6. 領主になったカイト
シエラとの出会いから慌ただしく過ごしていると、気付けばもう昼時である。
随分と綺麗になった一帯を眺めながら、カイトは次なる行動に移る。
つもりだったのだが、それは向こうからやって来た。
50人くらいだろうか。
屈強な男たちが、領地の奥からこちらへ向かって歩いて来るのが見える。
「……カイト? ……あれも敵?」
「いや、敵じゃないよ。今のところはだけど。できれば仲良くしたいと思ってる」
「……じゃあ、敵になったら教えて。……私、やっつける」
「そ、そうか。なるべくそうならないように俺が頑張るよ」
カイトは彼らに向かって「おおい」と呼びかけ、大きく手を振った。
こちらには攻撃の意志がない事の証明である。
だが、彼の周囲には焦げた廃材のにおいと、崩れ落ちたリッチの骸が転がっている。
そんな状況の中、笑顔で手を振る行為は果たして友好的に受け取られるだろうか。
「……おい。あんたが噂に聞く、フェルバッハの長男か?」
「はい。カイト・フェルバッハと申します。すみません、ご挨拶が遅れまして」
見張り小屋の前で出会う、新領主と領民たち。
握手をするべく一歩踏み出したカイト。
荒くれ者の集団が、5歩ほど後退した。
「おい、見ろよこれ。すげーな。毒素出してた廃材が跡形もねぇぞ」
「こっちにゃ、沼から出て来るリッチが! む、群れで死んでるぞ!!」
「さすがフェルバッハのお坊ちゃん。とんでもねぇ化物だぜ……」
カイトは「あ、これは俺が何か誤解されているな」とすぐに察する。
だが、慌てて「違うんです!」と躍起になると、疑わしさがより匂い立つ。
どうしたものかと案じていると、集団の中から老人と、彼らの中でも際立って逞しい男が先頭にやって来た。
「あの、できれば俺の話を聞いて頂きたいのですが」
「話はオレと長老が代表でさせてもらうぜ。そういう風にオレらの中じゃ話が付いてんだ」
どうやら、対話を試みる機会は与えてもらえるようで、ホッと一息のカイト。
「もうご存じでしょうけど、俺がこのアルゴートの新領主として赴任してきました。よろしくお願いします」
「おう。何日か前に書状が届いてたよ。つっても、前の領主が逃げ出してから6年になるか? だからオレたちゃ誰にも頼らず生きて来たんだけどな」
初耳であった。
そう言われてみれば、カイトは前任の領主の話をここに来る道中で1度も耳にしていない。
まさか、責任を放棄して逃亡していたとは。
「俺のような若輩者で申し訳ないのですが、精一杯頑張りますので。いつかは皆さんに認めてもらえるように、まずは信頼を!」
「いや、認めるも何もねぇよ? あんた、既に立派な領主じゃねぇか。とっくに一仕事終えてるしよ」
「えっ? いや、どういうことで? あ、家名ですか? 実は俺、フェルバッハ家から追放された身でして。ですので、俺の実家からの支援を期待されているのであれば、ちょっとご期待に添えないかと……」
「んなもん期待してねぇよ。と言うか、領主様って追放されて来てんのかよ! がっはっは! マジか、じゃあオレらとたいして変わんねぇじゃねぇか!! なぁ、みんな!! おっとすまねぇ、オレの名前はヘルムート。よろしくな!」
ヘルムートの態度に品性はなかったが、むしろ自分を歓迎してくれている事が実感できて、カイトは嬉しかった。
「ここに来る連中はだいたい何かしらの罪を犯してるが、気の良いヤツらが多いぜ。殺しとかクスリとか、ヤベー事に手ぇ染めてるのはいねぇから、安心してくれ! で、こっちがオレらの顔役! 長老のケベルトじいさんだ」
ヘルムートに紹介されて、「ほっほっほ」とケベルトが手を差し出して来る。
カイトは「よろしくお願いします」と両手で握手した。
「ちなみに、ワシは殺しじゃよ? 50年前に2人ほどやったんじゃ」
「えっ!?」
話が違うじゃないかと、今度はカイトが後ずさりした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ケベルトは自分の犯した罪を語った。
彼は、50年ほど前にレイオット区で警備の仕事に就いていた。
そこで男2人が幼女を誘拐しようとしている現場に遭遇し、犯人ともみ合いになった末に剣で斬られてケベルトは重傷を負った。
犯人たちは馬車で逃走するも、慌てたらしく運転を誤って2人とも事故死したらしい。
「それじゃあ、ケベルトさんは何も悪くないじゃないですか」
「ほっほっほ。相手が貴族の子弟じゃったからのぉ。平民のワシには、裁判すら受けさせてもらえんかったわ。まあ、アルゴートに流されただけマシじゃったわい」
「俺も追放されたとはいえ、数日前までは貴族でした。慰めにもならないでしょうが、謝らせてください。申し訳ありません」
「新しい領主様はマジメじゃのぉ。それに、仕事が早い」
カイトは首を傾げる。
先ほどから彼らの言う、仕事とは何の事だろうか。
「あんただろ? ここいらの毒素ばら撒いてた廃材燃やして、アンデッドまで片付けてくれたの」
「ああ、いえ。それはシエラが」
「シエラ……? なんか聞いたことがあるような」
「ヘルムートよ。まずは領主様にこの地の説明じゃ。雑談なら後にせんか」
「お、おお、そうだな。すまん、長老」
ケベルトのよく分かるアルゴートの話が始まった。
「まず、ご覧の通りここは土地が枯れておるので、作物が育たん。治水も整備されとらんゆえ、飲み水もここから15キロ向こうの水源まで汲みに行っとる。よって、領主様に差し上げられる年貢の類はまったくない。すまんがのぉ」
「そうですか……。思っていた以上にやる事はありそうだなぁ」
「ほっほっほ。差し上げるものはなくとも、問題ならまだあるぞ。アルゴートには魔物の巣が多くある。おかげで月に何人かは食い殺される。しかも、山賊や盗賊までウロチョロしとる。ワシらも食うに困っておるから、襲ったところで何も奪えんのに」
「聞いているだけで頭が痛いです。荒地に治水の不整備。モンスターの巣に山賊ですか……。分かりました。1つずつ片付けていきましょう!」
領民たちがざわつく。
彼らは口々に「ここをどうにかするって?」「普通は諦めて逃げるだろ」と、カイトの前向きな姿勢を気味悪がった。
「お若い領主様よ。あなたはアルゴートを良き地にしようと申されるか?」
「それはもちろんです。……と言うか、お恥ずかしいことにですね。俺も先ほど言ったように、実家を追放された身なので行く当てがなくて。だから、俺の方からここに住まわせてくださいとお願いするのが筋なんです。ははっ」
「なんと……。これはまた、愉快な方が来られたわい! 住居ならば奥の村に空き家があるから、すぐに掃除させよう。まさか、領主様に見張り小屋住まいをさせる訳にもいかん。ほれ、そっちの5人。先に村へ戻っとれ」
ケベルトの指示で、若い領民が数人、駆け足で去って行った。
カイトは「お心遣い、感謝いたします」と頭を下げる。
彼にとっても住居の問題が解決されるのは非常に喜ばしい。
「……カイト。……お話が長い。……私、待ちくたびれた」
「ああ、ごめん。そうか、シエラの事も紹介しておかなくちゃ。あの、皆さん。信じられないかもしれないですけども、こちらはシエラ。大天使なんですって」
ずっと腕組みして記憶を辿っていたヘルムートが「あああ!!」と叫んだ。
彼は続けて、シエラの姿を見てさらに驚く。
「シエラって言うと帝国の歴史書にも載ってる、あの大天使のシエラ様!? かつて、何体もの悪魔を葬り去った伝承の残っている、あの!! ああ、ああ! 間違いねぇ! 歴史書の挿絵にそっくりだ!!」
「……ん。……よく覚えてないけど、私はシエラ」
「そう言えば、祠が壊れておるのぉ。ヘルムートはこう見えて、元は歴史図書館の司書をやっておったゆえ、意外とものを知っておるのじゃ」
「マジかよ! カイト様! あんた、大天使シエラ様を復活させたのか!?」
興奮を抑えきれないヘルムート。
シエラは胸を張って答える。
「……そう。カイトはすごい。私はカイトに起こしてもらった。……今は、カイトが私の主」
「えっ!? そうだったの!?」
「新しい領主はやる気に満ちていて、大天使を使役しているらしい!」と言う噂は、100人ほどいる領民の間を駆け回り、結果としてカイトはアルゴートの領主として彼らの支持を得ることとなった。
こうして、晴れて新領主カイト・フェルバッハが誕生したのだ。