第47話:暴露
ほとんど記憶がないまま、明日花はなんとかマンションに辿り着いた。
めちゃくちゃ走り続けたので、喉も足も痛い。
七階でエレベーターを下りると、ドアの前に蓮が立っていた。
「明日花さん! 大丈夫ですか? 心配しましたよ、何でも電話したけど繋がらなくて……」
「……」
スマホなどバッグに放り込んだまま見てもいない。
明日花は蓮の顔を見られずうつむいた。
「……すいません、嘘ついてて」
「それは別に構わないんですが、理由を聞いてもいいですか?」
(理由?)
(そんなの決まってる――馬鹿にされたりしたくなかったから!)
捨て鉢な気分だった。
(逃げたって、過去は追いかけてきた)
(新天地でリセットなんか、できなかった!!)
明日花は蓮を押しのけるようにしてドアの鍵を開けた。
「明日花さ――」
「どうぞ、中に入ってください」
「えっ、でも――」
「いいから!!」
明日花は乱暴に叫ぶと、靴を脱ぎ捨てて廊下に上がった。
「お、お邪魔します……」
蓮が後からおずおずとあがってくる。
(全部ぶちまけてやる)
(それですっきり全てを終わらせるんだ!!)
明日花はリビングのドアを勢いよく開けた。
数々のグッズが洪水のように視界に飛び込んでくる。
壁にはタペストリー、ポスター、コルクボードにはキーホルダーがずらり。
棚にはアクるスタンドやぬいぐるみ。写真立てに入れたポストカードたち。
我ながらよく集めたと思う。
「これが私です!!」
蓮が呆然とリビングを見回している。
「ちなみに隣の部屋はグッズ部屋です! 見てのとおり、私は『オカルト学園はぐれ組』の刃也のファンです。レプリカの剣もぬいぐるみも甥っこのためじゃない。全部自分のためです!」
「なんで嘘をついたんですか……?」
「大人なのに漫画にハマっているって馬鹿にされるからです」
「そんな……全然いいじゃないですか」
蓮の何気ない一言が逆鱗に触れた。
「よくない!!」
明日花は全身を振り絞るようにして叫んだ。
「ずっとそれで馬鹿にされてきたんです!! 岳人とか、会社の人とか、親とか兄とか!!」
すべてを吐き出す明日花を、蓮がただ見つめる。
「あなたにはわからないですよ! だって、どこから見ても文句付けようがないですもん! 長身のイケメンの医師で学生時代はサッカー部で、趣味が映画鑑賞とか、堂々と言えることしかない! 誰に言っても文句のつけられない順風満帆な人生を送ってる人に私の気持ちがわかるわけない!」
蓮が悲しげな眼差しを向けてくるが、明日花は止まれなかった。
「ずっと気をつけてきたんです、バレないように! でも大学を卒業して会社に入って。同僚と仲良くなって油断したんです。オタク趣味のことを話してしまって――」
つらい思いが蘇る。
あんな子どもじみたイジメをする相手を信頼してしまった自分の愚かさに打ちのめされた。
「何があったんですか……?」
「……その同僚が恋愛でトラブっていて、恋人の振りをしてほしいって言われて。鵜呑みにしてしまったんです。でもそれは嘘で、私に近づくための手段で――きっぱり断ったら職場でのイジメが始まりました。リアルの男がダメで二次元の男に夢中になっている頭がおかしい女って」
明日花はぐっと拳を握った。
「毎日、嫌みを浴びせられて耐えきれなくなって東京に逃げてきたんです」
蓮が驚いたように自分を見ている。
(そりゃそうだよね。出会ったばっかりの相手にこんな吐露されて)
(でも、もう全部吐き出して楽になりたい……)
明日花が『オカルト学園はぐれ組』を好きになったのは、キャラが魅力的なだけではない。
タイトルどおり、主人公たちはそれぞれ環境は違えど『はぐれ者』で居場所がなかった。
自分らしく生きていける新天地を求め、あがき、居場所をつかんいく様に胸をつかまれたのだ。
いつしか彼らに自分を重ねた。
(自分も……いつか、ありのまま楽しく生きられる場所をつかめるんじゃないかって……)
(でも――現実はそんなに甘くない)
怒りと絶望で目がくらみそうだ。
「私は……家でも居場所がなくて。兄と比べて駄目で、両親の望むような子になれなくて」
「僕は違います」
ハンカチを差し出され、明日花は自分がボロボロと涙をこぼしていることに気づいた。
「僕はあなたの地元の人たちとは違います。嘘なんかつく必要ないですよ。それに、こんなに好きなものがあるって羨ましいですよ。いつも明日花さんは楽しそうで、それを見てるのが僕は――」
蓮がなぜか顔を赤らめて口を閉ざす。
本来なら、嬉しい言葉のはずだった。
だが、明日花の頭は『蓮に裏切られた』という思いで占められていて、はにかむ蓮の様子が目に入らなかった。
「でも、あなたも嘘をついてたじゃないですか!!」
「えっ……」
「更紗さんっていう婚約者がいるのに、恋人はいないなんて!!」
明日花の言葉に、蓮が驚愕の表情を浮かべる。
「なんで更紗さんのことを……」
(婚約者がいるのに、まるでフリーの独身のように振る舞って)
(無自覚な優しさを惜しみなく与えて)
「もう私を振り回さないでください!!」
「明日花さん、話を――」
「出て行って!!」
玄関を指差して叫ぶと、蓮は何か言いたげにしていたが黙って出て行ってくれた。
ドアが閉まる音が聞こえると、明日花はソファに突っ伏した。
「うああああああ……」
子どものようにしゃくりあげ、明日花は嗚咽を漏らした。
(ようやくわかった)
(なんでこんなに蓮さんに対して怒りを覚えるのか)
気づきたくなかった――絶対に苦しむから。
(好きなんだ、私、蓮さんのことを)
(いつの間にか、イケメンが怖いことなんて忘れてしまっていた)
(蓮さんは『刃也に似たイケメンのお隣さん』ってだけじゃなくて)
(隣に住んでいる『大好きな蓮さん』になっていったんだ)
(刃也くんだけじゃなくて、現実にも推しができたんだ……)
あまりにも自分が滑稽で笑いそうになった。
自覚してもどうにもならない。
相手には婚約者がいて、自分は趣味もトラウマも何もかもバラした。
「さいあく……」
明日花は両手で顔を覆った。




