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27. アデルナの呼び出し



 フェルバッハ家に出掛けていたクレオが血相を変えて帰って来た。


「クレオ様のお帰りだ! 門を開けよ!!」

「ええい、うるさい! さっさとしろ!!」


 彼は苛立っていた。

 普段から不遜な態度であるが、今日はひと際である。


 門が開くなり門番を罵倒して、ついでに「このグズが!」と吐き捨てて去っていく。

 門番たちが「今思えば、カイト様って優しかったよな」と噂している事をクレオは知らない。


 多分、一生気付かないのだろう。


「ち、父上! 父上はどこにおられますか!?」

「クレオ様、どうなさったのですか? アルフォンス様なら執務室におられますが」


「そ、そうか! おい、そこのメイド! 水を寄越せ! 早くしろ!!」

「は、はい! どうぞ!」


 舌打ちをしてそれを受け取り、一息で飲み干したクレオ。

 彼は執務室の扉をノックした。


「おお、クレオか。その様子だと、何かアルゴート関連で動きがあったな!?」

「は、はい! 父上、心してお聞きください!」


 クレオは大きく息を吐き出してから、意を決して言った。



「帝国軍の先遣隊が敗走したそうです!!」

「……なんだと!? 冗談にしては笑えんぞ。帝国軍が!?」



 クレオは既知を得た貴族からもたらされた確かな情報であると前置きしてから、父にその凶報を伝えた。

 いつものように怒り狂うかと思われたアルフォンスだったが、それは最初だけであり、話が進むにつれて顔色が悪くなっていった。


「帝国軍第13部隊と言えば、他国との戦争も引き受けるエリート部隊ではないか。たとえ先遣隊とは言え、その第13部隊をもって攻めたにも関わらずか……」

「さらに悪い事に、報告によれば天使はもう1人いたと……」


「2人目の天使……確かカイトもそう言っていたな」

「父上。まだ話には続きがございます。恐らく、3人目もいるだろうと……」



「このバカ者が! 1度に言わんか! 2度もショックを受けたではないか!!」

「も、申し訳ございません! 段階を踏んだ方がお心に負担がかからないかと思い……!」



 こうなってくると当初彼らが描いた青写真が怪しくなってくる。

 アルフォンスは人間性に褒めるべき点がないものの、その知略は優秀であり、事態の深刻さを理解し始めていた。


「こうなったら、兄上を暗殺いたしますか?」

「愚かな……。貴様、この上どうしてそのようにリスクの高い提案ができるのだ」


 カイトが使役、もしくはそれに近い形で天使を3人も従えている現状を鑑みて、もしもカイトを亡き者にしようとすれば、アルゴートに一時的な混乱と停滞をもたらす事は可能だろう。


 だが、アルフォンスの目的はあくまでも「天使の力を得る」事であり、クレオの提案は「アルゴートを壊滅させる」事が目的となっていた。

 論点がすり替わっている。


 仮にそのような策を実行して、まかり間違い成功したあかつきにはどうなるか。

 まず間違いなく、天使たちの怒りの矛先は首謀者へと向かう。


 帝国に向かえばまだ良いが、天使は人をはるかに凌駕する存在である。

 いずれ必ずこの策を立案したフェルバッハ家へとたどり着くだろう。


 そうなればもはやこれまで。



 フェルバッハ家は滅亡し、アルフォンスとクレオは命を奪われる。



「クレオ……。これは少々まずい事になったぞ。方針を変更する必要が――」

「失礼いたします! アルフォンス様! たった今、帝国宰相閣下より書簡が届きました!!」


 会話を遮られた事に対して腹を立てる暇もなく、アルフォンスは心臓を冷えた手で握られたような感覚に襲われた。

 帝国宰相と言えば、現在の実質的な政治権力のトップである。


「な、何と言うことだ……」

「どうなさったのですか!? 良いではありませんか、アルゴートに再び侵攻するのでしょう?」


「馬鹿が……。読んでみろ」

「はい。拝見します」


 そこに記されていたのは、考え得る中でも最悪のケースであった。

 端的にまとめるとこうなる。


 1つ。アルゴートの存在に対して皇帝陛下が大変憂慮している。

 現領主はフェルバッハ家の長男のようだが、一切の忖度はしない。

 ついては今後、フェルバッハ家にも協力を要請する可能性がある。


 これは要請と言う名の命令である。


 2つ。アルゴートにはエルフが入植している事実が確認された。

 帝国では多種族との共存は認められていない。

 後の憂いを残さぬためにも、エルフの国本土への侵攻も辞さない。


「とんでもないことになってしまった……。天使が複数いて、エルフとも友好関係にあるだと? カイトめ、これほどの事をしていたとは……」

「しかし、兄上の罪でしょう? 僕や父上に責任はないのでは?」


「……ある。アルゴートの領主に任命したのは誰だ。他ならぬ私だ。しかも、アルゴートは元々フェルバッハ家の領地。つまり、カイトが帝国によって討たれたのち、間違いなく我らフェルバッハ家にも何かしらの……。いや、ヤメよう。まずは書簡に対する返事をせねば」


 エルフと事を構えるとなれば、いよいよ事態は深刻を極める。

 異種族との戦争となれば、長い帝国の歴史の中でも類を見ない未曽有の騒乱である。


 アルフォンスは今になって、ようやく自分の策が取り返しのつかない事態に及んでいる事を理解した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 アルゴートでは帝国軍の襲来から一夜明けて、守衛を務めていた男たちの怪我の手当てが今日も行われていた。

 彼らが体を張って帝国軍を押し留めたおかげで、女性や子供、年寄りに怪我人は出ずに済んだのだ。


「カイト様ぁ! 新しい傷薬でさぁ!」

「ありがとう、ヘルムートさん。みんなも疲れただろうから、休息を取ってください」


 怪我人の処置はユリスが受け持ち、リザが助手としてテキパキと働いている。

 シエラは「……魔力を使い過ぎたので食事に専念する」と言い残して、食堂に入り浸っていた。


「ちょっと、カイト! アルゴートってあんなに敵がいるの? だったら最高の土地ね! やー! あたし目覚めて良かったー!!」

「よくないよ! ネイアには悪いけど、敵なんて作るつもりはなかったんだ。どこでどうなって帝国の敵扱いされているのか分からないけど、これは困ったなぁ」


 昨日の襲撃くらいならば、シエラかネイアのどちらかで対処できる事は分かった。

 だが、そもそも帝国軍に襲撃されること自体が問題なのだ。


「カイト様! ちょいと来てくだせぇ!!」

「おっと、ヘルムートさんだ。休んで良いって言ったのに。俺は行くけど、ネイア? 怪我人に障るから暴れないようにね」


 「えー」と不満げな声を上げるネイアに手を振って、カイトは居住区の入口に向かった。


「どうしましたか?」

「こいつを見てくだせぇ! エルフの嬢ちゃんが今、持って来てくれたんですがね。カイト様宛の手紙みたいなんでさぁ」


 そこには帝国の文字で確かに「カイト・フェルバッハ様」と書かれていた。

 差出人を確認すると、エルフの国の王女、アデルナからだった。


「……これは。ヘルムートさん。昨日の今日で本当に申し訳ないんですが、少し留守を任せてもいいですか? ユリス様とリザも残して行きますので、万が一の際にはお願いします」

「どうしたんでさぁ? 緊急事態ですかい?」


 カイトは「そのようです」と答えた。

 手紙には、要約するとこう書かれていた。


 「急ぎお話したい事がございます。ルズベリーラまでご足労願えませんか」と。



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