初段『水滴る、空虚な境界の段』後編
「ふふっ。アヤメさんならそう言うと思っていました。それでは、ワールド・Lに行く為の手続きを行なっていきます。」
「はーい!」
「まずは、職業診断をしてもらいます。」
「はーい!職業診断ってなあに?」
「そうですねぇ……説明するより、実際にやってみた方が早いと思います。それでは始めますよ。」
「分かった!」
コルリ様は指をピンッと鳴らす。すると、コルリ様の掌に、まるで星のようなキラキラとした粒子が現れた。
それらはゆっくりと集結し、一つの結晶と化する。
それはコルリ様の掌の上に鎮座した。
「左手を出して下さいな。」
言われた通りに左手を出すと、先程と同じ粒子が現れ、私の人差し指に集まった。
触ると少し冷たい。
「何これ?」
「ふふっ。呪っている訳ではありませんので御安心を。」
「なんか……全身がぞわぞわする!」
「大丈夫です。仕様なので問題ありませんよ。」
人差し指に集まった粒子は、今度はゆっくり光の輪へと変化。すると一斤染に輝きだした。
「ほう……。」
コルリ様は興味深そうに掌の結晶を眺める。
「この色は珍しいですね。
桃系統色なんて牡丹色か薔薇色が一般なのに……」
「色によって違ってくるの?その……食器用洗剤とやらは」
「職業診断です」
「そうそうそれ。その……職業は色によって変わってくるの?」
「はい、そうなんですっ。一斤染は確か……『傀儡師』だったはずですよっ!こんなの初めて見ましたよ……!とても珍しい職業です!」
青龍様がこんなにもテンションが高くなるってことは、それぐらい凄い職業なんだね。
ラッキー!嬉しい!
でも、傀儡師なんて聞いたことがない。
「傀儡師ってなあに?」
全く想像がつかない。
「要するに人形使いですね。人形を操る職業です。
作業する時に人形達が手伝ってくれるので、使いこなせればとても便利な職業ですよ。」
「ふむふむ……凄いのは分かった!
あと、職業ってご主人様が昼間にやってるようなやつ?」
「五郎さんが昼間に何をされているのかは分かりませんが……例えば、物を作ったり売ったりする等の仕事のことですね。
異世界の場合は、一部の職業以外は戦闘をする時に役に立つそれぞれの専用スキルが手に入れられます。」
「ご主人様も物を売ったりしてるから、大体合ってるかも。
じゃあ、肝心の人形はどこにあるの?」
「はい、既に用意してあります。異世界に到着した際に、アヤメさんの近くに居るでしょう。」
そうなのか!
どんな人形なんだろう。楽しみ……!
「嗚呼、二つ言い忘れていたことがありました。」
どれだけ言い忘れてるんだか……。
「一つ目ですが、只今アヤメさんは人の身体に変化しております。」
やっぱりそうだったのか。
でも、人間の姿になれたのは嬉しいけど、それによる利点はあるのか?
「案の定といいますか……混乱していらっしゃるようなので、軽く説明しますね。」
「おー!さっすが神様!何でも知ってるんだね!」
「ええ、勿論ですとも。ここの管理人ですのでっ。」
ちょっとだけドヤっている気がする。そんなコルリ様も可愛い。
流石神様。……多分。
「簡単に言いますと、犬の姿よりも人間の姿の方が行動範囲が広がるからです。」
「へぇ、例えば?」
「物を使って掘ったり、高い所に登ったり……ですね。
これは聞くよりも実際に経験した方が良いでしょう。」
確かに。
犬の私は、階段を上り下りする時大変だった。それに比べ、ご主人様は何食わぬ顔ですいすい登っている。
頭の中で状況を思い浮かべて、ふむふむと頷く。
「それで、二つ目ですが………」
コルリ様は一拍置き、
「アヤメさんは死にません」
と、サラリととんでもない爆弾を投下した。
「へぇー、それは便利……はあっ!?死なない!?」
おいおいおい、流石にそれはまずいんじゃ?
思いっきり私に干渉してるぞ!!
「そうです。生命の核……ここでは『イグジアス』と呼んでいます。
私がアヤメさんのイグジアスを保管すれば、アヤメさん自身の肉体がなくなっても、アヤメさんのイグジアスが壊れていないので生存し続けることが可能になるのです。」
核が私の本体で肉体が飾りのようなものなのか?
つまり、ほぼ無敵になるのでは……。
「じゃあ私、不老不死?」
「その通りです。」
「わぁ、やっば……」
明らかにチートだ!
どう考えてもズルいけど、早くご主人様に会えるのならば気にならなくなる……かも。
「説明は以上です。
それでは、ワールド・Lへのゲートを開きますね。」
指を鳴らし、両手を上に伸ばした。すると、金色と秘色に輝く重々しい扉が降下してきた。
ゆっくりと近付き、扉の前で立ち止まって振り向く。
「じゃあ、またね!」
「行ってらっしゃいませ、アヤメさん。
貴女が無事に戻ってくる事を祈っております……!」
コルリ様が手を組むと、扉に白群に輝くサークルが展開された。
そのサークルは身体全身を纏い、光に包まれる。
私は、まだ足の違和感を感じるも、扉の中へ勢いよく飛び込んだ。
「こ…から………ん……しく…………き…う…!あ…はは……!」
今のは声は誰だ?男性でも女性でも捉えられるトーンだ。
再度振り向くと、コルリ様の姿が点滅していた。
何だろうと疑問符を浮かべる暇もなく、扉の奥へと吸い込まれる。
兎に角、これから私の新しい生活が始まるんだ!
嗚呼、サヨナラ!地球での犬生!
「無事に葺草アヤメをあの箱庭に送れたようですね。」
コルリの目の前に、一瞬にして呂色の魔法陣が生成される。
その中から突如現れたのは、魔法陣と同じ、呂色の艶やかな髪に玄の瞳、そして、燕尾服を見に纏った美しい男性。
彼の声もまた、ミートゥ・コアに響き渡る。
「相手がアホで助かったぜ。人間は頭の回転が速いから、説明すんの大変なんだよなぁ。それに比べて、犬は思考回路が単純。ちょっと誤魔化すだけでまんまとハマる。人間じゃなく、動物を箱庭に連れてこようなんてよくこんな事思いついたよなお前。」
荒々しい口調で喋りだしたのはーーーコルリ。
先程の人格とは程遠く、まるでやんちゃな男の子の様。
「それにしても、貴方は相変わらず敬語が下手です。謙譲語と丁寧語が不自然に混ざってますよ。」
彼は、はぁ、と溜息を吐く。
「リベルうるせー。俺はあーゆー堅苦しい喋り方嫌いなんだっつーの」
コルリは指を鳴らし、王が座る様な、豪華な椅子を作り出す。
そこに足を組んで座った。
「コルリ様ではなく、クッカル様に化ければ良かったのでは?クッカル様の口調は素の貴方に似ていますよ」
呂色の髪の彼ーーーリベルも指を鳴らし、女王が使用する様な、煌びやかなティーセットとテーブルを作り出す。
ティーカップをテーブルに置き、ほんのりと舌が痺れる様な刺激のする熱い紅茶を淹れた。
コルリはティーカップを手に取り、紅茶を啜ろうとーーー
「お前、毒蛇の肉入れたろ」
「おや、何のことでしょう」
リベルはにっこりと微笑む。
「……悪趣味だなお前」
「貴方には言われたくないですよ。狡知の神、“ロキ”様。」