羽付きヴァンパイア
セレーナの元へと飛んでいく。小さな翼をはためかせて。
「ヴァンパイアさん、」
セレーナは何一つ状況が分かっていないようで、魔獣に易々と背を向ける。そんな彼女を俺は抱きしめた。
「魔獣なんかに優しくするな。君は安易に優しさで、魔獣をいじめているんだ」
「え?」
と彼女は理解できていないような間の抜けた声を出す。お嬢様には分からないのだろう。死にたがりの人間が「生きていたら良いことあるよ」という適当な言葉をどう受け止めているか。飛び降り自殺もできなくなった俺は地面を蹴りあげる。
「君のせいだってね。カルマくんが怪我したの」
「……ごめん、なさい」
「別に謝罪なんかいらないよ。ただ、君の行動一つが俺らにどのように影響するか、もっと考えてよね」
ああ、何て、俺が嫌な奴なんだろうか。正しいことを言っているはずなのに、何故こんなにも心苦しいんだろうか。セレーナだって、悪いことをしようとしたわけではないのに。
ガリッ、魔獣の大きな爪が引っかかって、背中の羽がもがれた。よろよろと地上へと高度が下がっていく。
「ヴァ、ヴァンパイアさん!??」
片翼では上手く飛べない。馬車にセレーナを預けてから、俺は馬車の天井で、血液を指先の一点に溜め込んで、銃で撃つように放った。その血液は魔獣の眼球へと滲みる。魔獣が暴れ回る。大地が割れる。馬車もその影響を受けて、運転手が落馬した。
「サン、あれは死んだか?」
「頭から落ちた。首の骨が折れて即死だろうよ。まあ、節約になってよかった。人件費ほどコストがかさむものもなかろう」
俺はサンと入れ替わる。そこからの記憶はあまりない。きっと消したい記憶だからだろう。サンの捕食シーンなんて、まっぴらごめんだ。再度、俺が目覚めた時には、両翼に戻っていて、さっき渡した大金はまた俺の懐に入っていた。
「ここは?」
「ん?着いたよ。俺の故郷に」
そこには廃墟ばかりが連なっていて、人っ子一人、ヴァンパイア一人とていなかった。魔獣の鳴き声が各所で聞こえてきて、音を立てたら今にも襲ってきそうだ。
「セレーナ、俺の傍から離れないで」
「え……あ、はい。……ヴァンパイアさん、私って、お荷物ですか?」
目をうるうるさせた彼女が、そんなことを尋ねてきた。俺は「そんなことないよ」って嘘も、「そうだよ」って本音も言えなくて、ただ、
チュッ。
と彼女の頬にキスをして誤魔化した。




