42. 身の程知らず
力の天使・ナナカはとてもいい気分だった。
アルフォンス・フェルバッハとその息子のクレオも幸運に酔っていた。
「ちょっと、髭! お酒が足りないんだけどー! あと、肴もよー! もっと上等なヤツ持ってきなさいよねー!」
「クレオ! ナナカ殿のおっしゃる通りに手配しろ!!」
「かしこまりました!」
この3日ほど、彼らはフォルメアンにある領主の館で、まさに酒池肉林の限りを尽くしていた。
ナナカは天使と呼ぶにはかなり俗っぽい性分をしており、特に酒を好んだ。
「人間ってただ生きてるだけだけどさー。このワインやウイスキーを作った事だけは褒めてあげようと思ってんのよ、わたし! 最初に考えたヤツはわたしの眷属にしてやってもいいくらい! ちょっと、髭! 新しいワイン持ってきなさいよ! 白ね、白!!」
「おい! 大至急ワインを用意しろ! 上等なものが良い! 帝国暦728年ものの白ワインがあっただろう! それを持って来い!!」
このような大騒ぎが前述の通り、3日ほど続いた。
フォルメアンは貧困にあえいでいるとは言わないが、決して豊かな領地ではない。
そのため、力の天使・ナナカの接待のために、クレオは領民から多くの年貢を取り立てていた。
酒を奪い、肉を魚を、問答無用で献上させたのである。
この行いは褒められたものではない。
現に、アルフォンスもその様子を見ていて少しばかり眉間にしわを寄せた。
だが、名領主でその名を馳せたアルフォンス・フェルバッハも、カイトを追放してからは領主としての評判はがた落ちであり、正直いつ領民の暴動が起きてもおかしくない緊張状態が続いている。
結局のところ、アルフォンスとクレオは似たもの親子なのである。
こうなると、カイトが彼らに似なくて良かったと思わざるを得ない。
もしかすると、反面教師の生きた教材として役立てていたのかもしれない。
「ところで、ナナカ殿」
「なーによ、髭! せっかく気持ちよく酔ってるのにさー!」
「これは失礼を……。ですが、そろそろナナカ殿にお願いしたい事について、話をさせて頂きたい」
「あーあー。その願いを聞いてあげたら領地を寄越すってヤツね! いいわよ、言ってみー?」
アルフォンスは語った。
アルゴートと言う名の辺境の土地に、数人の天使が住んでいる。
その天使たちは悪逆の限りを尽くし、帝国に楯突く不届き者の集まりであり、その討伐を任されたのが我らフェルバッハ家である、と。
事実なのは「アルゴートに天使が住んでいる」という点のみだが、ナナカには確かめようがない。
「ふーん? それって野良天使?」
「私はその中の1人にしか会った事がないのだが、その者は自分を大天使であると呼称していた」
「大天使」という言葉を聞いた途端に、ナナカは吹き出した。
「だからー。大天使なんて、もう神話レベルの昔話なの! そんなのが今の時代にいるわけないでしょーが! 髭、あんた頭悪いねー!」
「ぐっ。た、確かに、シエラが大天使であるかの真贋を見極める術が我らにはないが。う、ううむ……」
ナナカは悩むアルフォンスに向かって言った。
「とりあえず、地図ちょうだい。明日にでも行って、その嘘つき天使をボコって来るから! お土産に羽の片方でもむしって来ようか?」
この自信に溢れた天使に、アルフォンスは賭ける事にした。
もはや、退路はないのである。
◆◇◆◇◆◇◆◇
翌朝。
アルゴートでは、カイトがシエラとリザを連れて領地を視察して回っていた。
「おっ! 領主様じゃねぇか! あんまり無理しねぇでくださいよー!!」
「ご心配、ありがとう! みんなも根を詰め過ぎないようにしてください!」
農業ハウスでは、開墾班が元気に働いていた。
続けて居住区に回る。
「カイト様! 領民の陳情について、オレが纏めておきました! お役に立てると良いんですが! どんなもんでさぁ?」
「うん。すごくよく纏まっていて、オマケに読みやすいです。さすがヘルムートさん。元司書の経歴は伊達じゃないですね!」
ヘルムートはかつて帝国領で司書をしており、見かけによらず高い教養を持っている。
さらに、アルゴートに来てからはその恵まれた体格で力仕事をこなしていたため、戦士としても通用する肉体が自慢である。
さらに最近ではオーガに武器の扱いを学んだり、エルフに魔法の訓練を頼んだりとさらに自分を高めている。
もはや立派なカイト・フェルバッハの片腕になっていた。
「そうでした! カイト様、ユリス様とネイア様が丘の方でケンカしてましたが、放っておいても良かったですかい?」
「ええ……。それは放置できないヤツですね。分かりました、俺が行きます」
シエラはため息をつく。
「……まったく。……2人とも上位天使としての自覚が足りない。……嘆かわしい」
「天使に上位とか下位とかあるんだ? シエラちゃんは1番偉いんだよね?」
好奇心旺盛なリザは天使の序列について興味津々な様子。
「……もちろん、私が一番。ドヤぁ。……でも、ユリスもネイアも階級はかなり高い。……そんな天使を統べるカイトは結構すごい。……誇っても良い」
「その誇っても良い人は、今まさにユリス様とネイアちゃんの間でもみくちゃにされてるけどー。あはは……」
こんないつもの日常に、招かれざる客がやって来た。
門を作ったりと侵入者には警戒していたのにも関わらずである。
だが、これは致し方ない。
侵入者は天使であり、上空からやって来たのだから。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ドンッと地響きを轟かせて、勢いよく着地したナナカ。
その衝撃で、ユリスが気に入っている噴水にひびが入り、装飾が崩れ落ちる。
「ええと、どなた? 見るからに天使だけど、シエラたちのお知り合いかな?」
「はっ! そこらの雑魚天使にわたしの名前を言ったところで知らないだろうけど、一応名乗っておく! わたしは力の天使! 名前はナナカ!!」
カイトは「どうやらこの天使は3人とは無関係の者らしい」と納得した。
続いて、「では、なにゆえ天使が急に訪ねて来るのか」と疑問が湧いてくる。
仮に旧知の仲ではなくとも、天使同士なので何か人には分からない力で居場所を探ったりできるのではないか。
であれば、これまでの期間現れなかった天使が急な来訪をするのはやはり筋が通らない。
「雑魚天使をボコって来いって約束なんでー! 一匹ずつボコった方がいい? 全員でかかってきてもいいけど? あんたたちに恨みはないけど、悪く思わないでね!」
命知らずの天使は、シエラ、ネイア、ユリスの順番に同じセリフを繰り返す。
「へー? 力の天使ね? 力の天使ごときが、破壊の天使のネイアさんを雑魚って言った?」
「……は? ちょっと待って。破壊の天使? あんたが?」
「ボクの芸術品を破壊するとは、その度胸だけは認めてやらざるを得ないのだよ。しかし、少しばかり想像力を働かせてほしかったのだがね。この蛮行の代償は、君が思っているよりもはるかに大きい」
「な、なに!? そんな難しい物言いしても、わたしはビビんないから!!」
「……あまりにも身の程知らず。……ナナカとか言った? ……天使なら、相手の力を推し量れるはず。……少しだけ待ってあげるから」
「は、はんっ! そうやって脅かそうったってそうは……。は、ははははっ、えっ、マジで!?」
実力の違いを理解してしまったナナカ。
その先は哀れな結末が口を開けて待ち構えている。
ネイアが詰め寄る。
「あんたの力がどの程度なのか、あたしが試してあげる! ほら、かかって来なさい!!」
「ヤメるのだよ、ネイア。これ以上君に暴れられると、ボクの芸術品が更に破損してしまうのだからね。ここは、シエラに任せるべきだと思うのだよ」
シエラは無言でこくりと頷いた。
「……どこから来たのか知らないけれど、元の場所にはサービスで戻してあげる。……反転魔法。……『ラウバウンスバック』」
「えっ、あっ!? うわ、か、体が!? み、みぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
ナナカは冗談みたいな勢いで空高く弾き飛ばされ、そのままフォルメアンへ向かって猛スピードで押し戻されるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
そのフォルメアンでは、アルフォンスとクレオが吉報を待ち構えていた。
ガシャンと何かが壊れる音を聞いて、「帰ったか!」と2人は飛び出した。
そこには、教会のステンドグラスを割って、地面にめり込んだナナカの姿があった。




