34. 崇拝されるネイア
カイトは語った。
アルゴート防衛のために、オーガ族と同盟の関係を築きたいと。
もちろん、アルゴートから出せるものならば、相応の対価を用意するとも言った。
あまりにも急な要請に、オーガたちは黙り込んだ。
ゴッスも同様である。
と言うか、彼は腰が痛くて仕方がないので交渉の相手をカガリに任せて横になった。
調子に乗って酒をガブガブ飲んだのが障ったらしい。
「あの、ちょっと良いですか? すみません、お話の途中で」
カガリがカイトに向けて質問した。
もちろん、彼はそれを受け止める。
「いえいえ、なんでもお聞きください」
「ネイア様が今、アルゴートにおられるんですよね? そうなると、破壊の天使の庇護を受けている訳でしょう? そこで更にオーガの兵が欲しい理由が分かりません。相手が古のドラゴンだって構わずに倒してしまうネイア様ですよ!?」
ネイアはカガリの言葉を聞いて、上機嫌になる。
「あら、あんた見どころあるわね。若いのにあたしの武勇伝知ってるの?」
「は、はい! ネイア様の物語はオーガ族で伝承していて! 私、小さい頃からそのお話を聞くのが大好きで! いつかはネイア様みたいにって本気で思ってた時期もあって!! ……あっ、すみません。つい興奮してしまいました」
「ふんふん」と頷いたネイアはカイトの肩を突いた。
続けて、大声で耳打ちをした。意味があるのかは分からない。
「カイト! カガリ、いい子よ!! 連れて帰るわよ!」
「いや、次期族長だよ、カガリさん。ネイアはお酒でも飲んでて」
カイトは再び話を戻した。
「実はですね、どういう訳か分からないのですが。アルゴートは現在、帝国に狙われている状態なのです。ネイア1人では有事の際に対応できない可能性があります。少しずつ入植者も増えてきており、居住区も拡大している最中でして、強力な味方が欲しいのです」
カイトの誠意ある訴えは、オーガたちにも一応の納得をさせる。
だが、それだけでは話が纏まるはずもなく。
「事情は分かりました。私も里の実質的なリーダーとして働いているので、カイトさんのお気持ちも分かります。……ですが、オーガ族が人間と同盟を結ぶとなれば、前代未聞の事件になります。1日や2日で決められる内容ではありません」
カガリの返答も完璧だった。
カイトを慮り、その上で族長の孫として自分たちの種族を優先する。
至極真っ当な理屈であり、これは交渉が長期化しそうだとカイトは覚悟する。
が、再び破壊の天使がその覚悟を破壊する。
「んじゃさ、こーゆうのは? あたしが定期的にオーガたちを鍛えてあげるわ! その分、あんたたちは交代でアルゴートを守りなさい! 破壊の天使の生レッスンなんてオーガの長い一生でも滅多にないチャンスよ?」
「へぁっ!? ね、ネイア様がストラゴリ休火山に来てくださるのですか!?」
「そうよ! 希望があれば聞いたげる! 拳法を学びたいの? それとも魔法? 言っとくけど、あたしがガチで教えたらあんたたち、この国で無敵になるわよ!」
「カイトさん! そのお話、受けます! 受けさせてください!!」
「ええっ!? ありがたいですけど!? そんな勢いで決めちゃって大丈夫ですか!?」
カガリはその後、30分に渡りこの交渉がどれほどオーガ族にとって有益かを興奮気味に語った。
喉が渇くと酒を飲み、酒を飲むとさらにテンションも急上昇。
「私たちにとって、ネイア様は本当に絶対的な存在なんです! そのお姿を実際に見られただけでも失神ものなのに! 直接戦いの手ほどきを受けられるなんて! 来世の運まで使ってしまったのかと震えています!!」
宴に参加している他のオーガたちも同調する。
「そうだぜ、人間の! ネイア様のためなら、いくらでも守ってやるぜ!」
「オレらの角を見れば、帝国とやらの兵も尻尾撒いて逃げ出すさ!」
「馬鹿だな、お前! 人間には尻尾なんてねぇだろ! がはははっ!!」
こうなってくると、カイトとしてもこれ以上の遠慮は無用。
元よりオーガの協力を得るために遠路はるばる死にそうになって、登山までしたのだ。
「それでは、よろしくお願いします」
「カガリ! あんた話が分かるわね! あたし、そーゆう子好きよ!」
「ひゃ、ひゃい!」
カガリは夢見心地で返事をする。
彼女は今、幸せの絶頂にいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その夜。
カイトたちはカガリの厚意で里に泊まらせてもらう事となった。
疲労困憊のカイトはすぐに眠りに落ちていく。
リザはオーガたちと剣術について議論中。
きっと彼女も強くなりたいのだろう。
そんな強くなりたい乙女がこちらにも1人いた。
「すみません、ネイア様! 夜分にお呼び立てしてしまって!!」
「別に平気よ? あたしたち天使は2、3日寝なくても問題ないもの」
「あの……あのっ!! ネイア様みたいに、私も強くなれますか!?」
「んー。それは無理ね。あたしは世界で1番強いんだから」
カガリは食い下がる。
「じゃあ、世界で2番目に強くなりたいです! どうすればいいでしょうか!?」
「トレーニングして、栄養のあるご飯を食べて、しっかり寝る!」
「そ、それだけですか?」
「そうよ! それが出来たら、人の2倍トレーニングして、人の2倍食事に気を遣って、人の2倍質の良い睡眠を取る! その次は……分かるわよね?」
「……っ! はい! 頑張ります!!」
「あんた、なんでそんなに強さにこだわるの? 今でもそれなりに強いでしょ?」
カガリは心の内をネイアに明かす。
彼女にとってネイアは偉大な天使であり、隠し事など許されないのだ。
「私の角、曲がってて変ですよね? オーガは角が鋭く長いほど優れた個体とみなされる、古い習慣があるんです。みんなは口に出さないけど、次期当主の私が劣等種だったら、きっと色々と思う人もいるはずなんです。だから……! だから、私、せめて誰よりも強くなりたいんです!!」
「ふーん?」
カガリの熱弁に素っ気ない言葉で返事をするネイア。
だが、彼女も天使。時には迷える子羊へ啓示をしたりもする。
実に気まぐれだが、今日は日が良かった。
「じゃあ、あんたの代でさ。作り変えちゃえば良いじゃない、その伝統とか言うの。オーガで最も優れた者は曲がった角を持つって。簡単でしょ? あたしが稽古つけてあげるんだから、そのくらいしてもらわないと困るわ」
ネイアの言葉は、カガリの胸にしっかりと届いた。
「……はいっ! ありがとうございます、ネイア様!!」
「ふふんっ! もっと崇め奉りなさい! 今日は気分が良いから、しばらく話し相手になってあげてもいいわよ?」
「ほ、本当ですか!? 光栄です!!」
それから朝日が昇るまで、2人は多くの事を語り合ったらしい。
その思い出はカガリだけのものであり、他の誰にも知り得る方法はないのである。




