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7. リザという女の子


 アルゴートに村は1つしかない。

 領民が100人と少ししかいないため仕方がないのだが、居住区の拡大はカイトが領主として取り組むべき課題だった。


 だが、何をするにも準備が必要。

 この地に来てまだ5日目のカイトは、ようやく生活にも慣れ始めていた。


 ケベルトたちが用意してくれた村にある空き家はどうにか人の住める最低基準をクリアしている程度の簡素なものだったが、カイトが初日に過ごした見張り小屋よりはずっとましだった。

 清潔なテーブルと、それなりに柔らかいベッドがあるだけで彼は満足している。


 課題と言えば、まず身近なものから解決していくのも1つのやり方である。

 カイトは、同居人のシエラについても頭を悩ませていた。


 彼女は長らく封印されていたせいか、はたまた元からそうだったのかは分からないが、一般常識と言うものが欠如していた。

 例えば、着替え。


 シエラは何の躊躇もなくカイトの前で裸になる。

 あまりにも堂々とした脱ぎっぷりなので、カイトが「きゃああっ!」と悲鳴を上げながら手で目を覆うのが日常になりつつある。


 また、人との接し方についてもいささか問題があった。


 彼女にとって人とは「カイトかそれ以外」という区分けが頭の中でされているらしく、カイトの言う事はよく聞くが、他の領民とのコミュニケーションが上手くいかない。

 というよりも、彼女は領民たちと積極的に会話をしようとしない。

 カイトとしては自分以外の人間とも仲良くして欲しいのだが。


「……カイト。……ただいま。今日のご飯を獲って来た」

「お、おう。おかえり。今日もまた、とんでもない大物を仕留めて来たなぁ」


 シエラのおかげで豊かになった事もある。

 彼女は昼過ぎ頃に「……いってきます」と静かに出かけて行くと、日が沈む前には自分の体よりも大きなモンスターを仕留めて戻って来る。


 そのおかげで、アルゴートの抱える食料問題に関しては大きな改善の兆しが見えていた。

 当日の食事はもちろんモンスターの肉で賄えるし、一昨日からヘルムートが中心になって干し肉の製造に着手している。


 保存食が備蓄できると言うだけでも、アルゴートの領民からすれば望外の幸運であった。


 ただ、いくら大天使とは言え、出来る事と出来ない事はあるらしい。

 シエラは狩猟などの、いわゆる戦闘行為においては無類の強さを発揮するが、それ以外のこととなるとてんでダメ。

 試しに荒地の整備を頼んでみたところ、干からびた土地に地割れができた。


 これが昨日のことであり、カイトはそれ以降彼女に出来る事のみをやってもらう事にしたのだった。

 ただでさえ問題は山積しているのに、自分でそれを増やすのは愚か者のすることである。


「……ふぁ。……カイト、まだ寝ないの?」

「ああ、俺はもう少しだけ仕事をしてからにするよ。ケベルトさんがくれた領地の情報は早いところ頭の中に入れておきたい。シエラは先に寝てていいよ」


「……うん。そうする。……おやすみ、カイト」

「うん。おやすみ」


 シエラについて散々と考察して来たが、カイトは寝る前に「おやすみ」を言える相手が傍にいる。

 それだけで心が満たされる思いだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 翌朝。

 遅くまで仕事をしていたカイトだが、そこは《目覚まし》の出番。

 今日も短い睡眠時間でスッキリとした起床を迎えていた。


 《目覚まし》についてはまだまだ分からない事が多い。

 シエラを目覚めさせて以来、毎朝自分に対してスキルを発現させているが、特にこれと言った問題は起きていない。

 試しにヘルムートに使ってみたりもしたが。彼が「オレ、こんなに爽やかな目覚めは初めてだぜ!!」と感動しただけで、特に収穫はなかった。


 そんな訳で、よく分からないスキルの考察をしていても仕方がない。

 この問題の解決を未来の自分に託したカイトは、とりあえず今日の暖を取るために薪割りに精を出していた。


「……カイト。……それ、私がやってあげるよ?」

「うん。気持ちは嬉しい。だけど、その気持ちだけで充分だよ」


 シエラの魔法は常識離れしているが、身体能力もどうやら常識の範囲に収まりそうにない。

 彼女は「……薪割り、手伝う」と言って、2日前には斧を3つダメにしてしまい、昨日は薪そのものを暖炉にくべる前に灰にしてしまった。


「……『ライトニングレイ』使えば早いのに」

「絶対にヤメてね? 昨日は結局、寒い夜を過ごしたでしょ?」


 もう季節は春だと言うのに、アルゴートの地はまだ朝晩が冷え込む。

 《目覚まし》で快適な寝覚めをしても、風邪を引いては本末転倒である。


「……お腹空いた。……ちょっと行ってくるね」

「今日も食材調達はシエラに任せっきりで悪いなぁ。気を付けてね」


「……うん。……カイトが喜んでくれるの、私も嬉しいから。……平気」

「暗くなる前には戻っておいで」


 その後カイトは向こう1週間分の薪割りをこなしたのち、ヘルムートの干し肉工場の様子を見に行った。


「おう! カイト様! 割と順調に仕上がってるぜ! これもあんたのおかげだ!!」

「いやいや、モンスターの肉を狩って来るのはシエラだし、干し肉の製法を知っていたのはヘルムートさん。俺は何もしてませんよ」


「いやいやいや! オレらにゃそもそも保存食を作ろうって発想すらなかったんだから! 保存するほど食料もなかったしな! カイト様の発案のおかげで、食うにゃ困らなくなりそうだぜ!!」


 このヘルムートと言う男、腕力があり肉体労働に長けていながら、元は司書のため知識も豊富に持っているというアルゴート随一の優良物件である。

 こんなに優秀な男が辺境の地でくすぶっていてくれたおかげで、カイトも領主としての仕事を始めるにあたり、実にスムーズな船出を果たしていた。


「おう! カイト様! シエラ様がお帰りみたいだぜ! こりゃまた、今日はでっけぇ獲物を仕留めておいでだ!!」

「ああ……。やれやれ。本当にシエラはすごい。加減がないんだもんなぁ」


 彼女は自分の体の3倍はありそうな猪のモンスターを魔法で浮かせて戻って来た。

 出迎えるカイト。


 だが、すぐに違和感に気付く。


「シエラ。シエラさん? そっちの女の子はどうしたのかな?」

「……うん。……なんか倒れてたから、一緒に拾って来た。……お土産」


 見たところ、冒険者だろうか。

 ぐったりとした少女が猪のモンスターの上に乗っかっていた。


「ちょっと見せて! ……まだ息がある! ヘルムートさん、清潔な布とお湯沸かしてくれます!? それから一応確認するけど、シエラって治癒魔法使えたりする!?」


「お、おう! 了解だ、カイト様! おめぇら、家にある布の中で上等なヤツ持ってこい!! あと、鍋だ! 鍋!!」

「……私の使う魔法は攻撃専門。……この子、焼く?」


 カイトは悟った。

 この少女を救えるのは、自分しかいないと。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 カイトの家に運び込まれた冒険者の少女。

 右の太ももに切り傷があるだけで、他に目立った怪我はしていないようだった。


 とは言え、軽い切り傷でも油断をすると感染症の元になる。

 カイトは医者ではないが、応急処置の心得があった。

 フェルバッハ家に居た頃に一通りの知識を学んでおいて良かったと彼は思う。


「……はむっ。……カイト、ご飯食べないの? ……シチュー、美味しい」

「俺はもう少ししてから食べるよ。……これで良し。後はモンスターの毒とか麻痺属性の攻撃を受けたとかじゃなければいいんだけど」


 少女の傷口を消毒して、清潔な包帯を巻いた。

 治療と呼ぶにはあまりに拙いものだったが、これがアルゴートで出来る精一杯。


「彼女には申し訳ないけど、装備も外させてもらおう。もちろん、インナーは脱がさないよ。ちょっと? 聞いてる? シエラ?」

「……うん? ……なんだかよく分からないけど、分かった」


 必死に紳士であろうとするカイト。

 誰もその姿には気付いてくれないが、立派な心掛けだった。


「これは、ネームプレート?」


 上着を脱がせた少女の胸には、どこかの冒険者ギルドのものだろうか、首に銀の札が付いていた。

 明るい茶髪の彼女は、腰に剣と魔導書を携えている。

 もしかすると、名のあるギルドに所属しているのかもしれない。


「リザ。これが彼女の名前かな? ひとまず、出来る事は済んだ。あとは俺のベッドに寝かせておこう」

「……カイト。ご飯食べる? ……もう少しだけ残ってるよ?」


 5人前は優にあったシチューが、綺麗に1人前だけ残されていた。

 大天使様の慈悲に感謝して、カイトも遅い夕食をとる。


 それからベッドが塞がっているため、シエラから「……こっちのベッドで一緒に寝よ?」と何度も誘われたが、これもまた紳士らしく断った。

 リザと言う名の少女がその晩に目覚める事はなかった。



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