愛おしいリップティント
彼の「付き合っちゃおうか」の甘言に、見事騙されてしまった俺。16歳。単なる暴力だけだったのが、性暴力に昇格した。それでも、ハムちゃんとの愛別離苦を、物理的苦痛に変換してくれたのも彼だった。俺が傷だらけの腕を見せる度、彼はその腕を雑巾絞りの要領で捻り、血液という穢れが溢れ出るのを楽しんでいる。彼の唇の上で艶々と真っ赤に色付く口紅は、俺の血液だ。
「無理にキスしなくていいよ」
「ううん、僕がしたいの」
彼の優しさは彼の罪悪感の裏返し。そんなのは分かりきっている。けれど、その罠に落ちてしまっている俺はもう抜け出せない。今だって、
「とか言って、実際は好きでもないんでしょ?」
ってカマかけては、かまって欲しくて「そんなことないよ」待ちをしている。
「何で、そんな酷いこと言うの?」
完璧に演技できてるでしょ?と言わんばかりの彼の悲しんだ顔。ああ、うんざりする。
彼の家は母子家庭で、彼の母親はよく家に帰ってこなかった。なので、それが行われるのはいつも彼の部屋だった。
「だって、ただ性欲発散したいだけじゃん。違うの?」
でも、二人で登下校などは一切なく、決められた時間、決められた場所に俺はただ行くしかなかった。学校での距離だって埋まらない。
「……ふふっ、まだ殴られ足りないんだね!」
そうやって、都合が悪いとすぐに手が出るところ、嫌いじゃないけど好きでもない。口が裂けても言えないけれど、俺だって、人間扱いされてみたい。
「んっ……はあ、」
血の味がする。事後は目も当てられないほどの酷い有様で、粗大ゴミのようにベッドに横たえる。そんな俺を一瞥してから彼は、
「だって、僕達の関係がバレたら嫌じゃん。それに、シノには変に目立って欲しくない。この意味分かる?」
と聞いてきた。絶賛賢者タイム中だが、脳内を痛みで真っ白にした後で、そんな難しい質問をされても分かるはずもないので、俺は首を横に振りながら、
「分かんない」
とだけ子供っぽく答えた。
「ふふっ、シノはもっと自分の可愛さを自覚した方がいいよ」
頬を撫でられる、彼の指先がくすぐったかった。
「……可愛い?」
「可愛いっ!僕だけのものにしたい♡♡」
演技のスイッチが入ったように、突如そうやって、激甘な恋人みたいなこと言って、俺を抱きしめてくる彼。あんなに激しく叩いておいて、最後には優しくギューってしてくるんだから、いつもながらに心臓に悪い。
「嘘じゃない?」
「本当だよ」
「……だったら、俺はカルマくんのだよ。カルマくんが俺に存在価値を与えてくれたから」
また彼を喜ばすために言葉を紡いでしまった。彼は俺のそんな言葉で救われるんだ。そこが最高に好き。
だから、この歪な共依存に終わりはなくて、冷静に考えるとすごく痛くて怖くて嫌で、でも、俺が死ぬまでこうなんだろうと諦念していた。
俺が、死ぬまでは。




