第52話:ふたりでブランチ
「まずは遅めの朝食を食べましょうか。腹ごしらえしないと!」
蓮が明るい口調で立ち上がった。
すっきりと晴れやかな表情に変わっているのを見て、明日花はホッとした。
(よかった……。やっぱり話せてよかったんだ)
「何か買ってきましょうか?」
「いえ、よかったら僕が作りますよ。簡単な朝食で良ければ」
「お、お願いします!」
もう女子力がないのはバレている。ここは甘えることにした。
明日花の言葉に、蓮が嬉しそうに笑う。
「任せてください」
蓮が微笑みながらキッチンに向かう。
(『料理をしない』と言うと、まるで女失格みたいに言ってくる男もいるけど蓮さんは違う)
(ここは遠慮せずに素直にお任せできてよかった……)
蓮は本当に慣れているようで、手際よくベーコンエッグとサラダ、トーストを作ってくれた。
「わわ、美味しそう!」
運ばれてきた料理に明日花は思わず声を上げた。
彩りがとてもいい。料理のセンスがある人だ。
「どうぞ、食べてください。紅茶かコーヒーは? オレンジジュースもありますよ」
「蓮さんと同じもので!」
明日花はもぐもぐと遠慮なくサラダから食べる。
変に気を遣ったりしない方がきっと蓮も楽ではないかと考えたが、当たっていたようで蓮の雰囲気がぐっと柔らかくなった。
(そうだよ、緊張って伝わるもん。私がリラックスしたら蓮さんもきっと……)
「どうぞ、カフェオレです」
明日花は大きなカップにいれられたカフェオレに口をつけた。
「うまっ、これミルクもコーヒーもすごくコクがありますね!」
「近所にあるお気に入りのカフェの豆とミルクなんですよ。ニュージーランドのウェリントンの人気店らしくて。知ってました? ウェリントンってコーヒーの街で美味しいカフェがたくさんあるそうです」
蓮が楽しげに話す。
「そんなカフェがあるんですね……!」
「ええ。駅から坂を下った辺りに……。フラットホワイトを頼んだんですが、これが抜群に美味しくて!」
「このカフェオレ、めっちゃ好みです!」
濃厚で芳醇なカフェオレが染みる。
明日花はぺろりと朝食を平らげ、カフェオレを飲み干した。
お腹がすいていたせいで、自分でもびっくりするほどの食べっぷりだった。
(最初、ランチで相席したときは水を飲むことさえうまくできなかったのに……)
(蓮さんと食事をすることに、ずいぶん慣れたんだなあ……)
「ご馳走様でした! こんな美味しい朝食久しぶりです!」
「喜んでもらえて嬉しいですよ」
蓮が綺麗に空になった皿を見て、くすくす笑っている。
お世辞でないことが丸わかりだ。
「デザートにヨーグルトはどうですか? 僕はいつも食べるんですけど……」
「いただきます!」
もりもりとヨーグルトを食べる自分を、蓮が愛おしそうに見ていることに気づく。
(うっ……照れくさい……)
(こんな風に男性に見られながら食べることってないから……)
明日花は思わずうつむいた。
(そういえば二人きりで、男性の部屋で朝食!!)
(ひえええええ、同棲カップルみたいだ!!)
初めての体験だと自覚したとたん、テンパってしまう。
(でも、女と二人きりとか。蓮さん、トラウマじゃないのかな)
おろおろした明日花だったが、蓮は落ち着いた様子で幸せそうにヨーグルトを食べている。
(蓮さん、すごくリラックスしている……)
無心にスプーンでヨーグルトをすくう様から、蓮がくつろいでいるのが見てとれた。
(信用してくれてるんだなあ……)
「あ、私洗い物しますね!」
「お客様ですから、座っててください。それに食洗機があるので……」
「はあっ、すいません……」
立ち上がりかけた明日花は、また腰を下ろした。
上げ膳据え膳とはこのことか。
明日花が恐縮しながら皿をキッチンに運んでいると、蓮のスマホが鳴った。
「叔父さんからだ。しまった。連絡してない!」
「あ、私も忘れてました! 謝っておいてください!」
明日花は頭を抱えた。
(合鍵まで預かったのに……すっかり頭から抜けていた)
蓮が淳と電話で話している間、明日花も芙美に電話をかけた。
芙美に事情を話すと、「今日はお休みで大丈夫だから、蓮さんについててあげなさい」と優しい言葉をもらった。
(甘えっぱなし……ごめん、芙美ちゃん)
明日花は電話を切った蓮を見た。
「大丈夫でした?」
「はい。ずいぶん心配させてしまって……。今日は急遽、休診にしてもらいました」
「私もとりあえず、今日は休みにしてもらいました」
「芙美さんにも改めて謝罪とお礼をしなくちゃいけませんね……」
二人は顔を見合わせた。
「二人とも今日はフリーになりましたね。また一緒にカフェでも行きたいところですが、今は更紗さんのことを――」
蓮がそう言いかけたとき、またスマホが鳴った。
途端に蓮の表情が険しくなる。
「蓮さん?」
「更紗さんの父親……黒岩院長からです。……はい、もしもし」
電話に出る蓮を、明日花はドキドキしながら見つめた。




