45. 大天使の復活
シエラの言う大天使を呼び起こすために、カイトはアルゴートを出発した。
同行するのはユリスとネイア。
そして当然、シエラの姿もあった。
今回は相手が協力してくれるか判然としない上に、シエラに匹敵する力の持主の大天使と言う事で、行動するのは天使たちのみという事で話はついていた。
目的地はレビッツェ。
かつては闘技場があった場所であり、戦いに挑み敗れた者の血で染まっていた。
それが200年以上前の事。今ではその闘技場も閉鎖され、朽ちて瓦礫の山になっている。
「……カイト。……体力、問題ない?」
「ああ、うん。ありがとう、シエラ。平気だよ。ユリス様が俺に合わせて無理のない予定を立ててくれたおかげで、割と元気! ありがとうございます、ユリス様!」
「気にしなくても良いのだよ。と言うよりも、今回ボクはついて来たはいいものの、役に立てるのはこういった頭脳労働の分野だけだと思うのだ。悲しいかな、ボクに大天使と渡り合う力はないのだからね」
いつになく自信のない表情のユリス。
彼女はうぬぼれ屋ではなく、普段から自己評価を過不足なく行っている結果、自信あり気な態度を取っているのだ。
つまり、創造の天使でさえも大天使を相手にするとなると、緊張をするらしい。
「あたしに任せときなさいって! 大天使だろうが、超天使だろうが、ボコボコにしてやるわよー!! この破壊の天使・ネイアさんにかかれば、余裕なんだから!!」
「と、言ってはいるが、カイトくん。ネイアもボクも大天使を比較対象にすれば、大差ないのだよ。不安にさせるような事を言ってすまないのだがね。事実として、覚悟はしておいて欲しいのだよ」
ネイアは「なによー! やってみなきゃ分かんないでしょうがー!!」と語気を強めるが、ユリスは「やれやれなのだよ」とため息をつく。
さらに15キロほど進むと、大きな洞窟が彼らを待ち構えていた。
「……みんな、少し待って欲しい。……『ガイドリア・リンク』」
シエラが魔法の名を唱えると、光がまるで線のように空中を走る。
それは洞窟の中へと続いていた。
「……目的地はこっち。……モンスターの気配がするから、注意して」
「すごいな。これはどんな魔法なの?」
「ふふん。ボクが説明するのだよ。これは対象の魔力を目印に、その道筋をしるしてくれるガイド魔法。ニッチな魔法なので使用者も少ないのだがね。さすがはシエラなのだよ」
「へぇー。世の中には便利な魔法もあるんですね」
「あんたも覚えなさいよ! 最近、こっそり魔法の特訓してんじゃない! あたし知ってるんだからね!!」
「ちょっと、ヤメてくださいよ! 本当に秘密の特訓なのに!!」
ネイアは呆れたようにジト目でカイトを見つめる。
自分で言っておいて少し気の毒になったので、彼女にしては珍しく天使の啓示を与えるらしい。
「あのさ、その特訓。みんな知ってるわよ」
「えっ!? ウソでしょう!?」
「すまないが、ボクも気付いていたのだよ。と言うか、実は口を出したくてウズウズしていたのだよ。カイトくんの独学は効率が悪すぎるのだからね」
「ユリス様まで!? と言う事は、シエラも……?」
シエラは前を向いたまま、こくりと頷く。
「……当然知っている。……主のやっている事を把握するのも使役されている者の務め。……ついでに、リザも知っている。……ヘルムートも。……アルゴートの住民はほとんど知っている」
カイトは頭を抱えた。
「すごく恥ずかしいヤツじゃないか!! 気付いてるなら言ってよ!! 俺、内緒で強力な魔法を覚えてみんなを驚かせようと思ってたのに!! 驚かされたのはこっちだよ!!」
シエラは右手に魔力を込めながら言った。
「……カイトは焦らなくても良い。……自分のペースで強くなれば良い。……『ブリザード・テンペスト』」
カイトを励ましながら、大天使の大魔法で巨大なコウモリ型のモンスターを氷漬けにするシエラ。
「なんだか、色々と自信を失くしたよ。今度から、誰かに先生をしてもらおう」
「……私なら、いつでも大歓迎」
カイトは「参考にならない気がする……」と思ったが、口には出さなかった。
そして一行は洞窟を抜ける。
そこには、草のツルが絡みついた巨大な石碑が立っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
石碑と言えば、天使。
これまでの3人の天使たちで学習しているカイトは「ここだよね?」と簡単に質問する。
3人が同時に「うん」と言うので、速やかにカイトは魔力を集中させた。
「……いくぞ! 『目覚まし』!!」
ポツリ。
雫が空から降って来た。
カイトが空を見上げた瞬間に、その雫は雨となり、さらに豪雨へと変わる。
その打ち付ける雨の中、続いてドドドと大地が鳴き始める。
バリバリと地面にヒビが走り、それは石碑へと繋がる。
その石碑から静かに黒い髪の天使が現れた。
彼女はキョロキョロと辺りを見回して、首を傾げた。
「……ここはどこで、今は何年なのでしょうか。封印から突然解放された理由は……」
黒髪の天使は周囲を注意深く観察する。
すると、自分と同じ白い翼を持つ者たちを視界の端に捉える。
「あら、懐かしい顔が集まっていますわね。久しぶりにお茶会のお誘いですか?」
彼女の目は左右で色が違い、左の金色と右の紅、どちらも宝石のように光って見えた。
シエラが一歩踏み出して、目覚めたばかりの大天使に話しかける。
「……ギルネ。……久しぶり」
「あらあら、まあ! シエラがわたくしを訪ねて来るだなんて! どういう心変わりですの?」
大天使の名前はギルネと言った。
カイトは言い知れぬ不安を胸に抱いていた。
ギルネからは、アルゴートに来てくれた3人の天使とは違う雰囲気を覚える。
そのザラッとした違和感の名前は分からないものの、あまりいい気持ちではなかった。
「……ギルネ。……単刀直入に言う。……私の領地に来てほしい。……そして領地を守護するために力を貸してほしい」
「領地? シエラ、あなたは今、領地を治めているのですか?」
「……私の領地ではない。……カイト・フェルバッハが領主。……私は現在、彼に使役されている」
「まあ! まあまあ! あなた、人間に使役されているんですの!? ……ふーん。なるほど。わたくしを目覚めさせたのは、確かにそちらの人間のようですわね」
ギルネはカイトの体を頭からつま先まで、値踏みするように眺めた。
「へぇー」とだけ言って、ギルネはシエラに返事をした。
「お断りですわ! わたくし、誰かの下につく気などありませんもの! それが人間であればなおのことですわ!!」
堂々とした拒絶だった。
あまりにもハッキリと言われたので、カイトは「そうなのか」と納得しかける。
だが、シエラは譲らない。
「……あなたが目覚める事ができたのは、カイトのおかげ。……つまり、ギルネはカイトに手を貸す義務がある。……受けた恩は返すべき」
「……そんなこと、知った事ではありませんわ。そのカイトと言う人間が勝手にやったことですもの」
「……屁理屈を聞きいたいわけじゃない。……ギルネ」
「おやめになってくださいます? 同格の天使とは言え、わたくしに気安く触らないで!」
ギルネの服の裾を摘まんだシエラの腕が、吹き飛ばされた。
それがギルネの魔法によるものなのか何なのか。
カイトには分からなかったが、「シエラを守らなければ!」と言う意志だけはハッキリとしており、彼は弾かれるようにギルネの前に立ちふさがった。
「カ、カイト! ダメ……! 危ないから下がって!」
シエラは珍しく取り乱す。
絶対に守らなくてはいけない大切な存在が、丸腰で大天使の前に立っているのだから無理はない。
残された片腕でカイトの服を掴み、抱きかかえるようにして防御の姿勢を取る。
そして、ギロリとギルネを睨んだ。
カイトに手を出したら殺す――その意思がヒシヒシと伝わってきた。
流石のギルネもこんな状態のシエラに喧嘩は売りたくない。
「へぇー。まあ、あなたの名前だけは覚えておいてさしあげますわ。カイト・フェルバッハ。精々、その天使たちと仲良くなさい」
言いたい事を言い終えると、ギルネは翼を広げて飛び去って行ったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
シエラは欠損した部分を魔力で再生させている。
その様子をハラハラしながら見ているカイト。
「シエラ、本当に大丈夫!? 俺に遠慮して、無理してない!?」
「……カイトは心配性。……誓う。……主に対して嘘はつかない」
2人の後ろでは、へたり込んでいる天使がいた。
「相変わらず、何と言う迫力だろうね。ボクともあろう者が、言葉すら発せずに立ちすくんでしまうとは。これが蛇に睨まれた蛙と言うヤツなのかもしれないのだよ」
「だ、だらしないわね、ユリスは! あ、あた、あたしは全然平気だったけど!?」
「腰が抜けて立ち上がれない破壊の天使が何を言っているのだよ」
「違うし! これはちょっとだけ疲れたから、座ってるだけなんだから!!」
創造の天使・ユリス。
破壊の天使・ネイア。
彼女たちは大天使・ギルネの発するプレッシャーに負けて、ただ立っている事しかできなかった。
「そんな大天使に臆さず立ち向かったカイトはすごい」と言うのは、2人の共通見解。
「……再生完了。……カイト、ずぶ濡れ。……みんなも」
「そうだね。この大雨じゃ、風邪を引いてしまう。洞窟で雨宿りして、雨が止んだらアルゴートに帰ろうか」
大天使・ギルネの勧誘に失敗したカイト一行。
彼女を解き放った結果、何が起こるのか。
この時のカイトたちに予想できないのは無理からぬことだった。




