足が折れるだけだって、あの人も言ったじゃない。
「成功するわ。きっとね」
ぐっと唇を噛み締め、思い切ってバルコニーの細い手すりを蹴った。一瞬の浮遊感の後、ものすごい速度で落下していく感覚。死の危険に全身が強張った。
が、すぐさま誰かに受け止められた。
「ぐう」
うめき声にそっと目を開けると、ドキリとするほど美しく神秘的な瞳が、いまいましそうにわたしを見ていた。男は、わたしの下敷きになっていた。慌てて受け止めてくれたからか、フードが脱げていて、隠されていた男の素顔は光を浴びていた。
「窓をつたって降りるって言ったのに、そのまま飛び降りるなんて…」
ところどころ跳ねた真っ黒な髪。色白の滑らかな肌。女神がキスしたようなベビーピンクの唇。すっと通った鼻筋と、綺麗な二重。
乙女の夢を詰め込んだ容姿は、運命の王子様そのもの、いかにも駆け落ちロマンスにいそうな印象であった。惜しむらくは、ぶつぶつ文句を言っていることくらい。
「ローデシア!」
はっと見上げると、バルコニーから彼が身を乗り出していた。
「ローデシア!お怪我は」
彼の問いかけに答えないよう、男の手がわたしの口を押さえた。
「飛び降りた勇気に乾杯!」
男はにっこり笑った。夜空の下では金の鱗粉を散らしたような紫だったけれど、本当はびっくりするほど深い青に、新緑を滲ませた瞳だったのね。
男はわたしを抱えたまま堂々と庭園を駆け抜けていった。そして、門扉の馬車から馬を奪って飛び乗った。ここまで、息は乱れていない。
「ハッ」
合図のとおりに、馬は意気揚々と脚を上げた。
「つかまれ!」
どこか興奮している様子の男に頷き、振り落とされないように首にしがみついた。
このときのわたしは、窮屈な居城を抜け出した、その初めての解放感に心を震わせていた。