43. 大天使との差
アルゴートを急襲して来た招かざる客。
相手が帝国軍であれば、カイトも納得はできないものの理解はできただろう。
だが、天から舞い降りた天使が、あろうことか大天使のシエラをはじめ、上級天使のユリスとネイアに矛を向けた事が、どうしてもカイトには分からなかった。
「まったく、本当に破壊の天使の系譜はまったくなのだよ。どうしてああも粗暴で、こうも物を壊して回るのが好きなのか。ボクには理解ができないのだよ。……ああっ! ボクの自慢の噴水がこんなにも無残な姿に! ここの飾りは特にこだわっていたのに、ひどいのだよ」
ユリスは率先して力の天使・ナナカの壊した建造物の修復をして回っていた。
これは、どういう訳かナナカがユリスの気に入っていたものばかりを破壊して回ったためである。
ユリスにとって自分の創造したものは我が子も同然。
愛情を注いで創ったものならば、愛着が湧くのもまたしかり。
「ねーねー、ユリスー? どうせ壊れたんだし、噴水をさ! パカーンって真っ二つにしてもいい? 壊しがいがありそうだなってずっと狙ってたのよねー! あたし!! さっきの天使、ナナカだっけ? 態度は良くなかったけど、目の付けどころは悪くないわね!」
ユリスはため息をついて、ネイアを指さす。
「そもそも、破壊の天使の系譜に属する力の天使がどうしてボクたちを襲って来るのかね!? 百歩譲って襲ってきたとして、どうして自分の上位存在である破壊の天使の君にまで歯向かうのか、理解ができないのだよ!」
だが、ネイアも「だからー」とうんざりした顔で応じる。
このやり取りは既に5回ほど行われているからだ。
「知らないわよ! あたしだって眠ってた時間が長いんだから、その間に生まれた天使なんでしょ? そもそも、天使の責任がどーとか言うならさ、大天使のシエラに文句言いなさいよね!」
「ふむ。ネイアにしては論理的な意見なのだよ。シエラならば何か分かるかもしれない」
話題の中心は大天使・シエラに移る。
が、彼女はエルフが差し入れに持って来てくれたサンドイッチに夢中であった。
この点に関してはカイトも明らかにしておきたい。
ずっと静観していた彼は、隣で頬を膨らませている大天使に質問した。
「さっきの天使はシエラたちと同じ……と言ったらおかしな表現になるけど。何と言うか、同種族ということでいいんだよね?」
シエラも主の問いかけには、食事を一時中断する用意がある。
「……肯定。……先ほどの天使は間違くなく、私たちと同じ種族。……一般的に天使と呼ばれる括りで言えば、仲間とも言える」
「その仲間が、どうして俺たちを襲ってきたんだろう? 明らかにアルゴートを名指しで狙って来たようにしか見えなかったけど」
カイトは1番の懸案事項を口にする。
「もしかして、他にもシエラたちと敵対している天使がいて、その天使がまた襲ってくる……なんて想定もしておいた方がいいのかな?」
「……分からない。……記憶がおぼろげなため、肯定も否定もできない。……ごめんなさい」
シエラの失われた記憶に関しては、アルゴートで非常にセンシティブな情報として扱われている。
ユリスが慌ててフォローを入れた。
「ま、まあ、気にする事はないと思うのだよ! もちろん、警戒は再提言するべきだと思うがね。これまで、カイトくんが構築して来た人脈は盤石とも言える。エルフ、オーガの多種族も護衛の任についていることだし、いざとなれば、脳筋の天使もいるのだよ」
ネイアが腰に手を当てて、控えめな胸を張る。
「ちょっとぉ! 誰が脳筋よ! あたしは破壊の天使なんだからね!! ま、ユリスと同意見なのは癪に障るけど、カイト! あんたはドンと構えてなさい! 戦いは大将がビビった時点で負けてるようなものなんだから!!」
カイトは2人の個性的なエールを思いやりをとして受け取った。
そして彼は再度確認する。
「この領地には、頼りになる天使が3人もいてくれる。ならば、恐れるものなど何もない」と。
だが、心の奥では言い知れない不安がくすぶっているのも事実だった。
二律背反に悩みながらも、カイトは前を向く。
「おーい! カイトー!! マチルダさんから栄養剤もらってきたよぉー! ご飯食べたらこれ飲みなさいって! 領民のみんなも不安だと思うから、こんな時に倒れないようにしないとね! ねーっ! 領主様っ!」
「うっ……。努力するよ。……最近、ちょっと筋肉がついてきたんだけどなぁ」
最後のセリフは全員がスルーして、それぞれ建物の修復作業とがれきの撤去作業のために散って行くのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
それでは、件の有能な天使にぶっ飛ばされた力の天使のその後はどうなったのか。
「ちょっとー。髭ー! 聞いてないんだけどー。ねー、事前にもっと情報を寄越すべきじゃないのー? 髭ー!!」
ナナカはフォルメアンの医者によって治療を施されており、その体は包帯でぐるぐる巻きにされていた。
天使の回復力は人とは比べ物にならないので、数日もすれば包帯も取れるだろう。
だが、怪我は治っても機嫌は直らない。
ナナカの文句は続く。
「マジでさー。いくらなんでもあれはないわー。大天使だもん。雑魚天使だと思って出かけて行ったら、この世のラスボスがいたんだけど! しかもー! 創造の天使までいるじゃん! 極めつけは、破壊の天使よ! わたしの上位存在がいるところに特攻かけさせるとか、正気!? なんとか言いなさいよ、髭!!」
アルフォンスは憔悴していた。
天使の力を得たと思えばその天使が忠告を聞かずに特攻して行って、あろうことか呆気なく吹き飛ばされて帰って来た。
アルフォンスは気付いている。
ナナカが墜落して来た場所は教会であり、ステンドグラスが割れただけで被害が出なかった。
フォルメアンはそれなりに大きな街である。
建物だって多くあるし、領民も少なくはない。
そんな状況で、まったく被害が発生していない。
それはつまり「狙ってそこにナナカを落とした」事を意味しており、翻っては「次はない。もう一度同じことをすれば、次はお前の住む屋敷を狙う」と言う、高度な脅しだと言う事を、腐っても名領主のアルフォンスは全て理解していた。
「ナナカ殿。私は確かに忠告をしたはずですが」
「だーかーらー! そこんとこをもっと詳しく教えときなさいって話でしょー? これだから人間ってヤツは愚かなんだわー」
アルフォンスは彼女との押し問答の無意味さに疲れ、「愚か者はお互い様だろう」と心の中で毒気づいた。
それにしても、恐ろしきはアルゴートの天使である。
ナナカの力は人間の領域をはるかに超えるものだった事は、間違いない。
そのナナカが、何もできずに直送便で叩き返される相手が、アルゴートの天使。
オマケに、3人ともが上位の天使であり、シエラはやはり大天使だと言う。
この件に関しては、直接対峙して来たナナカが言っているので、間違いないだろう。
アルフォンスは念のために確認を取ってみた。
「ナナカ殿。なにか、搦め手のような策を用いれば、あなたの力でアルゴートを制圧する事はできないのか?」
ナナカは即答する。
「あー。無理。つーか無理! 髭にも分かるような喩えをしてやるわ。人間が1000人集まっても、あんたたちは所詮の人間集まり。わたしには絶対勝てないでしょ? それと同じなんだよなー。わたしみたいな下級天使が上級天使様や、あまつさえ大天使様に楯突いたところで、意味なんかないのー。今回みたいに軽くボコってはい、おしまい!」
それでもアルフォンスはアルゴートを潰さなければならないのである。
もはや、それがどんな理由だったのか。
彼自身もよく覚えていないし、それが重要な意味を持つ段階ではない。
帝国を巻き込んだこの争い。
負けた方は、文字通り終わるのだ。
良くて帝国領内からの追放。
最悪、死刑に処される可能性だって現実的な確率で存在している。
「まー。とにかくねー。アルゴートには手を出さない方がいいってー。マジでヤバいから、あそこ。髭も長生きしたいでしょ? 余生はゆっくり本でも読んで過ごしなさいよ」
ナナカにとって、既にアルゴートとのいざこざは他人事。
他人の不孝ほど軽く扱えるものはそうない。
アルフォンスは不味いコーヒーを飲んだような顔で、ナナカが寝ている部屋を出るのだった。




