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36. それぞれの領地



 アルゴートにオーガたちが入植して1ヶ月。

 彼らのもたらしたものは兵力だけではなかった。


 武器作りの巧者と言えば、まず名前が上がるドワーフ族。

 だが、オーガ族も実は武器作りについて非凡な才を持っていた。


 オールマイティに鍛冶をこなすドワーフと違い、オーガは一点特化で武器を作る。

 それが彼らの持つ槍である。


 名前をガエ・ボルグと言う。


 代々受け継がれて来た製法で、頑丈さと切れ味は保証済み。

 さらに特殊なギミックが備わっている。

 柄の先端にあるボタンを押すと、1メートルほど伸縮する。


 これが初見の敵には非常に効果的であり、その有用性を保つためにオーガ族は何百年も門外不出の武器としてきた。

 だが、今回それをアルゴートの領民たちに教える事になった。


 オーガ守備隊の隊長リキドが、里の族長ゴッスに許可を得て、現在ヘルムートたちに使い方のレクチャーをしているところである。


「なるほど、こいつぁすげぇ! 伸びる時の勢いで破壊力も上がるって事ですかい!」

「ヘルムート殿は筋が良い。オーガの里に連れ帰りたいほどだ」


「へへっ、ありがてぇお言葉でさぁ! ですけど、オレにゃアルゴートの領主様の補佐する役目がありますんで!」

「ああ。そうだろうな。アルゴートはいい土地だ」


 つまるところ、リキドをはじめオーガたちもアルゴートの住み心地に慣れて、この都市をすっかり好きになってしまったのだった。

 オーガ族は友好の証になるのならば、秘伝の武器だって内緒にはしない。


「みなさん、お食事を運んできましたよ! もうお昼ですから!」

「こいつぁ! すいやせんね、フレデリカさん!」


「いえいえ。私たちのお仕事は皆さんに料理を振る舞う事ですから。オーガの方たちの好みもようやく覚えてきましたし! リキドさんたちには、魚介のパスタをご用意してます!」

「おお! フレデリカ殿! 感謝します!! あなた方、エルフの作る食事は美味い! 美味すぎる!! もはや我らは里に帰って食事を美味いと感じられるか疑問です!」


 エルフの料理人たちは、新しい仲間であるオーガたちの好みを徹底的にリサーチし、栄養バランスまでしっかりと考えた食事を提供していた。

 強靭な肉体を誇るオーガたちも、この料理には骨抜きにされる。


「あらあら、困りましたね。皆さんも時々里帰りをされるのでしょう?」


 カイトはエルフ、オーガ共に定期的な帰省と人員の交代を認めている。

 アルゴートがいかに住み心地が良くとも、時には故郷に戻りたくなるのが人情と言うもの。


「それが、里から自分もアルゴートへ行きたいと言う者が続出しておりましてな。族長も頭を悩ませておりますよ」

「まあ、そうなのですか。確かに、アルゴートはいいところですものね」


「まったくもってその通り。よもや、人間とエルフとオーガ、そこに天使まで共存する都市がこの世に存在するとは思いもしませんでした」

「カイト様の手腕の賜物ですわね」

「そうですな。あの若者は人を惹き付ける不思議な魅力がある。若いのに大したものです」


 エルフとオーガの世間話を聞いていたヘルムートと領民たちは、カイトが褒められるたびに誇らしい気持ちになっていた。

 半年と少し前までは荒廃した死を待つだけの土地だったアルゴート。


 それを帝国領でも類を見ない都市に作り上げたのは、カイトの力である。

 もっとも、彼はそう言われてもすぐに否定するだろう。


「さあ、ヘルムート殿! 見回りのついでに訓練を続けましょう!」

「分かりやした! お前ら、しっかり学べよ! いざって時の剣であり盾となるのが、オレら領民の務めだぜ!」


 今日もアルゴートは平和であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 一方で、穏やかではない土地もある。


「アルフォンス様! 領民が陳情に訪れておりますが」

「ええい! うるさい! 今はそれどころではない!!」


「アルフォンス様。クレオ様がいらっしゃいました」

「なに!? あやつ、自分の領地を放ってまた面倒事を持って来たのではあるまいな!?」


 ヘルメブルクのフェルバッハ領が勝手に危機を迎えていた。

 全てはアルフォンスが自分で蒔いた種。


 アルゴートの危険性を流布した事に起因している。


 彼は帝国宰相に対する書簡をしたためている。

 アルゴート領主、カイト・フェルバッハの情報を寄越せと、最近は週に2度のペースで使いの者がやって来る。


 気付けばアルフォンスはアルゴートに掛かり切りであり、フェルバッハ領の治世を放置して数か月が経とうとしている。


「父上! ホーランド様から晩餐会の招待状をお渡しするようにと!」



「この馬鹿者が!! 今、貴族の晩餐会に出席できる状況だと思うのか!?」

「ひぃっ!? も、申し訳ありません!?」



 クレオは自分の領地を発展させようともせず、アルゴートを潰すためだけに知己を得た貴族たちのご機嫌を取るのに精を出していた。

 当然だが、領民からの評判は悪くなる一方である。


「ああ、くそっ! 眠い!」

「お眠りになったらよろしいではないですか」


「この大馬鹿者がぁ!! 寝る暇があればとうに寝ておる! ……今となっては、カイトの《目覚まし》があればと思うばかりだ。日に2時間しか寝れぬのでは、思考力が低下して仕方がない!」


 どうにか書簡を書き終えたアルフォンスはクレオにそれを預けた。

 帝国宰相にそれを届けるためにはいくつかの検問を通過しなければならず、彼はそれに対して不平を漏らす。


 アルフォンスは失ってみて初めて、カイトの勤勉さは稀有だったと思い知らされた。


「アルフォンス様。陳情の内容を纏めておきました」

「……そうか。正直なところ、助かる」


 執事長に対して、高圧的な態度を取るのも忘れるアルフォンス。


 陳情で最も多いのは「郊外で魔物が増えて被害が出ている」というものだった。

 続いて「魔物に対応するために若者が徴兵されて生産能力が低下している」と続き、「仕事のないものが犯罪者となっているため、治安が悪化している」と結ばれていた。


 広大なフェルバッハ領。

 毎日のように各所から手紙が届き、その量は既に200を超える。


 もちろん、未読の件数である。


「申し上げにくいのですが、帝国軍の少将からも書状が届いております」

「なんだと……。無視する訳にもいくまい……。寄越せ……」


 疲労困憊のアルフォンス。

 身から出た錆が、少しずつフェルバッハ家に破滅の音を響かせようとしている。



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