31. アルゴートの温泉
カイトたちがアルゴートへ帰って来た。
門と一緒にユリスが創った新たな物見やぐらで見張りをしていた当番の男が声を上げる。
「カイト様がお戻りになったぞぉぉぉ!!」
その知らせを受けて素早い動きを見せる者たち。
「リザ嬢ちゃん! 軽食を任せてもいいですかい!?」
「うんっ! ヘルムートさんは回復薬ね! とっても濃いヤツお願い!!」
2人はアルゴートの中でもカイトの生態についてとても詳しい。
人間に限ればカイト有識者の1番と2番である。
「は、はぁ……へぇ……。ああ、良かった。門が見える。今度は幻じゃない……」
「……カイトの意識レベルが低下している。……でも、多分準備は万端。……想定通り。……門の付近にリザとヘルムートを確認」
行きの道中で2度死にかけたカイトが、帰りの道中で2度死にかけるのは道理である。
むしろ、きっちりと体力が仕事を放棄している分、健康な証拠とも言える。
「ほーんと、人間ってひ弱よねー。カイトは特に。あんた、エルフの女の子よりも弱いのね」
「……ネイア。……カイトの長所を身体能力に求めてはダメ。……むしろ、短所があるからこそ長所が輝くと置換すべき」
「はいはい。シエラのカイトについての話も聞き飽きたわよ。あたし、その辺を飛んでくるから!」
ネイアが飛び去ったのと、カイトがパタリと倒れ込んだのはほとんど同時だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「いや、助かったよ。リザ、ありがとう。ヘルムートさんも」
カイトが倒れてから1時間半。
リザの膝枕で回復薬を口に流し込まれて、意識が戻ったら無理やり食事をとらされる。
もはやアルゴートの名物になりつつある、「領主復活の儀」であった。
「もぉ! やっぱりカイト1人で外に行かせるのは心配だよぉ! すぐ死んじゃうもん!」
「いや、死んではないよ? いつも死にそうなところでギリギリ助かってる」
「それよりもカイト様ぁ!」
「俺の命の話をそれよりも!? ヘルムートさんも酷いなぁ」
「ユリス様がですぜ! なんと露天風呂を創ってくれたんでさぁ! なんでも暇だったからとかで! 効能は疲労回復、魔力も回復、傷の治癒促進と盛りだくさん! 一番風呂はカイト様にって話になりやしてね! お待ちしてたんでさぁ!!」
リザとヘルムートに担がれて、カイトは露天風呂に移動した。
そこにはライオンの口から絶えず薬湯が注がれている、確かに入浴施設らしかった。
「俺には分からないけど、風呂って外で入るものなの?」
「なんかね、東の方にある国の施設らしいよ! ユリス様が言ってた! ほらほら、カイト! 一番風呂を味わって来て!!」
回復薬を飲んだとはいえ、疲労感はまだまだカイトの身体を重くしている。
ならば、リザやヘルムート、そして領民の厚意に甘えるのも良いかと思えて来る。
「そういうことなら。代表してまず俺が入り心地を確かめて来るよ」
「はーい! ゆっくりして来てね! でも、のぼせないように!」
リザから着替えを受け取って、カイトは脱衣所へと向かい服を脱ぐ。
3日ほど歩き通しだっため、自分で思っていた以上に汚れていた。
「これは、体もしっかり綺麗にしないといけないな」
まず体を隅々まで洗い清めたのち、カイトは湯船に浸かった。
少し薬湯の匂いが鼻をつくが、気になるほどでもない。
それよりもあまりの気持ちよさに思わず声が漏れた。
「くあぁぁぁ……。これは気持ちがいいなぁ……。蕩けそうだ」
リラックスの極致を満喫するカイト。
油断し切っていた。
「なんなのよ、ユリスてばさっ! あたしが汗臭いとか言うのよ!?」
「……ネイア。……事実と向き合う必要がある。……私たちは現在、清潔ではない」
「う、うわぁぁぁぁっ!? なんで2人が入って来るんだ!? って言うか裸じゃないか!!」
「……? ……カイトの慌てる意味が不明。……風呂とは衣服を脱いで入るもの」
「いや、そう言う事じゃなく! 分かった! 俺が出て行く!!」
「何言ってんのよ、あんた! このネイアさんから逃げられる気? そぉーれ!!」
「ふがっ」
慌てて逃げようとしたカイトは、ネイアに捕獲される。
天使からは逃げられない。
思わぬ混浴が始まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「やー! 肩が凝ってたから、これは助かるわねー! すっごく楽になったー!」
「……性別によって肩凝りの理由は異なる。……特に女は乳房の重さが負担になる事が多い。……ネイアのそれは、多分負担にならない」
「なぁっ!? ちょっと、カイトぉ! シエラが酷い事言ったんだけど!! あたしだって胸あるし! シエラが大きすぎるだけでしょ!?」
「……否定。……ユリスの方が大きい。……私は普通。……例を挙げるとリザは私と同サイズ。……対して、ネイアは微量。……お気持ち程度」
「べ、別に、おっぱいの大きさが全てじゃないでしょ!? あたし強いんだから!」
「……それはそう。……だけど、女にとって胸の大きさはある種のステータス。……ネイアのそれは数値化すると多分残念」
天使のお風呂トークを聞きながら、良識なる領主様はと言えば。
「………………」
耳を塞いで目を閉じていた。
これが紳士として取り得る彼にとっての最大限だった。
「……カイト。……話がある」
「ほがっ!? わ、分かった! 話は聞く! もう耳は塞がない! だから少し離れて!!」
「……カイトは面白い。……初めて会った時も私は裸だったのに」
「そうだね! その時も俺、ちゃんと慌てたよね!?」
シエラは構わずに話を始めた。
それが意外と重要な内容なので、カイトも真剣な表情を取り戻す。
「……今後の方針について考えるべき。……事態はそれほど猶予がない」
「それは確かに。俺も考えてるよ。だけど、既に帝国の朝敵扱いされているアルゴートと和議を結んでくれる都市があるとは思えないんだよ」
バシャバシャと飛沫をあげて温泉で泳いでいたネイアが何の気なしに言った。
「別に人間にこだわる必要ないじゃない。他種族でも候補に入れたらー?」
「……なるほど! それはいい考えだ! よし、早速執務室に戻って立案を!!」
勢いよくカイトが立ち上がるのと同時に、ネイアが領主様の股間に顔をぶつける。
「ふぎゃぁぁぁぁぁぁっ!! あ、あんた、なんてことすんのよ!?」
「ひぃやぁぁぁぁぁぁっ!! こっちのセリフだよ! ひ、酷いじゃないかぁぁぁっ!!」
カイトは半べそをかきながら浴場を飛び出した。
普通、このシチュエーションならば男女は逆なのではと思わずにはいられない。




