39. アルゴートの薬師
自分の父を探すリザを見て、マチルダは申し訳なさそうに真実を告げる。
「ごめんなさい、リザちゃん。父はもう亡くなってからしばらく経つのよ」
「ふぇっ!? う、嘘……! ルーテンタークさんが……!?」
リザにとってはカイトを助ける希望の糸だったルーテンタークの存在。
それがバッサリと絶たれた今、その失意は大きかった。
「ええと、どうしたの? 急に帰って来たかと思えば、父を探して。……まあ、中に入ってちょうだい。話くらいは聞いてあげられると思うから。お連れの方たちも。散らかっていますけど、どうぞ」
「……はい。ありがとうございます」
明らかに元気を失くしたリザ。
彼女に続いて、シエラとユリスがやって来る。
「おおっ! これはすごいのだよ! 実に興味深いではないか!」
「ユリス様ぁ……。今、わたしすっごく落ち込んでるのに、そんなにはしゃぐなんて酷いですよぉ……」
「いや、落ち込むことはないかもしれないのだよ、リザくん。この棚を見たまえ! 帝国領内どころか、外国の薬草まであるではないかね! しかも、実に興味深い調合がされている! ボクは人間の薬学にそれほど詳しくはないけれど、これほど見事に薬草同士を組み合わせるとは……! インテリジェンスの芸術作品なのだよ!」
興奮するユリスの代わりに、シエラがリザに告げる。
「……つまり、このマチルダと言う人間。……彼女は優れた薬師だと判断できる。……リザの探していた先代よりも才能を持つ可能性すらある」
「ほ、ホント!? シエラちゃんが言うなら、わたし信じるよ!?」
「……今は主の緊急事態。……そしてリザは家族。……嘘で偽る必然性が見いだせない」
「そっかぁ! 良かったぁ!!」
盛り上がる3人。マチルダは置いてけぼりをくらっている。
それに気付いたリザは、慌てて彼女に事情を説明した。
「家族が急病なんです!! その人は領主で! すっごく普段から頑張ってて!! その、マチルダさんの力が必要なんです!! お願いです! 助けて下さい!!」
「え、ああ、うん? 落ち付いて、リザちゃん。もう少し詳しい話を聞かせてくれるかしら?」
リザは「あ、すみません!」と謝ってから、カイトの病状とアルゴートが置かれている立場についてマチルダに説明するのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「……そうなの。話はだいたい分かったわ。1つ気になったのだけど、カイトくん? その領主様のファミリーネームって、フェルバッハなの?」
「はい! そうですよ! カイト・フェルバッハです!!」
マチルダは少しだけ考える。
カイザッハを放置している領主の名は、アルフォンス・フェルバッハ。
偶然だろうか。
彼女はそれを「奇遇な事もあるわね」と流してしまうほど単純な人間ではない。
「分かったわ。アルゴートに行きましょう。私も、そのカイトくんと少し話がしたいから。2時間ほど待ってくれる? すぐに支度をするわ」
「わぁ! 本当にありがとうございます!!」
すると、ユリスが「水を差すようで悪いのだがね」と口を挟んだ。
「君はどう見ても、この都市で1番の薬師だろう? その優れた薬師が急にカイザッハを離れると、色々と問題があるのではないかね?」
マチルダは痛いところを突かれたと言う表情をしたが、今さら自分を偽るのも馬鹿馬鹿しくなって、胸の内を3人に話した。
「この都市はね、今まさに変わろうとしているの。領主に対し、医師と薬師が中心になって改革を進めているところなのよ」
「……無能な領主にうんざりする気持ちは分かる。……マチルダは反対している?」
シエラの問いに、彼女は首を横に振る。
「いいえ。改革は必要だと思うわ。……けれど、私は昔のカイザッハが好きだったの。今のこの街には、あの頃の面影なんかない。勝手と言われるかもしれないけれど、私はどこか別の場所に移住しようかと考えていたところなのよ。……もう、息苦しい生活にはうんざりなの」
「……なるほど。……理解した。……ならば、マチルダに提案する。……カイトを治療してくれるなら、アルゴートにそのまま住めば良い」
「ええっ!? でも、私ね、恥ずかしいけれどお金があまりなくて。移民税や新しい住まいを構える余裕なんてとても……」
難しい話が終わると、元気娘の出番である。
リザが大きな声で言った。
大事な家族の代弁者として、胸を張る。
「アルゴートは来る者拒まずですよ! お金なんていりません! と言うか、アルゴートには薬師さんがいないので、大歓迎です!! って、カイトは絶対言うと思います!!」
「リザの言う事は正しいのだよ。あのお人好しな領主様は、きっと君の事を喜んで受け入れるだろう。いや、頭を下げて、ここにいてください! などと声を荒げるかもしれない」
マチルダにとって、その話は得しかない僥倖であった。
ここまで美味い話には、何か裏があるのではとさえ思った。
そして、いつの間にかそんな風に人の厚意を勘繰るようになった自分が嫌になった。
彼女は父の背中を見て薬師を志した頃の気持ちを思い出して、リザに言った。
「……分かったわ! このマチルダ・ルーテンターク、アルゴートに行きます! 領主様の治療は任せてちょうだい! その代わり、住居をお願いね?」
「わぁぁ……! はい! 任せて下さい!!」
マチルダの準備が整うのを待って、彼らは急ぎアルゴートへと戻る。
リザは道中、繰り返しカイトの身を案じていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
アルゴートに到着したマチルダは、しばし呆然とする。
初めて見るエルフやオーガに圧倒され、シエラとユリスが天使であると明かされて更に驚く。
「マチルダさん! 今はカイトを早く診てもらえますか!?」
「え、ええ。そうね。……本当に、すごいところね」
マチルダの手を引いて家に戻ったリザ。
ちょうどヘルムートが冷たい水を汲んで来たところだった。
「リザ嬢ちゃん! お帰りなさい! するってぇと、そちらの方が!?」
「うんっ! 凄腕の薬師さん! マチルダさん、お願いします!」
カイトがのっそりと起き上がる。
「ああ、リザ。おかえり」
「もぉ! カイトは寝てて!! こちらはマチルダ・ルーテンタークさん! 超凄腕の薬師だよ!!」
どんどん自分を形容する表現が過剰になっていく事に苦笑いしながら、マチルダは名乗った。
「お目にかかれて光栄です、領主様。早速ですけど、診察させて頂きますね」
「いや、これはすみません。身だしなみも整えずに……」
「病人はそんな事を気にしないものですよ。……うん。とにかく、熱を冷ます事から始めないといけないわね。すみません。どなたか、あるだけの薬草を持ってきてくれますか?」
「へ、へい! 薬草だけなら売るほどあるんでさぁ! おおい! みんなー!!」
ヘルムートが居住区を走り回ると、本当に山のような薬草が集まった。
「ありがとうござ……ちょっ!? この薬草、どこで手に入れたんですか!? こっちのものも!! 帝国金貨1枚でも足りないくらい高価なものばかり!!」
「エルフとオーガのみんなから集めて来たんでさぁ! 足りますかい!?」
「……足りるですって? これで病人を治せなかったら薬師の名折れよ。それに私、一応《調合》のスキルを持っているの。未知の薬草だって失敗しないから、安心して!」
「おおっ! そいつぁ頼もしい!!」
マチルダは速やかに薬を調合した。
その手際の良さには、集まって来た領民をはじめ、エルフやオーガからも感嘆のため息が漏れた。
「はい。領主様。これを飲んで下さい」
「ああ、はい。すみませうわっ、苦い!! これ、飲まなくちゃダメですか?」
「カイトー!! 男の子なんだから、ちゃんと飲んで!! みんながすっごく苦労したんだからね!!」
「あ、はい。ごめんなさい」
苦い顔をして苦い薬を飲んだカイトは、そのまま一晩寝ることになった。
翌日になると、熱はすっかり下がり顔色も良くなった虚弱な領主様が戻って来た。
カイトは改めてマチルダにお礼を伝えて、頭を下げた。
噂通りの領主の姿を見て、マチルダは「ふふっ」と吹き出した。
「お礼は結構です。……今日から私もアルゴートの領民ですから! よろしいですよね? 領主様?」
「リザから話は聞いています! もちろんですよ! 歓迎します!!」
アルゴートに足りなかったパズルのピースが、また1つ埋まった瞬間であった。




