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第8話:猫ような彼女

(本当に明日花あすかさんとは縁があるな……)


 仕事帰りにふらっと寄ったドラッグストアで、明日花を見かけたときはさすがにれんも驚いた。


 住んでる部屋が隣で、職場も隣で、ランチのタイミングも一緒で、ドラッグストアに寄るタイミングも同じとは。


(一日に何回会うんだ……)


 だが、もっと驚くのはそれを不快と思っていない自分だ。


(なんでだろうな……)


 若い女性、しかも独身。

 蓮が最も警戒すべきカテゴリーに入る人種だというのに。

 放っておけばいいのについ声をかけてしまう魅力が明日花にはあった。


(ギャップが面白いんだよな……)


明日花はくっきりしたアーモンド型の目が印象的な美人だ。

 すらりとしていて、一見きりっとした落ち着きのある女性に見える。

 だが、やけに表情豊かで、いつもあたふたと慌てている。


(反応が可愛くて、つい声をかけてしまう)


「偶然ですね。買い物ですか?」

 目当ての歯磨き粉を手にし、レジの列に並ぶ明日花に声をかけると、びくっと肩が跳ね上がった。

 驚愕の眼差しには若干恐怖も混じっている気がする。


「すいません、驚かせてしまって」

「い、いえ……!!」

 さっと明日花は目を伏せ、買い物カゴをさりげなく蓮から隠すように移動させた。


(声をかけない方がよかったかな……場所が場所だし)


 ドラッグストアはプライバシーにかかわる品物が多い。

 薬もそうだし、女性なら隣人に見られたくないと思う生活用品も多いだろう。


(配慮が足りなかった……)


 蓮は意識して視線を上げ、買い物カゴを見ないようにした。


「次の方、どうぞ!」


 店員の声に救われたかのように、明日花がレジに足早に向かっていく。

 買い物カゴから溢れそうになるほど品物がいっぱいで、重そうにレジカウンターに持ち上げるのが見えた。


(なんだか……怯えられている気がするんだよな)


 184センチと長身でそれなりに鍛えているので、威圧感があるのは自覚している。


 なので、女性や子どもに対してはなるだけ笑顔で柔らかく話しかけるように努めているのだが。


(初対面のタイミングが悪かったのかな……)


 初めて会ったときの明日花の呆然とした顔を思い出し、蓮はふき出しそうになった。

 あのときの明日花は、まるで『闇市帰り』といった佇まいだった。

 大荷物で、しかも落としたのはレプリカの剣。


(あれって今人気のあるアニメの商品だよな……。一人暮らしだし独身だろうから、親戚の子か友達のお子さんへのプレゼントなのかな?)


 どうやら見られたくなかった姿らしく、挨拶もそこそこに猫のような敏捷さで部屋に入っていった明日花の姿が思い浮かぶ。


(可愛かったな……)


 蓮はふっと懐かしい気分に囚われた。


(そうだ、友達の家にいた猫に似てるんだ……)

(スクリーム)


 よくギャアギャア鳴くので、ついた名前が『悲鳴スクリーム』というわけだ。

 もともと動物が好きだが、犬や猫を飼いたいという懇願は母に一蹴いっしゅうされた。


 ――毎日世話をして、病気になったら大金がかかる。責任を持って飼える大人になってからにしなさい。


 母の現実的な言葉に、幼い蓮は頷くしかなかった。


 だから、友達の家で飼っている犬や猫と遊べるのが楽しみだったのだが、他人を警戒する動物は多い。

 特に猫は来訪者を嫌うことが多く、隠れてしまって姿を見せてくれない子がいた。


(可愛かったなあ、あの猫……)


 よくお邪魔していた親友の家では、一匹の黒猫を飼っていた。

 くりっとした金色の目をした美しい雌猫で、蓮は一目でとりこになった。

 だが、黒猫は蓮を見るなり飛び上がるようにして逃げ、全然触らせてもらえなかった。

 それでも蓮は黒猫の姿を見るだけで嬉しくて、嫌がられても気にならなかった。


(そう、猫っぽいんだよな。僕を見るとびくっとするところとか、ちょっと避けるようにしているところとか)


 なぜか若い女性だというのに、警戒心が湧かないのかわかった。

 彼女が絶対に自分から近づいてこないからだ。


(そうだ、声をかけるのはいつも俺からだ……)


 それは蓮にとっては新鮮な感覚だった。


 ほんの幼い頃から、女性から声をかけられることばかりだった。

 中学生になって背が伸び始めた頃から露骨になり、見知らぬ女の子からも頻繁に声をかけられた。

 友達からは羨ましがられたが、蓮は戸惑うばかりだった。


 なんとかして自分の視界に入り、興味を持たせ、恋人になろうとしてくる女の子たちが得体の知れない怪物のように見える時すらあった。

 押しきられて何度かデートらしきものもしたし、大学生になってからは恋人もできたことがある。


 だが、彼女たちが好きなのは、自分の外見と医師になるという将来性だけと否応無しに思い知らされることが続き、うんざりして女性を遠ざけるようになった。


(挙げ句にあんなトラブルが……)

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