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第3話:職場で再会!

(ああ、もう遅くなっちゃった!!)


 明日花あすかは勤務先のオフィスビルに駆け込んだ。

 通勤先はメトロで5駅と近いのだが、急病人が出たとかで運行がとまり、15分ほど遅れてしまった。

 仕事始まりの月曜日は店のオープン前にやることも多い。

 何より、雇ってくれた叔母の期待に応えるためにも、いつも早めに着くようにしていた。


 職場のビルに駆け込み、ゲートを通過する。

 目の前でエレベーターの扉が閉まりかけ、明日花はダッシュした。


「あ、乗りまーーーす!」


 30階建ての高層オフィスビルなのでエレベーターは8基あるが、なかなか来ないのだ。

 飛び込むようにしてエレベーター内に入り、一息ついて顔を上げた瞬間、『開』ボタンを押してくれている男性と目があった。


「は……?」


 明日花は目を疑った。

 昨日のラフな格好から一転スーツを着ているが、間違いなく隣人のれんだ。


(うわ……っ、スーツもすごく似合ってる!!)


 蓮と刃也じんやが重なり、ぶわっと鳥肌が立つ。


(長身で正統派のイケメンだから、正装がすっごくハマるんだよね。軍服とか制服とかタキシードとか……)


 刃也が披露してきた数々のファッションが脳内に乱舞する。


(学園のウェルカムパーティーのときも、チーム戦の表彰式のときもすっごくよかったなあ……あのシーングッズ化しないかな)


「あの……お隣の方ですよね?」


 蓮に声をかけられ、明日花は我に返った。


「あっ、はい、そうです!! あのっ、昨日は失礼してしまって! そのっ、あっ」


 マンションで会う心の準備はしていた。

 だが、職場で会うのは想定外だ。

 大混乱しながらも、明日花は必死で平静を装った。


(もう醜態しゅうたいは見せられない!!)

(次はちゃんとするはずでしょ!!)

(なんだっけ……えーっと、そうだ! 名乗らなきゃ!!)


「私、若木明日花です!!」

「若木さん、何階ですか?」

「えっ、7階です」


 なぜ今更部屋の階数を――と思った明日花は、蓮が7階のボタンを押そうとしていることに気づいた。


「わわっ、すいません! 8階です! 8階!」


 そうだ、ここは職場のエレベーター内。

 階数を聞かれたら、ビル内の行き先に決まってる。


(ああああああ、恥の上塗りっ……!!)

(鈍くさい!!)

(こんなだから、地元の男たちに馬鹿にされてばかりで……)


 明日花はまたもや、顔を上げられない事態に陥ってしまった。

 幸い、蓮は長身だ。

 身長164センチで3センチヒールの明日花は今170センチ弱あるが、それでも長身の蓮から顔は隠せる。


(ああああ、背が高い人でよかった……)

(でも、本当はもっとじっくり見たかった)

(スーツ姿の刃也っぽい逢坂さんを)


 残念ながら靴しか見られない。自分の失態が恨めしい。


(靴もピカピカに磨いている……)

(ちゃんとしてる人だ)

(そこも刃也くんっぽい!!)


 原作では刃也がきちんと服を畳み、靴を磨くシーンがある。

 どんなに疲れていても忙しくても、刃也は毎日のルーティンをきちんとこなす。


(だから、皆に一目置かれている)


 ぐずぐず寝ていたい衝動に襲われたとき、朝食の用意をサボりたくなるとき、刃也のことを思い出すことにしている。


(推しのおかげで、少しはマシな生活を送れている……)


 じっと蓮のつま先をみていた明日花だが、ふっと違和感を覚えた。

 エレベーターがやけにゆっくり上昇しているように感じる。

 沈黙が流れ、緊張が高まる。


(ていうか、こんな偶然があるの?)

(マンションだけじゃなくて職場も一緒のビルなんて)

(私、ストーカーと思われていない!?)

(マンションからずっと後をつけてきて、エレベーターに乗り込んできたとか思われてない!?)


 だらだらと冷や汗が背中を流れていくのを感じる。

 明日花は無意識にぎゅっとスカートを握りしめていた。


「若木さんも8階なんですね。もしかして、お勤めですか?」

「え?」


 優しく尋ねる声にいざなわれ、明日花は顔を上げていた。

 こちらを穏やかに見つめる蓮の表情に、不審な女と密室内で二人きりだという緊張感も嫌悪も見られなかった。

 思ったよりも気持ち悪がられていないと認識した明日花は少し落ち着いた。


「あ、はい! 8階に入っているアロママッサージのお店です!」


 決してストーカーではないと強調するために、必要以上に声を張り、きびきびと答えてしまう。


(先生に当てられた小学生か、私は……)


 すると蓮の顔がぱっと顔が輝いた。


(わあ……)


 イケメンが笑うとこんなにも華やかななのかと明日花は息を呑んだ。

 切れ長の眼差しだが、笑うと目尻が下がって少し幼く見える。


(刃也くんが無防備に笑うとこんな感じになるのかなあ……)

(誰に対してこんな笑顔を見せるんだろう……相方の耀ようくん? それとも弟の――)


 またもやマンガの世界に没入しかけた明日花は現実に引き戻された。


「僕もなんです。偶然ですね!」

「えっ……?」


 このオフィスビルの8階はクリニックフロアになっていて、病院とマッサージ関連などが入っている。

 明日花はようやく気づいた。


(8階に逢坂という名前の店舗があるけど……)


「まさか……逢坂おうさかメディカルクリニック……」

「はい! 叔父が院長で今日から内科の勤務医として働くことなっています」

「いっ……」


(医者だと!?)


 落雷を受けたかのような衝撃が明日花に走った。


(長身のイケメンで優しくてコミュ力が高くてなおかつ医師……!?)

(設定盛りすぎでしょ!!)

(ドラマの主人公とかフィクションでしか見たことのない存在が目の前に?)


 呆然としかけた明日花だったが、ある衝撃的な事実に気づいてしまった。


「隣……」

「どうかしました?」


 蓮が怪訝そうに首を傾げる。


「私……隣のテナントです……。『ヒロット・フミ』っていうアロママッサージのお店……」

「えっ! 職場もお隣さんってことですか!?」


 二人が顔を見合わせた瞬間、チーンという小気味のいい音を立ててエレベーターが8階に着いた。

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