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26. 帝国軍の襲撃



 穏やかな朝だった。

 昨夜も遅くまで書き仕事をしていたカイトは《目覚まし》を発現させる。


 重たい瞼が軽くなり、頭の中の靄が晴れていく。

 今日も1日頑張ろうと背伸びをすると、何やら外が騒がしかった。


「ふわぁー。カイトぉ? どうしたの? おはよー」

「あっ、ごめん。つい《目覚まし》使っちゃった。起こすつもりはなかったんだ」


「えへへ。平気だよー。カイトが頑張ってる時はなるべく一緒に起きていたいもん!」

「もうこのスキルを付与されて長いのに、未だにこういうミスをするんだよね。まだまだ俺も未熟だな」


 リザと朝の挨拶をしていると、何やら怒鳴り声が聞こえてくるではないか。

 カイトの脳裏には先の野盗襲撃の記憶が蘇る。


 だが、今回の相手は野盗ではない。

 整然とした態度であり、怒鳴っているのはヘルムートたちだった。


「ですから! 分かんねぇ人たちだな、あんたらも! うちの領主様は昨日も遅くまで仕事してたんだ! せめて昼まで待ってくだせぇ!」

「ならん! 我々は皇帝陛下の勅命を受けてこの地に参ったのだ!」


「皇帝陛下がどんだけ偉いのか知れませんけど! 失礼じゃねぇですかい!? まずは門で待って、領主様の許可が出てから入るのが筋ってもんでしょうが!!」

「黙れ! 貴様と話していても埒が明かん! 領主の家はここで間違いないな!?」


 カイトがカーテンの隙間から覗くと、そこには大勢の人間がいた。

 彼らは軍隊であり、前列に重装兵が並ぶ。

 後列には魔法兵が同じように、規則正しく立っていた。


 彼らの鎧やローブには帝国のシンボルマークが描かれており、どうやら本物の帝国軍と見て間違いないようである。


「何事だろう。まあ、何にしても俺が行かないと騒ぎは収まりそうもないな」

「平気かなぁ? なんだか、すっごく怒ってない?」


「んー。どうだろう。まあ、アルゴートは帝国の拠点のどこから来ても相当な距離があるからね。ハズレくじを引いて苛立っているのかもしれないね」


 そう言って、カイトは身なりを整えて扉を開けた。


 ベッドで寝ていたシエラがいつの間にかリザの隣に立っており、彼女に耳打ちする。

 それは、とても不吉な大天使の予言だった。


「……リザ。……いざと言う時に備えて準備を。……外の人間から激しい憎悪の念を感じる。……多分、カイトがまた面倒事に巻き込まれたと見た」

「ふぇっ!? た、大変! 分かった、すぐに支度するね!!」



◆◇◆◇◆◇◆◇



 カイトが家から出てくると、ざわついていた領民が静かになり、張り詰めた空気が場を支配した。


「俺がアルゴートの領主。カイト・フェルバッハですが。どういったご用件でしょうか?」

「貴様が……。若いな。いや、外見で判断するのは危険か。カイト・フェルバッハ。貴様に皇帝陛下からの勅命を申し渡す!」


 身に覚えのないカイトは、急に出て来た皇帝の名前に少しばかり怯んだ。

 彼も貴族の家で生まれ育った身であるため、帝国において皇帝の力がどれほど強大かは理解している。


「私は帝国軍第13部隊所属、先遣隊のクラナッハ中尉である! アルゴートに対する領地殲滅、領民捕縛の命を受けて来た! 領主は速やかに投降し、この地を明け渡せ!!」

「なっ!?」


 あまりの急展開に思考が追いつかないカイトであったが、領民まで捕縛しようと言う穏やかではない命令に「そうですか」と下るような彼ではない。


「いきなり現れてそのように乱暴な命令を聞けるはずがないでしょう! そもそも、アルゴートを殲滅!? どういった理由でですか!? お聞かせ願いたい!」


 クラナッハは眉も動かさずに紙を取り出した。

 そして、続ける。


「アルゴートは帝国に対して重大な反逆行為の準備があるとの情報が各所から上がっている。皇帝陛下も憂慮された結果、煙が立つ前に火種を潰すことになさったのだ!」

「反逆行為!? 冗談じゃない! 何かの間違いです!」


「隊長! あちらの見慣れぬ住居にて、エルフ族を確認しました!」

「そうか。カイト・フェルバッハ。これでもまだ言い逃れができると思っているのか? エルフとまで手を結んでいたとは。この売国奴が!」


 カイトはなおも反論する。

 「エルフと共存してはならない法がどこにあるのか」と叫び、「彼らはこの地の大切な住民です」と結ぶ。


 クラナッハは「是非もなし」と判断したらしく、エルフたちの家に向けて手を振りかざす。

 続けて魔法兵に命じた。


「エルフは厄介だ。先に始末せよ」


 カイトは耳を疑うと同時に、事態の深刻さを理解した。

 ここまで強硬な態度を崩さないと言う事は、本当に帝国本体からの命令で彼らは動いているのだと。


 ならば、ここでの議論など既に意味をなさない。


「やめろ! やめてくれ!!」

「魔法兵! 『スパイクアロー』! 撃てー!!」


 次の瞬間、家からシエラが飛び出した。

 彼女は珍しく不快感を隠そうとせず、上空から帝国軍を見下ろしたのち、短く呟いた。


「……目標補足。……『ホーリーブロック』。……魔法力反転」


 シエラの構築した光の壁は、魔法兵が撃った『スパイクアロー』を全てはね返す。

 クラナッハの表情が変わった。


「本当に出たか……! 大天使……!! 総員、目標を変更する! あの空を飛ぶ天使を撃墜せよ!!」

「……愚か者もここまで度が過ぎると逆に哀れ。……ネイア」


 シエラが指笛を吹くと、破壊の天使ネイアが降臨する。

 緊急時のサインは彼女たちの間で決まっていたのだ。


「なにこいつら! シエラ、これって敵? 人間ってどれも一緒に見えるからさー! どれが敵か教えてくれるかしら!!」

「……あの不細工なマーク。……あれが付いている鎧やローブを着ているのは全て敵。……領民のみんなに怪我させちゃダメ」


 ネイアは「はいはい! 了解!」と返事をすると、急降下して魔法兵の隊列に襲い掛かる。


「あんたたちは先に潰しといた方が良さそうね! 『デストロイ』!!」


「う、うわぁぁぁ!! 地面が割れて!?」

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!! 隊長! これは無理です! た、助け……!!」


 クラナッハの判断は早く、正確だった。


「全軍、一時退却! 先遣隊としての任務は果たしたものとする! 全員、命を守る事を第一に馬がいる地点まで急げ!!」


 好き勝手に無作法を働いて帰りたくなったら帰る。

 それでは勘定が合わないとネイアは考えた。


「ちょっとあたし、こいつら追い払って来るわね! そぉぉれ! 『デストロイ』!! あたしは破壊の天使、ネイアさんよ! 痛い目に遭いたくなかったら、2度と来ない事ね! や、あたし的には来てくれてもいいんだけど!!」


 ネイアの追撃を止めようとするカイト。

 それを制するのはシエラ。


「……カイト。……これで良い。……今は徹底的に追撃させて、この地に手を出せない印象を植え付けるのが大事」

「そうか……。そうだね……」


 結局、帝国軍の先遣隊はシエラとネイアの活躍で呆気なく撃退に成功した。

 だが、「帝国に朝敵と認定された」事実は、カイトの心に暗い影を落とすのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 どうにか逃げおおせる事に成功したクラナッハ小隊。

 兵の3分の1を失っていた。


 彼は端的に状況を見定める。


「天使は1人ではなかったのか。少なくとも2人確認できた。もしかするとまだいるかもしれん。急ぎ本陣に帰還し、報告するぞ! ついて来れない者は捨て置く! 私に続け!!」


 この一件は、これから始まる大きな騒動のほんの始まりに過ぎない事を、この時点では誰も把握していなかった。



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