痛みは病原体だ
「カルマ様、私はセレーナと申します。以後お見知り置きを」
と彼女は挨拶代わりに、僕の頬に軽くキスをする。それで、頬を赤らめてしまう僕はきっと、みっともない。
「さて、今夜は二人でゆっくりとするが良い」
広い部屋に二人だけ。けれども、何処かに監視カメラや使用人が隠されているに違いない。僕がお嬢さんに簡単に手を出さないか試されているんだ。ゆっくりなどできはしない。
「……私のお父様、何でも一人で決めてしまう人なのよ。ごめんなさい、カルマ様」
そういって、ダブルベッドの縁に腰掛けて、ストレートの黒髪を耳にかけるが、すぐに落ちてしまうその様子がとても大人びていた。
「ふふっ、嫌でした?僕が相手で」
「いえ、そんなことはございません!」
といきなり手を取られて、全力で否定されては、こっちは言葉が出なかった。彼女が冷静さを取り戻していくほど、照れていく。「あっ……」とぎこちなく手を元の位置に戻された。
「敬語はやめてください。僕は単なる庶民ですから」
空気を読んで、意図的に話を逸らした。
「か、カルマくん(?)こそ、私のような世間知らずなお嬢様はお嫌いなのでは?」
彼女は、俺から目を逸らした。
「あははっ、好きですよ?そうやって、自分のこと扱き下ろす人。僕のタイプですっ♡」
あーあ、自分の悪癖を晒してしまった気分だ。でも、だって、自分に存在価値がないって思ってる人間ほど、僕の支配下では利用価値が増すんだよ。
嫌な夢を見た。夢は共有されるようで、サンに俺の過去が、少しバレてしまった。色々と思い出してしまう、つらい記憶。一人で抱えていれば、我慢していればどうってことないのに、思い出すだけで勝手に共有してしまうから、そのつらさは二倍になる。
「ルナはネガティブ思考だと思っていたけど、そんな過去があったんだね……」
自分で自分自身は抱きしめられないから、サンが俺を抱きしめてくれようとしても、ただ一人で丸くなっているだけだった。