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序章


 都に着いた少女は、大きな瞳をきらきらと輝かせた。


 人々が忙しく行き交っているが、その者たちの目は明るい光に満ち溢れている。少女は憧れの都にわくわくする気持ちを抑えることができず走り出した。


 あまりの人の多さに、小さな子供が一人でうろついていることを気にする者などいない。少女は目の前に立ちはだかる大人たちの間を器用にすり抜けていく。


 立ち並ぶどの店も立派な佇まいで魅力的だったが、少女は足を止めずきょろきょろと何かを探しながら進んでいた。


 途中で美味しそうな匂いを漂わせる屋台に惹かれながらも、少女は一軒の店の前で立ち止まった。嬉しそうに笑みを(こぼ)す。


 その店だけは他の店と比べて、明らかに古びていた。人も寄り付いていなかったが、少女は(ほこり)が被った看板を見ても迷わず中へと入った。


「おじさん、貴方の語る話を聞かせてほしいの!」


 勢いよく入ると、狭い部屋の中で人が良さそうな老人が椅子に座っていた。


「私はもう店を閉じたんだ」


「おじさんがまだ話を書いてるって聞いたわ。今都で人気の芝居は、おじさんが書いたものだって知ってるんだから。おじさんの書く話は都一よ」


「おだてても無駄だ。俺は噂話をまとめただけだと言われてるんだ。だいだい、お嬢ちゃん一人のために語るなんて…」


「おじさんの話はただの噂話ではなく、真実を美しく語ると聞いたからここまで来たの。これでは駄目?」


 少女が(ふところ)から銀子(ぎんす)を取り出すと、店主は立ち上がり顔色を変えた。小娘が銀子を持っているなど可笑しいと驚いていたが、少女の身なりを改めて見て納得したようで、少女を椅子へと座らせた。


 銀子と言うより、少女の正体に興味があるようだ。


「何の話を聞きたいのかい?今一番人気なのは、玲俊(れいしゅん)殿下と(きさき)様の恋物語さ」


 店主の言葉に、少女はあからさまにつまらなそうな顔を見せた。


「どこにいってもその話ばかり…。私は樂公主(らくこうしゅ)の話を聞きたいの」


「…あぁ、樂公主(らくこうしゅ)か。あの方の話はいつになっても人の心を動かす。悲劇的な運命を辿ったが、この国に恵みをもたらした。私は一度、あの方を見かけたことがある!天から舞い降りた天女のように…美しいお人だった」


「羨ましいわ。私は樂公主のことをもっと知りたいの」


「お嬢ちゃんはお目が高いね。あの方は美しいだけではない、誰よりも強いお方だった。ここまでは皆知ってる話だな。知ってるかい?樂公主は玲俊殿下と恋仲だったという噂があると」


「知っているわ。けれど二人は…」


 店主は悲しそうに大きなため息をついた。


「そうさ…まあそう言うことさ。天命と言うことしかできないが、その噂が嘘でも真実でも、あの方の恋が実ることは決してなかったんだ。こんなこと…子供に話すことではないな…」


 申し訳なさそうに言葉を(にご)した店主は、仕切り直すように話を変えた。


玲俊(れいしゅん)殿下だって、今は妃様と仲睦まじい。政略結婚だと思っていたが、あのお方が妃様を愛しているという話はどうやら本当だ」


「…緒月(しょげつ)!」


 店の外から自分を呼ぶ声に、少女は肩をびくりとさせると渋々後ろを向いた。


「お母様…」


「勝手に出歩いたら駄目でしょう。お話を(さえぎ)りごめんなさい。娘が押しかけて、ご迷惑をおかけました。今度また来させてください。緒月、行きましょう」


 少女の母は面紗(めんしゃ)で目から下を隠していた。店主は咄嗟にとんでもないと頭を下げた。


 面紗は顔を覆う絹布のことで、彼女が身に付けいたのは刺繍(ししゅう)が美しく見てわかるほど質の良い絹だった。それを見て、店主はこの親子の身分の高さを悟ったのだろう。


 少女の母は店主へ丁寧に頭を下げると、少女の手を握り店を出た。


「また勝手に抜け出して。お父様に(しか)られるわよ」


 歩きながらの説教が始まる。少女はまだ不満そうではあったが、ゆっくりとした母の歩みに足なみを合わせ、人混みから守るように進んで行く。


「お母様が…樂公主(らくこうしゅ)の話をしてくれないからよ。誰よりも知っているはずなのに」


「貴方にはまだ早いわ」


「お父様が誰よりも愛した樂公主(らくこうしゅ)の話を聞きたいだけなのに…」


 そう呟くと、母は何とも言えない表情をした。


 少女は反抗しながらも母の足を(いた)わり、都を流れる川の岸辺に佇んでいた東屋(あずまや)を見つけると母を休ませた。自分を探すため都を歩かせ、母に無理をさせたことは良くわかっている。


 自分の体を心配してそわそわしている娘を見て、母は困ったように笑った。


「そんなに聞きたかったの?」


「えぇ。樂公主(らくこうしゅ)は私の憧れの人だから」


 無邪気に喜ぶ我が子の姿に、母は諦めたように娘を見た。嬉しそうでも悲しそうでもあった。


「そうね…どこから話したらいいかしら。樂公主は貴方と同じ歳くらいの頃から、武術の鍛錬(たんれん)を始めた。皆、樂公主は強かったと言うけれど、樂公主は最初から強かったわけではない。ある人を守りたいと言う想いが樂公主を強くしたの…」

 

 ある人が誰を指しているのか、少女にはすぐわかった。


 あれほど渋っていた母が初めて、樂公主について語りはじめた。母に語らせるなど酷なことかもしれないが、母ほど樂公主を知っている人はいない。


 少女は言葉にできない母の表情を見て、真剣に耳を傾けながら瞳をそっと閉じた。美しい樂公主の姿を思い浮かべる。


 これから語られるのは、きっと誰も真実を知らない第三王子玲俊と天女と呼ばれた樂公主の恋物語だ。







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