8. 初めて領民が増えた日
《目覚まし》を使って起床するカイト。
彼もスキルの使い方が上手くなって来たようで、ベッドで寝ているシエラには《目覚まし》の影響が及んでいない様子。
スッキリとした寝覚めで頭もしっかりと回転している若き領主は、こちらも未だに眠り続けている冒険者の少女に目をやった。
「……この場合も俺の《目覚まし》って有効なのかな?」
当然の疑問であった。
封じられた大天使すら起こすことのできるカイトのスキル。
ならば、眼前の少女だって恐らく起こす事ができるだろう。
「いや。やっぱりダメだ。自然に目覚めてくれるのを待とう」
カイトがそう考えるのにも、しっかりとした理由があった。
まず、《目覚まし》の能力をカイト自身も全て把握していない点。
生き物は深い睡眠に入る事で体力を回復させる場合もある。
それをこちらの都合で叩き起こしてしまっては、何か不都合が生まれるかもしれない。
それに加えて、《目覚まし》は回復スキルではない。
あくまでも快適な朝を迎えるための補助スキルだとカイトは考えており、そちらの側面から見ても眠る彼女にスキルを使うべきではないだろう。
「……ふわぁ。……カイト、おはよう」
「うん。おはよう、シエラ」
「……お腹空いた。……干し肉食べていい?」
「もちろん。今から焼くよ」
「……いただきます。……はむっ。……おいしい」
「ああ、焼かないでいっちゃうんだ。まあ、天使と人じゃ体の造りも違うのかな?」
カイトはしっかりと焼いて食べる。
なにせ、素人の集まりが作った干し肉である。
しっかりとした安全性が確立されるまでは、火を通すのが恐らく正解だと思われた。
「さて。朝食の用意はできたけども。傷薬が昨日の応急処置でなくなったんだよね。この子の包帯を替えてあげないといけないし。シエラ。ちょっと看ててくれる?」
「……うん。……カイト。状況に変化あり」
「いや、寝返りをうつとかくらいなら報告しなくてもって、起きてる!!」
「うぅ……。お、お腹が空いたよぉ……」
意識を半日以上失っていて、食欲があるのは健康な証拠か。
カイトは冒険者の少女に質問した。
「おはよう。干し肉でシチューを作るけど、食べられそうかな?」
彼女は即答する。
「も、もちろん! 食べられるよ! あっ、食べられます!!」
起きて数十分で台所に立つカイト。
これは、彼の家庭的な能力が元から高いのだろうか。
それとも、《目覚まし》による副次効果だろうか。
これほどどうでも良い考察もなかなかないだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「はぁぁぁぁっ! 生き返ったぁー!! とても美味しかったよ! あ、美味しかったです!!」
「それは何より。元気そうで俺も安心したよ。足は痛まない?」
「ちょっと痛いけど、平気! この手当もあなたがしてくれたの? ですか?」
「そうだよ。それから、無理に敬語じゃなくても構わないから。話しやすいようにどうぞ」
「ホント!? 助かるよー! わたしはリザ! リザ・アインホルン!! 冒険者だよ! ……で、ここはどこなのかなぁ? あはは……」
カイトも自分の名を名乗り、リザに「ここは帝国領の端にあるアルゴートだよ」と告げる。
すると彼女は目を丸くして驚いた。
「あ、あれれ? わたし、森の中でモンスターと戦ってて……。それで逃げてたところまでは記憶にあるんだけど。どうしてアルゴートに?」
「うちのシエラが君を拾って……いや、見つけて来てくれたんだ」
シエラは未だに干し肉を食べている。
彼女の獲って来たモンスターの肉が原材料なので、この領地に彼女の食欲について文句を言える人間はいない。
シエラは水を飲むついでに答えた。
「……あなた、森に転がっていた。……近くには爪の痕があったから、多分、今頃新しいご飯になってる猪のモンスターにやられたんだと思う。……美味しい」
「そうだったんだぁ! 危ないところを助けてくれてありがとう! ええと」
「……私はシエラ。……主のカイトに仕える、大天使。……シエラで構わない」
「ほ、ほえー? 大天使?」
この自己紹介で困惑するなと言う方が乱暴である。
そんな中、ヘルムートがカイトの家へとやって来た。
「カイト様ぁ! 傷薬切らせちまったって昨日言ってただろ? 持って来たぜ! おお! 嬢ちゃん、目が覚めたか! 良かったなぁ! うちの領主様は慈悲深いからよぉ! 普通だったら行き倒れなんて無視しちまうのがアルゴートだぜ? 大天使様の加護と、どっちにも感謝するんだな! がっはっは!」
「へっ? やっ、あの? りょ、領主様?」
「どうも。改めまして、アルゴートの領主をしています。カイト・フェルバッハです」
「……私は大天使。……別に感謝はしなくて良いよ?」
その後、あたふたと落ち着きのなくなったリザにカイトが事情を全て説明する。
彼女がそれを理解するまでに約3時間かかったが、優秀なタイムと言っても差し支えないだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇
リザも落ち着いて、色々と明らかになった事がある。
「つまり、パーティーメンバーと一緒に素材集めをしていたところを猪型のモンスターに襲われたと?」
「うん。そこは間違いないと思うの。でも……」
「……つまり、リザは仲間に見捨てられた。……もしくは、最初に脱落したため、体のいい囮として有効活用された」
「こら、シエラ。そんなにハッキリと残酷な事を指摘するんじゃありません」
さぞかし悲観に暮れるかと思えば、リザの反応は思いのほか明るかった。
彼女は「あははー」と頭をかきながら言う。
「やー。どうも、シエラちゃんの言う通りっぽいねー。そっかぁ。わたしは見捨てられちゃったのかぁ。でも、パーティーって言っても今回の遠征が2度目だったし、まだ仲間意識とか生まれてなかったからなぁー。仕方ないよね!」
「前向きと言うか、何と言うか。リザもなかなか胆が据わった考え方をするなぁ」
「ポジティブなのがわたしの取り柄だから! ねね、カイト様!」
「様はよしてくれないか。俺と同い年くらいだろ?」
「わたしは17!」
「ほら、同い年だ。俺も17だよ」
リザは嬉しそうに「そっか!」と頷いた。
「じゃあ、カイト! わたしをアルゴートに住まわせてもらえないかな!? もちろん、しっかりと働くよ! これでもそれなりの魔法は使えるし、色んな地方を旅して来たから雑学は豊富だし!!」
「……雑学じゃ命は助からない」
「シエラは辛辣だなぁ。良いじゃないか。俺は一向に構わないよ。リザがそれで問題ないのなら。さっきも説明した通り、アルゴートは帝国領の中でも一二を争うひどい環境だけどね」
「承知の上だよ! だってわたし、行くところないし! 家族もいないし!! むしろ、ここに住まわせてもらえると生まれて初めて住所が持てるし!!」
聞けば、彼女は捨て子だったと言う。
教会に拾われて14歳になるまで育てられた後は、ずっと1人で生きてきたらしい。
両親は健在だが縁は切れたカイトにとって、リザの身の上は共感するところ大だった。
「そういうことなら、歓迎するよ! 今、この地に欲しいのは優秀な領民だからね。リザの経験も絶対に俺たちの助けになってくれると思う。よろしく!」
「良かったぁー! 断られたらどうしようかと思ったよー!! こっちこそよろしく、カイト!!」
握手をする2人を冷ややかな視線で眺めているシエラ。
それに気付いて、リザはペコリと頭を下げた。
「大天使シエラ様! まだ右も左も分からない身ですが、色々と教えてください! ええと、シエラ先輩!! 大先輩!!」
「……せんぱい。……うん。悪くない響き。……私はリザを歓迎する事にした」
シエラのハートを早々にキャッチして見せるリザ。
この人懐っこさは才能であるとカイトは思った。
きっと、アルゴートでも上手くやっていけるだろう。
「俺はちょっとケベルトさんのところに行ってくるよ。ああ、この村の長老なんだけど。俺が領主だって言っても、まだ数日しか務めてないからね。顔役には話を通しておかないと。リザは足の怪我の消毒を。自分でできる?」
「了解だよ、カイト! 大丈夫! 何度も言うけど、わたしは冒険者だったんだもん! 自分の怪我は自分で治す!」
「……私も見守ってあげる。……リザはなかなか見所がある人間」
この様子ならば、カイトが家を空けても問題なさそうである。
彼はケベルトの家を訪ねて、アルゴートに初の入植者がやって来た事を伝えるのだった。