第44話:暴言
「では乾杯!」
上機嫌の岳人が、勝手にジョッキを打ち付けてくる。
「どうも! いつも明日花がお世話になってるそうで」
岳人の大仰な口ぶりに蓮は眉をひそめた。
(なんだ? 挑発しているように聞こえるのは……)
(幼馴染み、というだけなんだよな?)
酔いが回っているうえに、気持ちがささくれだっているせいか、蓮は珍しく煽りに乗ることにした。
「ええ、明日花さんには、《《とても》》お世話になっていますよ」
蓮はさりげなく『とても』にアクセントを置いた。
「……」
軽いジャブだったが、思ったより相手に効いたようだ。
岳人はかろうじて笑顔をキープしているものの、目が笑っていない。
(やっぱり……)
(こちらを牽制している?)
だが、明日花は明らかに疎ましそうだったし、恋愛関係にあるようには思えない。
(元恋人というわけでもなさそうだし)
(一方的にこいつが明日花さんにちょっかいをかけているのか……?)
岳人の自信満々で初対面の相手でも気安く振る舞う姿は、一部の女性には魅力的に映るかもしれない。
(……だけど、明日花さんとは合わない気がする)
(ひどく無神経で攻撃的だ)
(というより、わざとそう振る舞っている?)
「芙美さんから聞きましたよ」
勢いをつけるように、岳人がぐびっとジョッキをあおった。
「すっごいですねえ、お医者さんなんて。そうそう、明日花とは部屋が隣だとか。それで親しくなったんですか?」
「ええ、まあ」
無礼な人間に必要以上に情報を与えるつもりはない。
素っ気ない蓮の態度に、岳人はいささか鼻白んだようだった。
ぐびり、とまたビールを口にする。
「へえっ! あいつ、変だから大変でしょ」
「全然。一緒にいると楽しいですよ」
岳人の眉間の皺が深くなった。
煽っている自覚はあったが止められない。
明日花に馴れ馴れしく触れた岳人を罰したい気持ちがわきあがる。
「表面上はちゃんとしているように見えますけどねー。ま、付き合いの浅い人にはわからないかなー」
やり返すように、岳人がさりげなくマウントをしてくる。
とっておきの情報を披露するように、岳人がぺろりと唇を舐めた。
「あいつ、オタクって知ってます?」
「は?」
「いい年して、アニメとか漫画とかに血道を上げてるんですよ」
「……」
自分もフィクションを楽しんでいるし、周囲にも漫画や小説、映画やドラマ好きは大勢いる。
なぜ岳人がこんなにもったいぶって言うのか、蓮は理解できない。
「あいつも架空の男追ってないで、そろそろ結婚とか考えないといけない時期のなの
に、って周囲は言ってるんですけどね」
岳人が気持ち良さそうに話し出す。
「地元じゃ誰ももらってくれませんよ。24歳とかギリギリ賞味期限って感じじゃないですか。ね!」
何がおかしいのか、岳人は一人で笑っている。
「……明日花さんは魅力的な方だから、年齢なんか関係ないですよ」
「んなわけないでしょ!」
岳人が大げさに手を振った。
「あいつの武器なんて若さだけですよ。仕事だってあんな小さい店の受付くらいしかできないし」
蓮はテーブルの下に置いた手をぐっと握りしめた。
相手を殴り倒したい気持ちを沈める。
(誰かを貶めて楽しむ輩は少なくない。こいつも悪口が生き甲斐のタイプか)
明日花の周囲に、こんな男をうろうろさせたくない。
(相手に好感を抱くのに年齢なんて関係ないだろ)
蓮が無言で暴力衝動に耐えていると、反応がないのが物足りないのか、岳人がこちらを見つめてきた。
「医者ってモテるでしょ?」
「……っ」
何気ない一言だったが、的確に蓮のトラウマを抉った。
「しかも長身のイケメン! 食っちゃ捨てって感じですか?」
「は?」
初対面の相手によくここまで無礼なことを言えるものだと絶句していると、蓮が了承と受け取ったのか満足げに頷いた。
「明日花みたいな女、チョロいですよね。でも、あいつって強かなとこあるんですよー。あいつの会社員時代のこと聞いてます?」
「いえ」
悔しいが否定するしかない。明日花から以前の仕事については何も聞いていない。
途端に岳人の顔がパッと輝き、勢いこんだ。
「やっぱり秘密にしてたかーーー! あいつ、そこでイケメンの同僚に誘われたのに、気を持たせて挙げ句フッたんですよ。あざといでしょ!!」
岳人がノリノリでテーブルをバンと叩く。
「男ってハンターじゃないですか。逃げると追いたくなるでしょ。計算づくなんですよね。弱いから、そうやって主導権を握ろうとして――」
酒が入っているせいか、岳人はどんどん饒舌になっていった。
女のくせにお高くとまりやがって、じらすテクニックが、などなど、虫唾が走るような明日花に対する暴言に、蓮は頭が痛くなってきた。




