30, いつの間にか
「火矢を放て! 相手は魔導士だ!! 見た目に惑わされるな!!」
「おい! 魔法兵をテントから叩き起こしてこい! さっきの地割れを見ただろう!? とんでもない使い手だぞ!!」
炎を纏った矢が飛び交う夜空を見て、まるで花火を眺めてはしゃぐ少女のようなネイア。
シエラは表情を変えず隣に並んだ。
「人間って火使うの好きよねー! あたしがドンディナにいた頃から全然変わってないじゃない! あははっ! ほらほら、もっと撃って来ないと足りないわよ!」
「……ネイア。……火遊びはほどほどに。……この程度、何もする必要はない」
ネイアは楽しそうに飛んでくる矢を一本ずつ掴み取って、兵士たちに見せつけるように派手な動きでそれをへし折る。
対照的にシエラは魔力の防御壁を構築し、その空間に入って来た矢を無表情で抹消する。
「ねえねえ、シエラ! そろそろ反撃してもいいかしら!? もう充分攻撃を受けたわよね、あたしたち!」
「……発想が酷い。……もうネイアの好きにすれば良い。……戦端が開かれた以上、彼らを殲滅しなければならない。……過程が変化するだけで、行きつく結果は同じ事」
ネイアは「やったぁ!」と言って、空高く飛び上がった。
それを目撃した帝国兵も心情的には飛び上がるほど驚いた。
「お、おお、おい! あの魔導士、飛んだぞ!?」
「魔法兵! どうにかしろ!!」
「飛翔魔法だとしても、あれほど自在に空を飛ぶことは不可能だ! 何なんだ、あの娘!」
「待て……。よく見ろ。あの娘、背中に羽が生えていないか?」
帝国兵だって全員が油断している訳ではなかった。
中には敵襲の報を受けて、すぐさま状況分析に取り掛かる者もいた。
そして彼らは気付く。
あれは人間ではないのではないかと。
「あんたたち、さっきあたしを殺す気でかかって来たわよね? 相手を殺そうと思った以上、その相手に殺される覚悟もあるって事でいいわよね?」
破壊の天使が教えを授ける。
実に暴論ではあるが、筋は通っていた。
「怯むな! 撃て、撃て撃て!! 弓兵は矢が尽きるまで! 魔法兵は魔力が枯渇するまでとにかく撃ちまくれ!!」
「了解! くたばれぇぇぇ!!」
「矢が足りん! どんどん持って来い!!」
ネイアは「うんうん」と頷いて、手の平に魔力を溜めた。
それを一気に解放する。
「破壊の力はこんな使い方もあるのよ! 『デストロイ』!!」
ネイアの手の平から放出された魔力は、その範囲にあるもの全てを灰にした。
矢も、魔法も、そして人も。
全てを灰燼に帰す。
破壊の天使の証明であった。
「うわぁぁぁぁ! 化け物!! 来るなぁぁぁ!!」
「全員、走れ! 逃げろ!! 本隊にこの事を伝えるのだ!!」
人だって死に物狂いになればある程度の力を発揮する。
魔法兵たちが一斉に放った光弾はネイアの横をすり抜けて、シエラに向かう。
それをパンと払いのけて、彼女は言った。
「……化け物ではない。……訂正を求める。……私は大天使。……失礼極まりない」
「天使を使役して帝国を転覆させようとしている者がいる」と言う情報は帝国兵の間で共有され、既に常識となっていた。
その天使が今、目の前にいるのだ。
勝てるはずがない。
彼らは全てを放棄して、ただ逃げ惑う。
「シエラ! 今回は最後まで追撃してもいいわよね!?」
「……許可する。……エルフ狩りなどと言う企みを聞いては捨て置けない。……エルフの創るご飯は世界の財産。……それを壊す者を見逃すことはできない」
この場にカイト・フェルバッハがいれば、結果は変わっていただろう。
だが、心優しきアルゴートの領主はいない。
天使たちには慈悲がある。
だが、それは無限に向けられるものではなかった。
アルゴートやエルフたちに与える慈悲は、無慈悲な形で帝国兵を蹂躙した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
カイトはアデルナと2時間ほど話し合った。
途中に雑談も交え、それが存外盛り上がったりしたものだから、気付けば深夜である。
さすがにまずいと「今宵はこれくらいにしておきましょう」と言って、カイトは貴賓室へと引き上げて来た。
「いや、ごめんね、2人とも。ついつい熱が入って……。ん?」
そこにいるはずのシエラとネイアの姿がなかった。
気まぐれなネイアだけならともかく、シエラまで何も言わずに出て行く事は珍しく、カイトは不安に駆られた。
とりあえず食堂と厨房を探してみたのだが、シエラの痕跡は見つからない。
どうしたものかと貴賓室に戻って考えていると、窓から飛び込んで来る者がいた。
何を隠そうシエラとネイアである。
「2人とも! ダメでしょ! 何も言わずにいなくなったら! 俺、心配して探してたんだよ!?」
何やら幼い子供を叱る母親のようなセリフだった。
「……謝罪する。……カイトに許可なく出かけてしまった」
「あ、いや。別に怒ってる訳じゃないんだよ? ただ、書置きくらいは欲しかったなって。それで、夜の散歩でもしてきたの?」
「そうよ! このネイアさんがとびきり派手な夜遊びをしてきてあげたわ! にひひーっ。きっとカイトも驚くわよー!」
「ネイアのくれるサプライズは8割くらい本当に心臓に悪いからなぁ」
シエラはいつの間にかベッドにちょこんと座っていた。
カイトの方を向いて、彼女は質問する。
「……アデルナとの話し合いはどう? ……建設的な意見は出た?」
「かなり本格的な部分まで詰める事ができたよ! やっぱりこちらから打って出ようって話になってね! まずは偵察隊をどうにかしようと思うんだ」
ネイアが悪い顔で再び「にひひっ」と笑う。
天使たちとの付き合いもそろそろ長いカイトは、根拠はないが「何かやったな」と感じたと言う。
そんな察しの良い主にシエラが報告をする。
「……先ほど件の偵察隊と思しき部隊を殲滅して来た。……北西と南東。……カイトが印をつけていた地点にいたから、間違いないと思われる」
「そうかー。それは助かるなぁ。……いや、先ほど!? 俺がいない間に何してたの!?」
「……むぅ。カイトの察しが悪い。……邪魔者を消して来た。……ドヤぁ」
それからネイアによる武勇伝が語られた。
いかに破壊の力をもってして帝国兵を追い詰め、自分の過ちを後悔させたのち命を代償に償わせたのか。
聞いていると気分が悪くなりそうな大活劇であった。
「ええと。さすがに冗談……じゃないよね? シエラは嘘をつかないし、ネイアの話はリアリティがあり過ぎる。……特にネイア。君の想像力じゃそんな作り話はできないよね」
「ふふんっ! そうよ! あたしは体験した事しか語れないんだから!」
「……ネイア。……カイトはあなたの事を小馬鹿にしている」
「えっ、そうなの!? ひどいじゃない! あんたのために頑張ってあげたのにぃ!!」
カイトは呆気にとられながらも、考える。
結果論になるが、これで良かったのかもしれないと。
偵察部隊の全てを殲滅したとなれば、何かしらのリアクションが帝国軍から返って来るだろう。
それを待ってから次の一手を思案するのは悪くないようにも思えた。
カイトは自分のために骨を折ってくれた2人の天使に謝意を伝える。
「シエラ、ありがとう。ネイア、助かったよ」
「……カイトのためならば、この程度の事は容易い。……ドヤぁ」
「やっとカイトも破壊の力の素晴らしさに気付いてきたようね! もっとあたしを崇めなさい!!」
その夜、2人は眠りに落ちるまでの間ずっと上機嫌だったと言う。




