32. カガリ
カイトは朝から地図とにらめっこをしていた。
もう2時間は同じ姿勢で唸っている。
この地図はルズベリーラでアデルナから貰い受けたもので、人間の都市よりも多種族の住処や隠れ里の情報が記載されている。
エルフの文字を読むために、必要最低限の辞書も借りて来ていた。
「カイト、カイト! お昼ご飯にしよっ? 朝からずっと考え事してるけど、ちょっと休憩した方がいいよ!」
「ああ、リザ。ごめん、気を遣わせちゃったか」
「気になるよぉ! 一緒に住んでる家族の表情だもん!」
「ごめん。実は友好的な関係を結べる土地ってないかなと思ってさ」
リザは首をかしげる。
「今のアルゴートって帝国に目を付けられてるんだよね? そんなところと仲良しになってくれる場所ってあるの? わたしだったら気にしないけどー」
「人間の都市だとかなり難しいと思うよ。みんながリザみたいに性格の大らかな人なら良いんだけどね」
「あっ、今、褒められた!? えへへー。照れますなぁー。じゃあ、難しいけど頑張って優しい人たちが済む都市を探すの?」
カイトは「いや」と否定した。
「そんな都市があれば理想的だけど、探すにしても時間的余裕がない。だから、昨日からずっと探してるんだよ。人間以外の種族で友好的な対応をしてくれそうな場所を。エルフとだって同盟を結べたんだから、他の種族だって。行動するのは無駄じゃないよ」
「ふわぁー! すごい、カイト! それって名案じゃない!?」
「ネイアの言葉がヒントになったんだよ。俺の発案じゃない。しかし、どうしたものかなぁ。ドワーフ、リザードマン、オーガ、ドラゴニュート……。テングと言うのは聞いたことがないけど」
そこまで言ったところで、カイトは大きく背伸びをした。
彼には多種族がどのような生き物でどのような気性を持っているのか、ある程度の知識があった。
だが、それは人間が勝手に「そういうものである」と決めつけた情報であり、鵜呑みに出来ない事も理解している。
エルフだって人間の勝手なイメージで「人を寄せ付けず、時として人に害をなす」と学校で教えられるのだ。
しかし、エルフたちは少しばかり排他的な側面はあるものの、気のいい種族だった。
「とりあえずご飯にしようよ! シエラちゃんが食堂に行ってるから、相談してみるのはどう?」
「そうだね。俺が1人で唸っているよりは建設的だ。それに、お腹も空いたな」
カイトはリザと連れ立って食堂へ向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
今日はエルフの料理長であるフレデリカの出勤日と言う事で、食堂は賑わっていた。
そんな中でも目を惹く白い羽。
シエラとネイアが同じテーブルで食事をしているのを見つけたカイトは、お任せ定食を注文してからそのテーブルに加わった。
リザは飲み物を持って来てくれる。
そこで、彼は「多種族について2人の意見が聞きたい」と申し出た。
ユリスもいれば完璧だったのだが、彼女は家に引きこもるとなかなか外に出て来ないので、ないものねだりをしても仕様がない。
「ドラゴニュートがいいわよ! あいつら強いし! 人間大嫌いだし!!」
「ちょっと待った。人間が大嫌いだと俺たちも滅ぼされるよね!?」
ネイアは思い付いたことをそのまま口に出す傾向がある。
時として名案を口にするが、迷案であることの方がずっと多い。
「……今の候補の中であれば、オーガが適役。……それなりの知能があるから、人間相手でもいきなり喧嘩腰にはならない。……それに、交渉役として的確な者がアルゴートにはいる」
「そうなんだぁ! やっぱりユリス様かな?」
「……ユリスも悪くない。……けれど、私の推す者はネイア」
カイトは魚のソテーをのどに詰まらせて、激しく咳き込んだ。
リザが慌てて飲み物を渡す。
「ネイアが交渉!? 歩く解体屋みたいなネイアが!?」
「なによ、それ。すっごく失礼なんですけどー」
「今週だけでユリス様の創った建物を4つ壊したよね?」
「あれは古くなってたから、修理するきっかけをあげたのよ!!」
ネイアと押し問答をしている時間がない事を思い出したカイト。
シエラに話の続きを促した。
「オーガは知性寄りの者と、脳筋寄りの者がいる。ネイアは脳筋族と極めて相性が良い。それに、昔、何か縁があったと聞いた。オーガはエルフほど排他的な種族ではないので、ネイアを連れて行けば話くらいなら聞いてもらえるはず」
「脳筋」の言葉にそこはかとない不安を覚えるものの、シエラの言う事が間違っていた事はない。
ならば、今は少しでも行動すべき時。
「ネイア! 一緒にオーガの里に行ってくれる?」
「オーガね! ネイアさんに任せときなさいよ! あいつらとはマブダチだから! 超よゆー!!」
今回の遠征には危険が少ないと言う理由で、シエラとユリスはアルゴートに残留。
カイトとネイア、そこにリザも加わり、少数で向かう事となった。
付言するまでもない事だが、リザはカイトの介護役も兼務する。
◆◇◆◇◆◇◆◇
オーガの里は山にあった。
ストラゴリ休火山。それが彼らの住まう土地。
火山地帯と言う事もあり、人間が近づくことはめったにない。
気温は一年中40℃近い過酷な環境だが、強靭な肉体を持つオーガ族には問題ない。
「おい! 久しぶりに魚が獲れたぞ!」
「そうか! なら捌かなきゃな! カガリ様!」
水温の高い川に住んでいるホベフィッシュは、彼らの主食の1つである。
3メートルを超える巨大魚で、捌くにはコツがいる。
「あはっ! 大物が獲れたね! すぐに処理するから、燻製にする準備してくれる?」
「へい! そんなら、あっしが!」
彼女はカガリ。
オーガ族の族長ゴッスの孫娘である。
彼女は両親と幼い頃に死別している。
つまり、次期族長と言う大役も担っている。
オーガは角が長く鋭いほど優秀な者だと称えられるが、カガリの角は曲がっており、カチューシャのような形をしていた。
その角を指して、心無い者は「劣等種」などと揶揄するが、彼女は気にしない。
角の良し悪しなどで優劣をつけるなどナンセンスだと、彼女の尊敬する両親が生前に語っていた。
カガリもその通りだと考え、毎日を前向きに生きている。
「そーれっ! ふぅ。これで完了っと! しばらくはおかずに困らないね!」
「カガリ様!」
「うん、どうしたの? もう燻製にする準備できた? 早いじゃん!」
「違います! 違います!! とんでもねぇお客人が!!」
「客人?」と彼女は訝しんだ。
ストラゴリ休火山を訪れる者は少ない。
1年を通しても数人。多い年には数十人の時もあるが、いずれにしても珍しい。
そこに加えて「とんでもねぇ」とは、一体何事か。
カガリは少しだけ表情を引き締めた。




