第53話:あなたは私の推し
蓮の通話が終わるのを、明日花は固唾を呑んで見守った。
通話は思ったより長かったが、蓮は相づちくらいでほとんと話さなかった。
ようやく通話を終えた蓮が、ほうっと息を吐き明日花を見る。
「更紗さんを迎えに、こっちに出向くそうです」
「よかった!」
父親が直接迎えに来てくれると知り、明日花はホッとした。
「21時に飯田橋駅だそうで、それまでは申し訳ないけれど自宅から出ないように、とのことです。娘がまた過激な行動に出るかもしれないのでと」
「なるほど」
更紗がマンションの外で見張っている可能性もある。もしくは、調査員を待機させて出てきたら連絡を入れるとかもありそうだ。
「さすがに黒岩院長もかなり参っているようで、更紗さんをちゃんと連れ帰ってもらえそうです。彼女に与えたカードや口座類も全部解約するとのことでした」
更紗が時間や金をふんだんに使えるのは父親のおかげのようなので、資金を絶てば自由にストーキングできなくなるのだろう。
「警察には……」
「検討しますが、黒岩院長はスイスにある別宅に連れていって、見張りをつけて日本にとうぶん帰さないと言っていますので……」
やはり、相手は事を荒立てたくないようだ。
「ただ、今度はちゃんと弁護士を挟んで念書は書いていただくことになると思います。今後一切関わらないこと、一度でもまた会いに来たらその時は訴えると」
「でも、一生監禁というわけにもいかないですし、更紗さんは説得に応じなかったわけでしょう? 犯罪行為とわかっていてつきまとっているわけです。何年か後、また現れる可能性があって、それに怯えて暮らすのは嫌じゃないですか?」
たとえ裁判所から接近禁止令を出してもらったとしても、後先を考えずに押しかけるのがストーカーなのではないだろうか。
「それは……何とか時間が解決してくれると思いたいですね。とにかく、僕も飯田橋駅に行って、ちゃんと帰るか見届けます」
「えっ、蓮さんも行くんですか?」
「ええ、ちゃんと迎えにきてくれるのか気になりますし、黒岩院長にしっかり釘をさしておきたいですから」
「そんな……! 蓮さん、つらいのに……」
「大丈夫ですよ。これで最後でしょうし。心配してくれてありがとうございます」
蓮のつらそうな笑顔が胸に刺さる。
「でも……」
ぐったりと床に横たわっていた蓮の姿が目に焼き付いて離れない。
こんな優しい人をあんな目に遭わせるなんて許せない。
(一人でなんて行かせられないよ!)
「私を使ってください!」
明日花は思わず口走っていた。
「えっ……」
「私も行って、蓮さんの彼女のフリをします! お話ししたとおり、以前にもやったことがあるので!」
会社を辞めるきっかけになった出来事だが、蓮に話しておいてよかった。
「でも、明日花さんにとってトラウマなのでは……それに危険すぎます。攻撃対象が明日花さんになってしまう」
「大丈夫です!」
「ダメですよ。そもそも、明日花さんがそんな危険を冒す必要はありません。僕は単なる隣人なんですから」
「ただのお隣さんじゃないですよ、もう!」
思わずぽろりと本音がこぼれた。
蓮が驚いたように目を見張っているが、明日花は止まれなかった。
「蓮さんは大事なお隣さんで友達です! てか、誤解を恐れず言うと、推しです!」
「推し……? 僕が?」
顔が火照るのがわかる。
とんでもないことを口にしてしまったが、言ってしまったものは取り消せない。
「蓮さんといると元気もらえるし。そのっ、あっ、でも誤解しないでください! 更紗さんみたいになりませんから!」
(何口走ってるの私!)
(これじゃ、私が不審者だよ!)
必死で言い訳する明日花に、蓮がくすっと笑う。
「刃也くんみたいに、ですか?」
「ひえっ、えっ、はい!」
改めて口に出されると恥ずかしい。
「光栄ですが、明日花さんをトラブルの火中に飛び込ませるわけにはいきません」
「蓮さんにはずっと助けてもらってたので恩返しがしたいんです!」




