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38. 薬師マチルダ



 ユリスが地図を広げて、カイザッハと言う名の街を探した。

 リザも14歳になってから住まいを慌ただしく転々と移して来たこともあり、正確な位置を把握していなかったのだが、その場所を見て一同が驚く。


「あれ、これって。もしかしてだけど。カイトくんのお父さんの?」

「うむ。フェルバッハ領なのだよ。現在はアルフォンス・フェルバッハの治める領地の1つであり、主要都市ではないがそれなりに大きな街のようだね」


 偶然か運命か。奇縁である事は間違いなかった。

 カイトを救うために向かうべき場所が、アルゴートの立場を帝国内で著しく悪化させた元凶である、フェルバッハ家が収めている領地だった。


「カイザッハに行くってカイトくんが聞いたら、怒るかなぁ?」

「……今は好む好まざるを言っている場合ではない。……カイトの命に関わる問題。……ならば、そこが地獄の底でも行くべき」


「さっすが! シエラの言う通りよ! 地獄に挨拶しに行きましょ!!」

「いや、地獄と言うのは喩えなのだよ。と言うか、ネイアは留守番をしておいてほしいのだがね。今回は荒事などないだろうし、ボクたち天使が一斉に出かけてはアルゴートの警備が手薄になる」


「なによぉ! あたしも行きたいー!!」

「……ネイア。……お土産買って来るから、今回は大人しく待ってて」


 唯我独尊な天使であるネイアも、大天使シエラの言う事ならば聞く耳を持つらしい。

 そのあと30分ほど駄々をこねたが、最終的には残留を了承する。


「じゃあ、とにかく早く出かけなくちゃ! シエラちゃん、着いて来てくれる!?」

「……もちろん。……カイトは私の主。……リザは同じ屋根の下で暮らす家族。……放っては置けない」


「やれやれ。ボクも同行しよう。リザくん1人では道中が危険だし、シエラに任せていると交渉に不安が残る。弁の立つ者が必要だと思うのだよ」

「ユリス様! ありがとー!! じゃあ、支度するね!!」


 こうして、カイトを回復させるために3人はアルゴートを発った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 冒険者だったリザと天使が2人の道中は、普段の遠征の倍以上のスピードで歩みを進めていた。

 カイトや他の体力のない同伴者がいない事も理由の1つだが、領主であり家族であるカイトを救いたい思いは、自然とリザの足を軽くした。


「カイザッハについての情報が極めて少ないのだよ。どんな街なのかね?」

「わたしも住んでいたのは小さい頃だったからところどころ忘れてますけど、峠の途中にある街で、行商人の宿場町みたいになってたから、色んな物が集まる街でした!」


「……交通の要衝。……ならば、薬の材料になるものを手に入れるのも比較的容易。……つまり、腕利きの薬師がいてもおかしくはない」

「そうあって欲しいのだよ。無駄足はボクの嫌いなものランキングでもかなり上位にランクインするからね。できるだけ避けたいのだよ」


 リザは両親の顔を知らない。

 捨て子だったからである。


 カイザッハの教会が彼女の実家のようなものだが、そこも既になくなっている。

 モンスターの襲撃を受けた直後に大嵐が来て、教会を含む多くの建物が壊されたてしまったのはリザが13歳の時。

 捨て子を養っていた神父が亡くなったのは痛恨であった。


 1年ほどはリザ以外に数人いた身寄りのない子供たちと生活を共にしていたが、幼い子供は養父母が見つかり、彼女よりも年長者は新天地へと出て行った。

 そうして最後に残ったリザもカイザッハを後にして、冒険者へと転身する。


 紆余曲折あってアルゴートにたどり着いた彼女だが、自分が不幸だと思った事は1度もなかった。

 身寄りがないおかげで強くなれたと思っているし、冒険者としての経験は得難いものだと感じている。


 なにより、カイトやシエラと出会えたことは、人生で最高の幸運だと彼女は考えている。


「待っててね、カイト! 絶対に薬師さんを連れて帰るから!!」


 リザはカイトに対して特別な感情を抱いている。

 それが友愛なのか、恋慕の情なのかは分からない。


 ならば、これから知っていけば良い。

 そのためにも、彼女は汗を拭って旅路を急ぐ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 マチルダ・ルーテンタークはカイザッハで薬師をしている。

 歳の頃は20代後半だが、その腕は熟練の技術が光る。


「マチルダちゃん! ちょいと傷薬を調合してくれるかい? 旦那が屋根から落ちちゃってねぇ!」

「あ、はーい。少し待っていてくださいね。この薬を先に完成させますから。1時間。ううん、30分で済ませます」


 カイザッハでは、医者と薬師がまさに改革を起こそうと躍起になっていた。

 原因は、領主にある。


 以前までは医者と薬師には領主が報酬を支払い、その対価として領民を無償で診察、治療していたのだが、その給与が未払いの状態になって半年が経つ。

 2ヶ月経つ頃には辛抱強く待っていた彼らだったが、半年にもなればもはや是非もない。


 医者や薬師も慈善事業ではない。

 彼らだって食事をしなければ生きていけないし、腕を磨くためにも金がいる。


 そして、ついにカイザッハでは領主の支配から脱却し、医者と薬師で作る組合が街の医療体制を取り仕切る事が決まった。

 つい2週間前の事である。


「お待たせしました。この傷薬を患部に塗り込んで、しばらく乾かしてください。乾いたらもう一度塗って、そのあとは包帯を巻いて。それでも痛みが治まらない場合は、お医者様の診察を受けてください」


 婦人はまず「ありがとうねぇ」とマチルダに礼を言うが、その表情は暗い。

 その理由はマチルダも知っていた。


「医者にかかるとねぇ。やっぱりお金がかかるだろう? あたしたちゃギリギリの生活してんだよ。そりゃあ、お医者様だって生活があるのは分かるけどねぇ」

「あ、はい。そうですね。私も心苦しく思っています」


「別にマチルダちゃんを責めてるんじゃないんだよ? 薬、ありがとうねぇ!」

「はい。お大事になさってください」


 婦人を見送ったマチルダはため息をつく。

 カイザッハの住人は組合の事をよく思っていなかった。

 これまで無償で受けていたサービスが急に高額の報酬を求めるようになったからである。


 住人の気持ちも分かるが、組合も法外な額を請求している訳ではない。

 むしろ、かなり良心的な額で往診を行っている。


「はあ……。息が詰まるわね……」


 マチルダもこの状況にはうんざりしていた。

 組合も、再三にわたり領主へ状況改善の書状を送っている。


 だが、待てど暮らせど返事はない。

 積み重なっていくのは不平と不満。閉塞感であった。

 「いっそ、誰かがこの街から連れ出してくれないかしら」と、彼女は晴れ世話たった空を見上げる。


「すみませーん! ルーテンタークさんのお宅はこちらでしょうか!?」


 そんなマチルダの元を訪ねて来たのは、懐かしい顔だった。

 お互いに数年ぶりの再会だったが、すぐに誰だか分かったと言う。


「……リザちゃん!? 教会に住んでた! そうよね!?」

「はい! マチルダさん、お元気そうで良かったぁー! あの、ルーテンタークさんは?」


 リザが探しに来た腕利きの薬師は、マチルダの父である。

 既に彼が病没しているとは知らずに、リザはその姿をキョロキョロと探していた。



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