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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

越える

作者: 荊阨

十二月三十一日 大晦日

 二〇二二年も残り僅かだというのに、私が目覚めたのは正午を過ぎたあとのことだった。目を開けて最初に飛び込んで来たのは、机上に文字通り山のように積まれた大量の課題。それを目にした私を、烈しい憂鬱の念が襲う。全く、最低の目覚めだ。昨晩も夜明け前まで作業していたというのに、その山の標高は一向に低くなっていない様子である。やる気が削がれるのは当然だ。しかし、これらを適切に処理しなければ、周囲からの私への信頼や学年末の評定に悪影響を及ぼす虞がある。そう自分に言い聞かせて身体を起こそうとするが、私の身体は駄々を捏ねては布団から出ようとしない。それでもなんとか私は自分を奮い立たせようとしたけれど、次第にそんな気力も失せてしまい、再び瞼を閉じてしまった。頑張ったけれど、睡魔には勝てなかった。そういえば、今日は大晦日だ。きっと、今日くらいは山積の課題から目を背け、睡魔に白旗を揚げる権利が私にもある筈だ。そう言い聞かせなければ、折角眠りについても安らぎを感じられないと思った。

再び目覚めた時、私は体が軽くなっているのを感じた。流石の私も布団から出て、年内最後の一日の活動を開始する。時刻は十五時を回っていた。しかし、机の上の課題に手をつける気にはならなかった。私はゆるりと着替えて、キッチンへと向かう。母親か父親のどちらかが何かしら作り置きしているだろう。案の定、煮物と味噌汁の入った鍋がガスコンロの近くに置いてあった。炊飯器の中には白米が炊いてあった。面倒くさかったので、私はそれらをレンジで加熱することもなく食した。真冬の昼過ぎに体に入れるものとしては、少し冷たいような気がした。腹を空かしていたので、三時のおやつも一緒に摂ってしまった。おやつに食べたチョコレート菓子は苦そうな見た目をしていたが、思っていたよりも甘かった。

腹拵えも済んだところで、私はツイッターを開く。夏頃からずっと、毎日欠かさずタイムラインを追っている。アプリを開くだけでは何も楽しいことはないが、利用している間は私を苦しめる課題や規範意識から解脱できると信じていた。どうでもいいことを呟いて、何かを考えているフリをしていた。本当は何も考えてはいなかった。本当の問題とは別の何かに苦しめられているフリをして、私は逃げ続けていた。フォロワーもまた、心配するフリをしてくれた。些細なことに兎や角言うのは、なんか楽しかった。SNSは、私の貴重な時間を喰い潰していた。私はそれに抵抗するフリをしながら、その実内心では諸手を挙げて歓迎していた。暫くすると、画面に砂時計の絵が現れて、アプリが操作不能になる。自制のためと、他でもない私自身が課した制限だった。私は不快感に顔を歪ませて、時計の方を一瞥する。時刻は十六時半を回っていた。私は手慣れた動作で利用時間の制限を解除する。そしてまた、インターネットの海に溺れていく。

気付けば窓の外の景色は暗闇に包まれ、時刻は二十三時も回ろうとしていた。無論夕食や入浴は済ませたが、それ以外の時間はずっとSNSに費やしていたようだ。自分でも、そんなに時間が経過しているとは思わなかった。虚無感に襲われて、暫く口をあんぐりと開けていた。そんなことをしていたものだから、無性に喉が渇いてしまった。私を満たしてくれる、甘ったるいジュースが飲みたい気分だった。冷蔵庫の中を確認してみたが、目ぼしいものは何も無かった。

明日は家族で初詣に行く予定なので、大晦日だというのに私以外の家族は皆、既に寝静まっていた。十五時まで寝ていた私は、まだ眠れなかった。私は紙幣と硬貨がぐちゃぐちゃに入った財布を持って、本日初めて、外へ出る。大晦日とは言え、補導されないようになるべく早く帰ろうと思った。こういう時、マンション住みは少し面倒臭い。マンションの敷地内に自販機があるわけでもないので、少し歩く必要がある。店の方が安いが、深夜ということもあって入るわけにはいかなかった。寒さの厳しい冬の夜道を、ただ一人歩く。そうしてようやく手に入れた缶ジュースは、冷たさでとても味など判らなかった。物寂しくなって、また道端でツイッターを見たくなった。十二月は引き籠もりがちなので、通信制限はまだかかっていない。スマホを触るためならば、今時の高校生は寒さに臆することもない。厳しい寒さの中、私は手袋を外して液晶を操作する。手を顔に当てると、氷のように冷たかった。タイムラインの話題で、「年越しジャンプ」というワードがやけに私の心をくすぐった。年越しの瞬間にジャンプして、その瞬間自分は接地していなかった=地球上にいなかったというものだ。私も、小さい頃は親族の家でそんなことをしていた。その遊びに懐かしさを覚えたのか、はたまた夜の孤独に寂しくなったのかは判らないが、気付けば私は友人の一人に電話を掛けていた。先程タイムラインに浮上していたから、まだ起きているだろう。くだらないことをして、誰かと時間を共有していたかったのだ。その友人と雑談をしながら、私は帰路につく。心の底から楽しいと思えた、ずっとそうしていたかった。階段を登って、自宅の玄関の前で立ち止まる。寒いから早く暖をとりたいと身体は叫ぶが、その声に私は耳を貸さなかった。家に入ってしまえば、この時間は終わってしまうような気がした。暫く立って止まっていると、身体の芯が冷えてきた。仕方がないので、私は身体を動かして暖をとることにした。

ふらふらと歩き回っていると、私は最上階に辿り着いた。気付けば時刻は二十三時五十九分。私は電話越しの友人に提案した。「年越しの瞬間、一緒に跳ぼうよ」時計アプリを起動し、一秒単位で時刻を確認する。二人で声を合わせる。「三」「二」「一」「良いお年を─」

零──と心の中で呟きながら、私は飛ぶ、──“階段の踊り場から”飛び降りる。

スマホが私の手から投げ出される。制限など要らなかった。私に必要だったのは、自由だった。

私は友人に、家族に、親戚に、そして落ちる私自身に届くように精一杯叫ぶ。

「HAPPY NEW YEAR!!」

 年越しの瞬間、私は地球上にいなかった!! そしてこれから始まる二〇二三年の世界に、私はもう存在し得ないのだ!! 

 もう何も恐れることは無い。迫りゆく地面さえ、私はもう恐れなかった。

 目を見開いて、最後にニカッと笑う。

 アスファルトにぶつかって、何かがひしゃげて、私の意識はそこで途切れる。

 次に目を覚ますのは、何時間後だろうか、

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