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37. カイトの昏倒



 ゴトッという、何かが床に落ちた音で目を覚ましたリザ。

 時刻はまだ夜明け前。


「ふあぁー。カイトぉ?」


 チラりと隣のベッドを見ると、カイトの姿がなかった。

 昨夜も彼が遅くまで仕事をしていた事を知っているリザは、言い知れぬ不安を感じて起き上がった。


「えっ、か、カイト!? どうしたの!? ちょっと、カイト!?」

「……いや。ごめん。ちょっとフラっとしただけで。起こしちゃったか」


 リザがカイトの額に手を当ててみると、明らかに発熱の症状が見られた。

 呼吸も荒く、熱があるはずなのに顔色は青ざめている。


「た、大変! シエラちゃん! 起きて、起きてぇ!! カイトが!!」


 カイト・フェルバッハ昏倒の知らせは、夜明けとともにアルゴート全土へと広がった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「どう!? ユリス様! 分かる?」

「ううむ。ボクも人間の生態にはそこまで精通していないから断言はできかねるのだよ。ただ、重病ではなさそうにも思える」


「だ、大丈夫ですよ。少し風邪でも引いただけですから。大袈裟だなぁ」

「……カイト。……状況は正しく表現するべき。……これは大袈裟ではない。……真っ当な対処。……領主が倒れると領民は困る」


 シエラの正論に屈したのか、反論する余力もないのか。

 カイトはベッドに力なく横たわった。


「カイト様ぁ! ケベルトのじいさんに秘伝の薬もらって来ましたぜ!!」

「まったく、だらしがないわね。気合で治しなさいよ、それくらい。あたしは風邪なんか引いたことないわよ!」


 ヘルムートとネイアも駆けつけて来た。

 アルゴートが発展してきたのはカイトの人徳のおかげであると領民は知っている。


 何百人もが病床の領主を見舞おうと立ち上がったが、それをヘルムートが制した。

 「カイト様に負担かける事になっちまう!」と、彼は理性的に領民たちをなだめる。


 だが、「自分たちのために領主様が無理をしたせいで」と思わずにはいられない領民たちの気持ちも分かる。

 ケベルト秘伝の薬を飲ませて、カイトに布団をかけるリザ。


「カイトは体力がないけど、こんな風に倒れたのは初めてだよ! どうしよ!?」

「……現状、最も医学や薬学に詳しいのがユリス。……そのユリスがお手上げではどうしようもない。……ひとつ案があるとすれば、天空の露草」


 かつてエルフ族の王女アデルナが、重病の父を救うためにその薬草求めてアルゴートやって来た事があった。

 あの薬草ならば万病に効くため、効果的な療法になるだろう。


 だが。


「ボクの記憶によると、天空の露草は採取ランクがSだっただろう? それがこの短期間においそれと見つかるものかね? ほら、この辞典にも書いてある。10年に1度しか生えてこないと」


 事はそう上手くいくばかりではなかった。


「それでも、万が一って事がありまさぁ! オレぁここにいてもお役に立てそうにねぇ! 村の若い衆連れて、森やら山やら回って来やす! オーガさんたちにも助っ人を頼もう!! そんじゃ、リザ嬢ちゃん! カイト様を任せたぜい!!」


 そう言うと、ヘルムートは急ぎ薬草探しの部隊を編制し、近隣の森と山に向かった。


「そだ! エルフさんとかオーガさんに聞いてみるのはどう!?」

「……恐らく、ユリスと同じ事しか言えない。……種族が違うから。……天空の露草みたいな例外を除けば、同じ種族間で行われる療法が最適。……むしろ、下手に手を出すと悪化するかもしれない。……エルフもオーガも、人よりずっと強靭な種族。……根本的な体の造りが違う」


「気合よ! やっぱり気合! 冷たい水でもぶっかけたら元気になるんじゃないかしら!」

「ネイア。君は今回の案件で最も役に立ちそうにないのだよ。静かにしておいてあげたまえ。カイトくんが安眠も出来ないのだよ」


 4人は「うーん」と唸る。

 その中心で寝ているカイトは苦しそうに時々呻く。


「やはり、どこかから薬師を連れて来るしかないのではないかね? と言うか、この領地の人間は皆が丈夫だから思い至らなかったが、医療に長けた者がいないのは大問題なのだよ」


「……ユリスに同意。……天使の祝福でも人の病気は治せない。……でも、アルゴートの近くに領地はない。……さらに、現在アルゴートは帝国といざこざの真っ最中。……そんな場所にやって来る変わり者がいるかどうか分からない」


 その時、リザが閃いた。


「わたしが小さい頃に住んでいた街にね、すっごい腕の良い薬師さんがいたの! あの人だったら、きっとカイトの事を治してくれるよ!」

「そうは言うけどさー。今とリザの小さい頃とじゃ状況が全然違うんでしょ? 来てくれるのかしら? 腕が良いってんなら、なおさらこんな辺境に来たがらないでしょ?」


「ネイア、君ってヤツは。どうして急に正論を吐くのかね。今は細い糸にだってしがみつかなければならない時だと思わないのかね。何もせずにカイトくんがこのままとなれば、色々と不都合が出て来るのだよ」

「不都合ってなによ?」


 ユリスは大きなため息をついて、ネイアに解説する。


「まず第一に、カイトくんが重病だった場合。早急な対応をしなければ命にかかわるかもしれないのだよ」

「なるほどー。人間って弱っちいわねぇ。他にもなにかあるの?」


「……この機に帝国軍が攻め込んで来たら、実に厄介。……迎撃はできる。……だけど、交渉する人間がいない。……領主が倒れていると知れたら、大攻勢をかけてくるかもしれない」

「あー。確かに! 相手が弱ってたらチャンスよね!」


 そうなると、取り得る選択肢は少ない。


 ヘルムートたちが天空の露草を奇跡的に発見する偶然を待つか。

 リザのかつて住んでいた街に向かい、凄腕の薬師に頼み込むか。


 実質、一択の問題であった。


「わたし、行って来る! カイト、待っててね!」

「待ちたまえよ。誰かついて行かなければなるまい。リザくん1人では危険が大きい。まずは場所を確認しよう。その街の名前を教えてくれるかね?」


 リザは答えた。


「カイザッハ! カイザッハって言う街だよ!!」


 目的地は決まった。

 リザの献身に心を打たれた3人の天使たちも今回は一致団結。


 カイト・フェルバッハのために乙女たちが立ち上がる。



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