第54話:縮む距離
明日花が引き下がりそうにないと、蓮は思ったのか譲歩する姿勢を見せた。
「……じゃあ、待ち合わせの時間まで一緒にいてもらっていいですか? 家で一人でいると悪いことばかり考えてしまうので」
「もちろんです! なんなら待ち合わせ場所までご一緒しますよ!」
「ダメですよ、そんな危ない所に行かせられません」
蓮がにこっと笑う。
「喉が渇きましたね。お茶入れましょうか……。何か飲みたいものありますか?」
「じゃあ、紅茶を……あっ! すいません、コーヒーで!」
カフェインで頭をしゃきっとさせたいと思ったが、うっかりトラウマを抉るようなことをしてしまった。
だが、蓮は少し躊躇ったのちに口を開いた。
「いえ……久しぶりに紅茶を飲んでみます」
蓮の言葉に明日花は慌てた。
「無理しないでください!」
「紅茶を飲みたいって思うのが久々なので……トライしてみます」
そう言うと、蓮は棚から紅茶缶を取り出し、茶葉からいれてくれる。
(うう、ティーバッグの私とは大違い……)
差し出されたカップを、明日花は厳かに受け取った。
(フォートナム&メイソンの紅茶だ!)
「美味しいです! ダージリンですか?」
「セカンドフラッシュです。頂き物でいいお品なのは知っていたんですが、なかなか飲む機会がなくて……よかったです」
茶葉のいい香りが鼻をくすぐる。
明日花は心ゆくまで紅茶を堪能した。
(まるでカフェにいるみたいにくつろいでる……)
(密室で長身の男性と二人きりなのに……)
明日花はちらりと蓮に視線を向けた。
ソファにゆったり座って紅茶を飲んでいる蓮は、まるでモデルのように存在感がある。
「蓮さん、モテますよね」
「え?」
明日花は開き直って本音で話すことにした。
取り繕っていると、ずっと無言になってしまう。
「女性に人気があったでしょ、学生時代から。素敵ですもん」
蓮がふっと苦笑する。
「まあ、女性から告白されることが多かったです」
「やっぱり」
学校に蓮のような男の子がいたら、絶対に放っておかれない。
自分に自信のある女子ならば、アプローチするだろう。
もちろん、明日花は陰からそっと見守るしかできなかっただろう。
「私はモブキャラ……」
「えっ?」
「何でもないです! すごいですね、少女漫画のヒーローみたい」
「いえ、あんなにかっこよくないですよ。すぐに愛想つかされて」
「ええっ!?」
「僕って面白みがないみたいで。彼女たちは僕に何かすごく期待するみたいで、それに応えられなくて」
「はあ……」
確かに蓮は華やかな見た目のわりに穏やかな人だから、刺激が欲しい相手なら物足りなく感じるかもしれない。
(贅沢な……私は見ているだけで充分なんだけど……)
「明日花さんみたいに、何かに夢中な人って魅力的ですよね」
「はあ?」
「好きなものを楽しそうに集めていて、すごく上手に飾ってますよね。クレーンゲームで景品が取れたときも、すごく幸せそうで。そういう情熱みたいなものが僕はなくて」
蓮が少し寂しげな顔になった。
「女性も相手からアプローチされた人とばかり付き合っていたので……。肝心の気になる女性には、一歩を踏み出せないんです」
明日花は蓮の言葉に驚いた。
昔からずっとモテて恋愛経験豊富だと思っていた。
少なくとも、明日花から見ると余裕の振る舞いに見える。
(イケメンでも悩むんだ……)
芙美の言葉が浮かぶ。
――どんなに強く見えても幸せそうでも、皆それぞれ心に地獄を抱えてるんだよ。
――耐えがたい苦しみがただ胸の内にあるの。どんなに恵まれているように見えても例外なく全員。
「あ、そう言えば、オカルト学園はぐれ組、全巻読みましたよ」
「えっ」
「面白かった。皆、元いたコミュニティに居場所がなくて、それぞれがつらい思いをしてきて、新天地で居場所を作ろうとあがいている姿にすごく元気をもらいました」
「……っ!!」
「僕も同じですから」
(同じものを読んで、同じところで共感してる!?)
(私とは全然違う人が……)
それは明日花にとって驚天動地の出来事だった。
「私も……私もです!!」
「明日花さんも地元を出てきてますもんね。最初から居場所があって満たされている人なんて、あまりいないのかもしれません」
「そうかも……」
あの芙美ちゃんも、千珠もきっとそうだ。
苦しくつらい思いをして、自分らしくいられる場所を探して手に入れた。
(逢坂蓮さん……)
明日花は初めて蓮が自分と同じ人間だと実感した。
(天上人でも、フィクションの住人でもない……)
他者から攻撃され、傷が癒えないまま、新天地へと赴いてそこに居場所を作ろうとしている同志だ。
急にぐっと蓮との距離が縮まった気がした。




