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5. 大天使シエラ


 シエラと名乗った少女は、深い碧のロングヘア―と深紅の瞳が特徴的だった。

 瓦礫に埋まっていたはずなのにボロボロなのは着衣だけで、その白い肌には傷ひとつない。


「………………」

「………………」


 カイトはシエラの次の言葉を待った。

 名前を言ったらその次に自己紹介が始まるものだと考えたからだ。

 そんな彼を、シエラは不思議そうに見つめている。


 「自分の価値観を相手に押し付けちゃダメだなぁ」とカイトは反省した。

 沈黙を破るのはどうやら彼に課せられた使命のようである。


「ええと、シエラ? 君の事をシエラと呼んでもいいかな?」

「……構わない。……私も、あなたをカイトと呼ぶ。……問題ない?」


「ああ、もちろん。なんだか、久しぶりにまともに名を呼んでもらえた気がするよ」

「……カイト、独りぼっち? ……名前呼んでくれる人、いない?」


 物静かな割に、ストレートな意見を口にするシエラ。

 その力強い言葉のパンチはしっかりとカイトにダメージを与えていた。


「……そうだなぁ。俺、よく考えたら友達とかいないなぁ。アルゴートでもまだ誰とも会えていないし」

「……むぅ。……カイト、私と今、会って話をしてる」


 頬を膨らませるシエラ。

 彼女の言う事はもっともであり、カイトはすぐに謝った。


「そうだった! ごめん! じゃあ、シエラが俺の友達第1号だ! ええと、それで色々と聞きたいんだけど。俺はこのアルゴートの領主として赴任……と言うか、厄介払いされて来たんだ。それが昨日の話。で、今朝起きたら、シエラが祠の瓦礫に埋まってた。何がどうしてそうなったんだ?」


 シエラは「……むー」としばらく考える。

 その様子は適切な言葉を探していると言うよりも、昔の事を思い出しているように見える。

 そんな彼女に辛抱強く付き合うカイト。

 「……情報伝達が上手くできるか分からないけど」と前置きして、シエラは語る。



「……私は、強制的な眠りにつかされていた。……カイトに分かりやすいように言い換えると、封じられていたと表現しても良いかも」

「うん。……うん? ああ。ごめん、少しだけ待ってくれ。封印されていた!?」



 シエラはこくりと頷いて、カイトの理解を置き去りに身の上話を進め始める。


「……私は、かつて大天使として地上に降りて来た。……よく覚えていないけれど、誰かにこの祠へ強制的な封印をされた……と思う。……だけど、さっき急に覚醒した。……なんで?」


「いや、俺に聞かれても……。と言うか、大天使!? 大天使って、神話に出て来るあの? 確かに、帝国にはかつて多くの神や悪魔が存在したって歴史書で読んだことはあるけどさ」


 その神話に出て来る登場人物が自分だと言うシエラ。

 普通なら一笑に付して、「そんなことよりお腹空かない?」と次の話題に移行するところだが、彼女から放たれる神秘的な雰囲気が「これはどうやら本当らしいぞ」と、カイトに根拠のない信憑性を植え付ける。


「ちょっと待って。急に目が覚めたんだよね?」

「……そう。……なんだか、とてもいい気持ちになって。……気付いたら起きてた」


 カイトの中で、点と点が繋がり一本の線になる。

 だが、まだその線は細い。確認作業が必要だと彼は考える。


「もしかして……《目覚まし》!!」


 カイトは《目覚まし》を発動させる。

 すると、シエラがぴょんぴょんと跳ねた。


「……あっ。……この音! 気持ちよくて、頭がスッキリする音。……私が聞いたの、この音だよ。……カイトが私を起こしてくれたの?」


 あっさりと答えにたどり着いてしまった。

 これを偶然で片づけるのはかなり暴論であり、順序立てて考えるとそうとしか思えない。


「……《目覚まし》って、人間以外にも効果があるのかー」


 カイトの外れスキルは、辺境の地に封じられていた大天使を起こしてしまったようである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 カイトはシエラに事情を説明した。

 自分のスキルが《目覚まし》と言う、対象にスッキリとした目覚めをもたらすものである事。

 それを今朝自分に使ったところ、どうやらうっかりシエラまで起こしてしまったらしい事。


「何と言うか、せっかく寝てたところを起こしてごめん」

「……ううん。……私、ずっと起きたかったのに、封印のせいで眠り続けてたの。……もう、何百年も。だから、カイトが起こしてくれたの、すごく嬉しい」


 まさかこの外れスキルに数百年の封印から大天使を目覚めさせる効果があるとは。

 確かに常識からは外れている。カイトは「ははは」と笑った。


「それで、どうする? シエラは何をするためにこの地に降りて来たの?」

「……うぅ。……思い出せない」


「ええと、それなら誰に封印されたとかも? 原因や理由もかな?」

「……うん。……全然思い出せない」


 つまり、シエラは行くところがなく、天涯孤独だと言う事になる。

 カイトは考えた。



 自分と同じ境遇じゃないか。



 彼女が生きていた時代から数百年の時が流れているとして、当時の事を調べるのには相当な労力と時間が必要になるだろう。

 大天使様ともなれば、その事情に気付いていないはずがない。


 さぞかし心細いだろう。


 自分の居場所がない事の不安は、カイトがここ数日で嫌と言うほど学んだ事である。

 ならば、彼女にかける言葉は1つしかない。


「じゃあ、シエラ。何か思い出すまで、俺と一緒にいるか? もちろん、君がそれで良ければだけど。ここはとても住み心地の良い場所とは言えないし、他に行く当てがあるならそっちに行った方が」


 ここまで口に出したところで、シエラの声が続きの言葉を阻んだ。

 こんなに大きな声も出せるのかと、カイトは驚いた。



「……ここにいる! ……私、カイトと一緒にいたい。……カイトが良いなら、その」



 最初の勢いが強かった分、徐々に口ごもるシエラは可愛らしかった。

 実際は何百歳も年上の相手だが、見た目は自分よりも幼い少女である。

 そんな彼女にこれ以上のセリフを求めるのは、紳士として許されない。


「そっか。それなら、ここで一緒に暮らそう」

「……うん! ……カイトと暮らす」


 そうなると、やはり直近の問題は居住環境だろう。

 見張り小屋の周りには廃屋が山ほどあり、古びた木材からは嫌なにおいが漂っている。


 大天使様を住まわせるには相応しくない事だけはハッキリとしていた。


「よし。じゃあ、待っててくれる? 俺がどうにか、この辺りを清潔にするから。それで、2人が住める家を建てよう!」


 腕まくりするカイト。

 手近にある廃材を持ち上げると、すぐに腰が悲鳴を上げた。


「ぐぅぅっ! これは、家が建つまでに何か月かかるかな……」

「……その古い木を片付けたら良いの?」


「そうだけど、シエラはダメだよ。釘とかあって危ないから。女の子にそんな事を」

「……『ライトングレイ』。……えいっ」



 晴れていた空から槍のような雷が無数に降り注ぎ、廃材の山が一瞬にして消し炭と化した。

 これが世に言う青天の霹靂かと、カイトは口を開けてぼんやりと思った。



「シエラって、本当に大天使だったんだね」

「……そうだよ? ……カイト、信じてなかった?」



「とんでもない。だけど、今はすごく信じてる。……って、まずい! 今のでモンスターが寄って来た! 獣の類は火を怖がってるけど、アンデッド系が!! よし、ここは俺が! ちゃんと剣は持って来たんだ! 取って来る!」


 確認できたのはリッチの群れ。

 10匹以上いるようだった。

 ヤツらは単体ならば大したことのないモンスターだが、同族のアンデッドを呼び寄せる習性がある。


「……『ホーリーシャワー』。……えいっ」

「ギィギャァアァァァァァァァァ」



 まだ説明の途中なのに、シエラが聖なる雨を降らせてリッチの群れを浄化した。



「す、すごいな。さすが大天使。いや、本当にすごいとしか感想が出てこない。俺、語彙力が思ってたよりもないみたいだ


「……ベタベタになっちゃった。……よいしょ」

「だぁぁぁっ!! なんで服を脱ぐの!?」


 大天使が目の前で裸になるものだから、カイトは目を覆ったり抗議をしたりと忙しい。


「だって……。服が濡れちゃって、気持ち悪い……」

「わ、分かった! 俺の荷物の中に着替えがあるから! お願いだから、それまでは服を着てて! 着ててください!!」


「……むぅ。……カイトがそう言うなら、そうしてあげる」

「本当にありがとう。これからシエラに助けてもらう事は多そうだけど、君に教える事もたくさんありそうだよ」


 急いで見張り小屋へと駆けて行くカイト。

 彼は色々と規格外なシエラとの共同生活の事を考えると、不安だった。


 だけど、それ以上にワクワクしている自分がいるのも否定できないカイトである。



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