中段『小鳥囀る、神秘の森の段』前編
ピチチ、と鳥の囀る声。
サアア、と木々の揺れる音。
そんな自然に溢れた場所で、私はゆっくりと目を覚ます。
「……お腹空いた」
異世界に来たとか奥義がうんたらとかそんなことを考える前に、まずは腹ごしらえだ。
確か人間様は木の実を食べられる筈。
久しぶりだ。
自分の力で食料を取りに行くなんて。
よいしょ、と立ち上がろうとする、が。
「嗚呼、そっか。ちゃんと立てないんだったっけ。」
瑞々しい草花を掴んで四つん這いになる。何も触らないで立つのは無理だと判断し、近くの木に捕まって立ち上がった。
「……やった」
1人で立つことが出来た。次は歩こう。
木に捕まって数歩進む。
すると。
ドスン、ドスン……。
背後から足音が聞こえてきた。
何だろう。嫌な予感がする。
ドスン、ドスン、ドスン。
その音はどんどん近くなり、人間様の足じゃ鳴らせない程の大きさとなっていった。
「ヴォアアアアア……」
更に、地面を揺らしてしまう程の異様な音が響く。
私は、恐る恐る振り返ってみた。
「な…なに……あれ……。」
地球では見たことのない……と言っても、見たことのある生物は人間様か虫か近所の白い猫、後はテレビでちょこっと見た程度だが。
まるで化け物のような見た目をしている。因みに本物の化け物は見たことがない。
あれは味方なのか?それとも敵か?敵だったら嫌だな……。
私がまだ野生だった頃は親を真似て狩りをしていた。つまり、どれが敵なのかは親が判断していた為、私は区別を付けることが出来ないのだ。
ふと、化け物と目が合った。ばっちりと。
「グオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
それはまるで、敵と見做したかのように感じた。
鼓膜が破れるどころか、耳自体が木っ端微塵になるレベルの強い咆哮が私を襲う。
私は幾ら犬の本能が鈍っていようが分かった。これはいかん。危ない。
こういう時、そこらの犬だったら恐れずに立ち向かうところだが、私は途中からだとしても飼われていた身。身体が鈍っているので、無闇に前に出ると瞬殺されるのは目に見えていた。そもそもまともに歩けない。詰みだなこれ。
段々と呼吸が乱れ、心拍数が上がっていく。
冷や汗が一滴、私の頬を伝った。
「ふぅ……」
深呼吸。ちょっと冷静になろう。
まずは相手を観察だ。
大きさは5メートルぐらいありそうだ。いや、もっとあるか?
右手には丸太を削った、武器のような物を持っている。
あれで殴られたらひとたまりもないだろう。どう考えてもぺちゃんこになる。
超人的な力が手に入っているのではないかとも考えたが、出し方が分からないのでどうしようもない。
となると、やることは一つ。
「逃げよう」
木に捕まりながら、化け物が居ない反対側の方向へと、早歩きで進んでいく。
が、化け物の足は私よりも格段に速かった。というより、私が遅過ぎる。
気がつくと、大きな影が私の姿を覆っていた。
その影の主は、大きな右腕で武器を振り下ろしーーー。
「っ!!」
間一髪で左に避けられた。しかし、寝っ転がってしまった私の身体を起こすには時間がかかってしまう。
「ご主人様に…《奥義》を手に入れるんだっ……!!
幾ら死なないからって、身体が回復するまでずっとここに居るのは嫌!
動け!私ーーーっ!!」
少し蹌踉めきつつも立ち上がる。
すると、根っこごと引き抜いた木を投げる化け物の姿が見えた。
「ひぇあっ!」
投げ付けられた木を避けられずもろに当たり、全身を強く地面に打ち付けた。
背骨が地面の根っこにぶつかったようで、じーんととても痛む。
めっちゃ痛い。恐らく今までで一番痛い。
「うぐッ……あぁ…!」
のたうち回りたいところだが、痛みで身体が思うように動かない。
そんな姿を見た化け物は嘲笑っていた。
“お前はここで死ぬ。”
そう表情に表れている。
私は死なないと分かっていても、怖いものは怖い。全身にぞわっと鳥肌が立った。
化け物は、チェックメイトだ、と言わんばかりに大きな音を立てて一歩ずつ近付いて来る。
もう、どう足掻いても無駄な気がしてきた。
「ううん。やっぱり諦めちゃダメ……!」
痛みを我慢して立ち上がるが、どう動いても絶対に間に合わない。
化け物は無慈悲に武器を振り下ろしーーー。
その瞬間、白い何かが横切った。