第6話:ランチも一緒
「あれ、明日花さん?」
昼休みにランチに来た二階のカフェで、明日花はいきなり声をかけられた。
今まさに厚みのあるクラブハウスサンドに食らいつこうとしていた明日花は、口をあんぐり開けたまま目線を上げる。
トレイを手にした蓮が目の前にいた。
「明日花さんもランチですか?」
「うへえっ、はいあっ!!」
またもや奇声を発してしまった明日花にまったく動じず蓮が微笑む。
「お店すごく混んでますね。よかったら相席お願いしてもいいですか?」
(ハア!?)
(私の向かいの席にイケメンが座るですと!?)
二度目の本音はかろうじて口に出さずに済んだ。
(おおおおお、またもや想定外の事態っ!!)
サンドイッチから分厚いベーコンが落ちないようパンをがっちりつかみながら、明日花は何とか平静を保とうとした。
(芙美ちゃんみたいに私も、普通に対応するんだ!!)
「はい、どうぞ」
笑顔になっているか自信はなかったが、蓮はホッとしたように向かいの席に腰掛けた。
「お言葉に甘えてお邪魔します。あ、クラブハウスサンドですか。美味そうですね。僕は迷ったんですが、パスタにしました」
すらすらと話す蓮に、へらっと笑うことしかできない。
(あああああああ、目の前に刃也くんっぽい人がいる!!)
(なのに、獣のようにサンドイッチにかぶりつくのは抵抗がある!)
だが、早く食べなければベーコンがパンからずり落ちそうだ。
「あ、すいません、べらべら喋ってしまって。どうぞ気にせずお食事してください」
無言で動きを止めてしまった明日花に、申し訳なさそうに蓮が言う。
「あっ、ふぇっ、ほい」
気にしないでください、がうまくいえず、『はい』と言おうとしたが、結局意味不明な言葉を発することになってしまった。
(さっきから私っ、どんだけ醜態をさらしたら……ああっ、気持ち悪い女ですいません!!)
心の中で土下座をしながら、明日花はもそもそとサンドイッチを食べた。
ちらっと盗み見ると、蓮がパスタをフォークに綺麗に巻いて食べている。
(うわあ……イケメンがご飯を食べている……)
(食べる姿も優雅……)
視線に気づいたのか、蓮がこちらに目を向けてきた。
(ふひっ!!)
慌てて俯いてサンドイッチを飲み下そうとした明日花は、見事に嚥下に失敗した。
「うえっほお!! げほっ!!」
「大丈夫ですか、明日花さん!!」
激しくむせてしまい、周囲の視線が明日花に集中する。
(ああああああ、もう、消えてしまいたい!!)
(どこでもドア、いや、落とし穴でいいんで。いや、いっそ別の時空に飛ばして!!)
「どうぞ」
すっとグラスに入った水が差し出される。
明日花は驚いて心配そうな蓮を見上げた。
(はああああ、水を……持ってきてくれた……?)
(ああああありがたいけど、距離が近っ……近いって!!)
蓮の指に触れないよう細心の注意を払いつつ、ぶるぶる震える手でグラスを受け取る。
(絶対、触ったら気持ち悪がられる)
(ハアハア、うまく……触らずに受け取れた)
(後は水を飲むだけ……)
「ど、どうもありがとうございます……」
グラスに口をつけた瞬間、明日花の緊張はピークに達した。
「……ぐぶっ!!」
パニック状態でまともに水が飲めるわけがない。
「はあ……はあ……」
荒い呼吸を繰り返す明日花の背中に温かいものが添えられた。
「大丈夫ですか? ゆっくり呼吸して。落ち着いて」
自分の背中を優しくさすっているのは、紛れもなく蓮の手だ。
(マ、マジか!!)
(うわ……見えないから、刃也くんの手のように感じてしまう……)
思わず妄想してしまい、緊張でガチッと背中が強張る。
敏感に察した蓮が背中から手を離した。
「あっ、すいません、思わずさすってしまって……」
「あ、いえ、大丈夫です」
真顔で振り返ると、蓮が恐縮したように頭を下げてくる。
「気持ち悪いですよね、よく知らない男に背中をさすられるなんて」
「そんな!! むしろ私の方が気持ち悪いですよね。へへ……」
思わず本音とともに不気味な笑いがこぼれてしまう。
「私目つき悪いし、機嫌悪そうに見えますよね……。芙美ちゃんと顔が似てるけど、芙美ちゃんはクールビューティーで、私は般若とか魔女とか言われてて……」
立て板に水のようにお得意の自虐を垂れ流してしまい、明日花は自分にうんざりした。
蓮は何やらフォローらしきことを言ってくれているが、恥ずかしさのあまりほとんど聞き取れない。
気まずい思いで明日花はサンドイッチを口に押し込んだ。
パスタを食べ終えた蓮が、アイスコーヒーのストローを口にする。
(うわ……色っぽい……)
ストローをくわえる仕草だけで目が惹きつけられる。
(めっちゃモテるだろうな)
(なんというか、目を奪う引力がある……)
(そこも刃也くんっぽいな!!)
(そして私は陰から見守るモブ!!)
「そうそう、住んでいる部屋について聞きたいんですが」
「ひいっ!?」
またもや思わぬ方向からボールが飛んできて、油断していた明日花はびくっと肩を上げた。