中段 『小鳥囀る、神秘の森の段』後編3
「花の『スパラキシス』から取って『キラス』はどう?」
「『キラス』……か。まあ、悪かない。」
再度ふむふむと頷く人形ーーーキラス。
「アヤメ、意外とネーミングセンスあるんだな。人形だから『にんちゃん』とか、そんな安直な名前でも付けるのかと思った。」
サヤは一応褒めているようだ。
「じゃあ、にんちゃんにする?」
「何それ最高に嫌なんだが」
あからさまに嫌そうな表情を浮かべるにんちゃん……ではなく、キラス。
「そうだ、お前らの名前は?」
まず主からーーーと私を指差す。
「私は葺草アヤメ!」
「私は木舞村サヤだ。」
「サヤ、どこにでも居そうな普通の名前してんな」
「この世のサヤさんに謝れ」
「すんませんでした」
「宜しい」
うんうんと頷くサヤ。
「じゃ、俺は契約の呪文を唱える。主はこっち来い。サヤはちょっと離れてろ」
「うい」「はーい!」
サヤはキラスから数歩下がり、私はキラスに近付く。
そして、キラスはズボンのポケットから小さな棒ーーー杖だろうか。それを取り出し、宙に丸い円と文字のようなものを描き始めた。
杖の描いた軌跡は、翠色に輝いている。
「その丸いのってなに?」
「これか?これは魔法陣だ。異世界から来たばっかのぽんこつ主には分からんだろうけどな。」
その通り。聞いたことがないし、何なのかさっぱり分からない。
魔法陣とは何だろう、と考えているとキラスはブツブツと呟き始めた。
「我、『キラス・ローリエ・ベイリーフ』が命ずる。我が主、『葺草アヤメ』との契約を締結せよ。」
すると、魔法陣は更に明るく輝きだし、私とキラスを優しく包み込んだ。
魔法陣の外にいるサヤは完全に蚊帳の外。ぼっち。寂しそう。
数十秒で光は収まった。
特に変わったところはなさそうだ。と思い腕を動かしてみると、左手に何かが当たる感触が。
よく見てみると、左手首に鶯色の紐が付いているではないか。
「それはミサンガ。契約の証みたいなもんだ。」
「へぇー!」
ミサンガを太陽の光に照らすと、一斤染に変わった。どうやら明るさによって色が変わるらしい。
一斤染なのはきっと、ミートゥ・コアでの職業診断の時に出た色だからだろう。
「なあ、キラス。一つ疑問に思ったんだが……他の名前もあるのかよ」
「それは私も思った」
「苗字みたいなやつだ。養成所の名前と父の苗字が後ろにくっ付くんだよ。」
「へえ。『ローリエ』なんて養成所の名前、初めて聞くな。そもそも、この世界に養成所があること自体初めて知った。」
「私も!」
「アヤメはさっき来たばかりだからそりゃ分からないだろ」
バレたか。まあ、そりゃそうか。
ふと上を見上げると、木と木の間から橙色の空が見え隠れしていた。
「あ、もう夕方だ。」
「もうそんな時間か。そろそろ国に戻って宿に入らないとな。」
「サヤ、こんな森の奥に国なんてあるんか?」
サヤは立ち上がって伸びをし、キラスは浮遊を始める。
「森の奥……じゃなくて、森の手前側だな。」
こっち側、と言いながらサヤは太陽が沈んでいる方向の反対、つまり東を指差した。
「日も暮れるし、【高速移動】で移動するか。アヤメ、キラスを持って背中に乗ってくれ。」
「分かった!」
キラスをしっかりと持った私はサヤの背中に乗り、国へと向かった。
キラスが顔を真っ青にしながらジタバタしていたのは気のせいだ、きっと。