4. 《目覚まし》の真の能力
カイトは外れスキルを引いた無能者呼ばわりされて家を追い出された。
が、彼の長所は意外に多い。
今回は「責任感の強さ」と「気持ちを切り替る潔さ」にフォーカスを当てよう。
「それにしても、乾いた土地だなぁ。水源も見当たらない。流刑地だって聞いていたけど、その領民はどこでどうやって暮らしてるんだ?」
独り言を呟きながら、カイトは高台より領地アルゴートを分析する。
この地方は1年の半分以上が乾期であり、水の確保が極めて難しい。
また、水がなければ土地が干上がるのも当然で、作物も育たない。
大型の猛獣系モンスターが我が物顔でその辺りを走り回っているらしく、カイトの目には留まらなかったが、確かに巨大な足跡はいくつか見て取れた。
オマケに、夜になるとアンデッド系のモンスターも出るらしい。
ここまでの情報は、フェルバッハ家からアルゴートに向かう道中で旅人に尋ねたり、休憩に立ち寄った街の酒場などで聞き込みをしたものである。
カイトの生真面目な性格はこのような状況下に置かれても健在だった。
「……まずいな。日が暮れて来た。とりあえず、あそこに見える建物に行ってみよう。人がいるかもしれないし、外でモンスターと出くわすよりはずっといい」
カイトは高台から移動を開始する。
道すがら、やはり多くの魔物の痕跡を見つけて不安になり、どこを見ても人の気配がない事でその不安は倍増した。
「これは……。見張り小屋かな? うん。ボロボロで、ちょっと強い風が吹いたらバラバラになりそうだけど。多分、見張り小屋だ。……使われてる形跡がないなぁ」
アルゴートは盆地になっており、居住区はその奥にあるらしい。
ならば、この高台から通じる道が唯一の進入経路なのではないかとカイトは考える。
ふと見張り小屋の脇を見ると、古い祠があった。
ここの土地神でも祀っているのだろうか。
それにしては、ボロボロである。
見張り小屋の周囲にもいくつかの民家が、正確にはかつて民家だった廃屋が並んでおり、数年前まではこの辺りにも人が住んでいたようだった。
察するに、モンスターの徘徊に耐えかねて、アルゴートのより奥の方へと移住したのだろう。
その証拠に、廃屋にはもれなく獣の爪あとが遺っていた。
「領民に挨拶をしたかったんだけど……。やれやれ、もう真っ暗じゃないか。知らない土地で夜道を歩くことほど愚かな事もないな。……だけど」
カイトはその辺りをぐるりと一周して、見張り小屋に戻って来た。
「この頼りない建物で一夜を過ごすのも、なかなか愚かな行動だよなぁ……」
「ははは」と自嘲気味に笑ったカイトは、隣にある古い祠の前で手を合わせた。
正しい祈りの作法は分からないが、名も知らぬ土地神にだってすがりたい心境なのである。
それが終わるとカイトは見張り小屋の中へ。
「あー。なるほど。まあ、こうなってるよなぁ……」
中は埃だらけで、使えそうにない暖炉と収納を断固として拒んでいるタンス。
あとはベッドがあるだけだった。
ちなみに、ベッドと断定しても良いのか不安になるほど簡素なもので、大きな長方形の木材が置いてあるだけとも言える。
「とりあえず寝よう。馬車の移動で疲れたし。モンスターに襲われませんように。……硬いなぁ、このベッド。せめて毛布くらい欲しかった……」
こうして、アルゴートで迎える初めての夜を不安いっぱいで過ごすカイトであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
翌朝。
恐らく彼の人生で最も質の悪い睡眠を取ったカイトは、全身の怠さから起き上がれずにいた。
寝息を立てれば埃でむせる。
寝返りをうつたびに体が軋む。
1時間寝ては少し目が覚めてを繰り返した彼だったが、それでも朝はやって来る。
今日こそは領民に挨拶をしなければならないし、もう少しくらいまともな寝床も手に入れたい。
そこで、カイトはスキルを使う事にした。
その名は《目覚まし》。
実はスキルの所有者である彼も使うのはこれが初めて。
フェルバッハ家での暮らしでは使う機会がなかったのだ。
カイトはまだ寝ていたいと駄々をこねる右手に鞭打って、魔力を込める。
その手を広げ、集約させた魔力を解放する。
キィーンと言う耳鳴りにも似た音が頭の中に響くが、決して不快ではなかった。
カイトは体を起こす。
「ははっ。すごいな、《目覚まし》ってスキルも。本当に気持ちよく目が覚めた。これなら、ひどい環境でも睡眠の質だけは維持できそうだ。はははっ。……はぁ」
だから何だと言うのか。
このスキルを得てからずっと考えないようにしてきた、本質的な疑問が爽やかな目覚めと共に襲い掛かって来た。
「朝が爽やかでも、その先に待っている現実は全然爽やかじゃない!」と誰に言うでもなく叫んだカイト。
心中察するに余りある。気の毒な話だった。
それから続けて《目覚まし》について不平不満をぶつけたのかと言えば、そうはならなかった。
凄まじい地鳴りがしたかと思えば、今度は何かが崩れ落ちる音がする。
それも、すぐ傍で。
見張り小屋が激しく揺れるため、身の安全を確保すべくカイトは外へと飛び出した。
だが、揺れているのは小屋ではなく地面そのものであり、急な地震に彼は身をかがめる。
その揺れは数分ののちに収まった。
カイトは領地に赴任して1日でこの様かと天を仰ぐが、その過程で視界に入るべきものがなくなっていた。
見張り小屋の隣に合った祠がすっかり崩れ去っている。
先ほどの地震の影響だろうか。
彼は祠に近づいて、土地神を思うと不憫な気持ちになった。
自分もこの祠のように、近い将来誰にも看取られずに崩れ去るのかと思うと悲しくなり、せめて最後にもう一度祈りを捧げようと考える。
「うぉぉぉおっ!? びっ、ビックリした!! なんだ、これ! ……手!?」
飛び上がるほど驚いたカイト。
眼前には、祠の瓦礫から伸びている白い手があった。
アンデット系のモンスターだろうかと一瞬躊躇するも、「万が一にも人だったら! さっきの地震で巻き込まれたのかもしれない!」と、彼は小さな手を掴む。
すると、その手はしっかりと握り返して来るではないか。
人だ。
カイトは確信して、大きな声を出す。
「待ってろ! すぐに助ける!!」
だが、カイトの助けなどその手の主には無用だった。
瓦礫がふわりと浮き上がったかと思えば、瞬く間に元の祠の形へと復元されていく。
「なるほど。さてはまだ夢を見ているな。《目覚まし》め。本当に役に立たないスキルだ」
信じられないものを目撃した人間は、得てして現実から逃避するものである。
だが、カイトは逃げきれなかった。
対峙した現実の足が速かった。
「……私を起こしたのは、誰? ……あなた?」
不思議な少女がそこに立っていた。
少なくとも自分よりはずっと幼く見える。
ボロボロの服を着ているにもかかわらず、何故だが高貴な雰囲気を纏っている。
もしかすると、少女は人間ではないのかもしれない。
「俺はカイト・フェルバッハ。言葉はちゃんと通じているだろうか?」
「……あなたは、カイト。……分かった。……カイト」
どうやら、意思疎通は可能のようである。
続けてカイトは少女に尋ねる。
「君こそ、誰だ? どうしてこんなところで独り、瓦礫に埋まって? ああ、いや、ごめん。初対面で矢継ぎ早にあれこれ聞くのは良くないな」
カイトは混乱している頭を整理する。
相手が何であろうと、少女に対して礼儀を失するほど落ちぶれてはいない。
彼は必要最低限の質問を少女に投げかけた。
「君の名前は?」
彼女は長い沈黙、時間にして1分ほどだろうか。
何かを思い出すように俯いて、それから短く答えた。
「……私は、シエラ」
これがカイトにとって、アルゴートでの最初の出会い。
そして彼の運命が動き始めた瞬間でもあった。