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月桂妖花絵巻~Laurus nobilisMagic!~  作者: 奈冴あや
第一章
2/16

初段『桜芽吹く、奇蹟の神社の段』

私は葺草アヤメ。生後およそ一年。


現在、ご主人様と旅行中。

いつもならこんな豪華なことはしないのに、何故だろう……と不思議には思ったが、楽しいから良し。

外を見ると、川沿いに桃色の木がアーチのように、沢山植っていた。

車の窓が開いていたからか、舞っていた花弁が私の鼻の頭に乗った。花だけに。


そんなくだらない事を考えているうちに、目的地に辿り着いていたようだ。


「アヤメー。着いたぞー。」


ご主人様に抱っこされ、車から降りる。

辺りを見渡してみる。当たり前だが、初めて見る場所だ。

境内は素晴しく美しい。木々が生い茂っており、大きな水溜りがある。その中では魚が優雅に泳いでいた。庭園はしっかりと手入れがされているからか、雑草なんて何一つなく、床はピカピカだ。

ご主人様から下ろしてもらい一歩、また一歩と歩く。

そして灰色の凛々しい犬に近付き、匂いを嗅いでみる。

……あれ?生き物の匂いを感じない。


「これはな『狛犬』って言うんだぞ。」


へえ、狛犬か。見た目に相応しい、カッコいい名を持っている。

まあ、私の方がカッコいいんだけどね。どやー。


「そうだ、アヤメ。境内でマーキングは禁止だぞ?」


うっ……バレたか。


次は少し気になっていた大きな水溜りだ。なんだかんだ、水溜りや川に飛び込んだことないんだよね。


「アヤメ。池に飛び込むのも禁止だからな。」


ご主人様は慌てて飛び込むポーズをしていた私を抱き抱えた。


「あ……危ねぇ……。」


ふぅ……と溜息を吐くご主人様。

同時に頭を撫でられる。


「今日もアヤメは触り心地が良いなぁ。」


そうでしょそうでしょ、と言わんばかりに尻尾を振る。

ご主人様とは違って、会話が出来ないから、こうやって感情表現をしているのだ。


「取り敢えず、参拝してこようか。」


さんぱい……?何だそれ。

ご主人様に引っ張られるがままついて行こうとするーーーと。


「キャーーーーーッッッ!!!!」


突然、神社の入り口から響く金切り声が。

恐怖の声音だ。誰か襲われているのか?


「何だ何だ?」


「どうしたんだろう?」


悲鳴を聞いたのか、人間様達が騒めきだす。

少し目を凝らしてみると、キラキラと輝く小さな球体が女性を追っていた。

あれは……何だろう?ボールか何かか?


「おいおい……なんかヤバくないか?」


ご主人様がそう呟く。


刹那。

球体は女性に激しく衝突。女性は後頭部から大量の血を噴出させ、力を失い倒れた。


目の前で、あっさりと。


嘘だ。信じられない。

しかし、道路に降り注ぐ血の雨が、今起こったことが本当だと証明している。


「きゃああああああああ!!!!!」

「た、助けてくれえええ!!!!!」


人間様達の声音が、“興味”から“恐怖”へと変わっていった。

逃げようとする者。

スマホを構える者。

恐怖で足が竦む者。

それぞれがそれぞれの行動をしている。スマホを構えるのはどうかと思うが。


球体は今もなお、無慈悲に人間様達に襲いかかっている。ぶつかる度に痛々しい、真っ赤な鮮血が飛散していた。

ぶつかられた人間様達はーーー動かない。


本能が警鐘を鳴らす。

この球体には近付いてはいけない、そう訴えている。


「っ……!逃げるぞアヤメ!」


ご主人様はそう叫び、勢いよく走りだした。勿論、リードが付いているので私も強制連行される。

更に悲鳴があがった。そしてバタバタッと倒れる音。


「アヤメ!あそこの森に行くぞ!」


「わん!」


ご主人様とともに猛ダッシュで駆け抜ける。


「ぐわぁぁぁぁぁ!!!」

「いやっ!嫌ぁぁぁっ!!!!」


悲痛な叫びが脳内に響く度に、口元は震え、まともに呼吸が出来なくなっていく。

何故だろう。今まで一度も血を“怖い”だなんて思ったことはなかった。

昔なんて、当たり前のように狩りをして、当たり前のように血を見てきた。

それなのにーーー今、とても“怖い”と感じている。


「よし、もう少しだ……!」


次の瞬間、真横でバタッと倒れる音が。

同時に私もリードを引っ張られ、先へ行くのを阻まれた。


「つ……あ……っ!」


まずい。落ちていた石の所為でご主人様が転んだ。

このままだと追いつかれる……!


「わん!くぅーん……。」


「駄目だ……足が動かないっ……!」


どうすれば良いんだ……。

あの球体に見つかったら、殺されてしまうかもしれない。

だが考えても良い答えが見つからず、あたふたする。


「アヤメ!お前だけでも逃げろ!!」


ご主人様は必死に、心から叫んでいた。

その声は、私の心髄を強く震わせる。


「俺を置いて行け!お前の嗅覚ならきっと、俺を探し出せる!

俺もどんな手を使ってでもお前を見つけるから!!

だから……だから……絶対に会おう……!

お願いだ…っ………!!」


ご主人様の声は震えていた。


私がもし人間様だったら、泣きながらご主人様に抱きついていただろう。


私がもし人間様だったら、ご主人様の放った言葉を否定出来ていただろう。


私がもし……もし…………!


「俺を…信じろッ……!!」


ご主人様の声が、瞳が、全てが私の心の迷いを貫く。

絶対に会える、そう訴えている気がした。


「………わんッッ!!!」


それは苦渋の決断だった。もうご主人様と会えなくなるかもしれなかったから。

……いや、私は信じる。


必ず、ご主人様の元へ戻るんだ!!



私は弾かれたように素早く、全力で森の奥へと駆け出した。



ーーー私がもし人間様だったら、ご主人様の手を引いて逃げる事が出来ていただろう。


なんて、叶わぬ願いを心に秘めながら。

葺草アヤメの「葺草」は「ふきぐさ」と読みます。

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