25. アルゴートの拡大
ネイアがアルゴートに住まいを構えて10日ほど経った。
ヘルムートがリーダーを務めるシャイオット狩り部隊が近くの森から帰って来る。
「お疲れ様です。どうでした?」
「カイト様! へへっ、今日も大量でさぁ! なにより、魔物が減ったってのはありがてぇ! 今日なんて1匹も出会いませんでしたぜ!」
「ネイアのおかげだね。暇を見つけてはこの辺りのモンスターを狩ってるみたいだから」
「でも、シエラ様が怒ってましたぜ? ……私のご飯の分まで破壊する。……ネイアはバカ。とかなんとか!」
アルゴートの周辺には多くのモンスターが住んでいた。
辺境のさらに僻地である。
モンスターもさぞかし住み心地が良かっただろう。
彼らにとっては気の毒な事に、最近アルゴートに入植して来た破壊の天使はひたすらにモンスターの生息域を消滅させて回っていた。
アルゴートが生まれる前から存在する彼らが駆逐されるのは理屈が通らない気もするが、ネイアが「あたしの方がもっと昔から生きてるし!」と力強い屁理屈でこの問答も破壊して見せたので、カイトはもう何も言わない。
ヘルムートが言っていたように、シエラの好む獣型のモンスターまでネイアは破壊してしまうので、その点についてシエラが一昨日から説教を続けていた。
今日は手土産に猪型のモンスターを持って帰って来たので、ネイアも根気強く話せば分かってくれるらしかった。
「おー! カイトとヘルムート発見! なにやってんのよ! 戦争の準備!?」
噂をすれば破壊の天使。
「そんな物騒な事しないよ。アルゴートの名産品を採って来てもらったの」
「ああ! なんかよく分かんないけどキノコね!」
「そう、そのキノコ。ネイアも毎日食べてるでしょ」
「確かに美味しいわよね。でも、エルフが料理したら何でも美味しいんじゃない?」
ネイアは身も蓋もないことを言う。
「ねーねー! カイト! カイト!! あたし暇なんだけど!」
「モンスターと戦ってるじゃない。毎日色んな種類と」
「モンスターなんてあたしの相手になんないわよ! 仕方がないからシエラに手合わせしてって言ったら無視されるしー! さらに妥協してユリスのとこに言ったら、なんかよく分かんないけど塩投げつけられたわよ!」
東の果てにある国では、忌々しい客が訪れた際に塩を撒いて祓い清める風習があるのだとか。
カイトは「さすがユリス様は物知りだなぁ」と感心した。
「おや、ここにいたのか。カイトくん、少し良いかね? 農作物の生産量について話が……。脳筋がいたのだよ」
「あー! ユリス! さてはあたしとやる気ね!? よーし、かかって来い!!」
「やれやれ。かかっては行かないのだよ。カイトくんも時間の無駄遣いをしていないで、ボクと建設的な討議をするべきなのではないかね」
「あたしだって難しい話くらいできるわよ!」
「ふむ。たとえば?」
「えっ!? そうねぇ……。アルゴートってさ、狭くない?」
ネイアの軽い発言が領主の琴線に触れた。
「確かに……。これまでは入植者に向けたアピールポイントばかりを考えていたけど、アルゴートは盆地で居住区はこれ以上増やせない……! うわ、これって結構重大な問題じゃないか!」
カイトはアルゴートを帝国一番の都市にしようと考えている。
ならば、必然的に人口も増えていくことになる。
それなのに、住む場所が足りないとは本末転倒ではないか。
「ユリス様。ネイアがすごくいい事を言いました」
「聞いていたよ。聞いてしまったのだよ。この脳筋天使は昔から、急に物事の核心を突くことがある。本人は特に考えずに口にするからたちが悪いのだよ」
「考えてますー! 広かったらさ、もっと暴れられると思うのよね、あたし!」
「何も考えないどころか、危険な思想が渦巻いていますが?」
「分かった。ボクとカイトくんで領地の拡張について話し合おうじゃないか」
それから2日ほど、カイトとユリスはリザやヘルムートも交えて領地拡大計画の立案書を作り上げた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
前述の通り、アルゴートは盆地。周囲は頑丈な崖で囲まれている。
つまり、居住区を増やすには新しい土地が必要となるのだ。
「ネイア。崖を削ってくれる? 大ざっぱにでいいから。そうしたら、ユリス様が創造の力で地面を舗装していく」
「崖かー。まあ、破壊するにはちょっと刺激が足りないけどー。とりあえず力を使えるならいっか! じゃ、やるわよー! でりゃあっ!!」
この日から、アルゴート拡大計画がスタートした。
盆地の外の森や山にもいずれは手を伸ばす予定になっているが、まずはなるべく一塊の都市としての形を作りたい思惑がカイトにはあった。
先日の野盗襲撃事件のように、どこかの不埒な輩が攻め込んで来た時に都市を縦長にしてしまっては防御力の脆弱な部分が生まれてしまう。
よって、まずは崖をある程度まで壊して、盆地の拡張を試みる事になった。
「うりゃ! たぁっ! そりゃあっ!!」
ネイアは毎日崖を削る。
彼女なりに手加減をしてくれているらしく、それほどの被害もなく計画は進む。
「カイトくん……。ボクの創った新しい家がネイアの投石で壊れたのだが……」
「またですか」
「これで八軒目なのだよ」
「分かりました。俺が言います。ネイア! ちょっと来てくれる!?」
崖と戯れていたネイアが地上に降りてくる。
「なによ、カイト。あ、分かったー! あんたもやりたくなったんでしょ? いいわよ! あたしがレクチャーしてあげるわ!」
「いや、俺にはちょっと早いかな。そんな事よりも、ユリス様が創った建物にやたらと岩が飛んでくるんだけど?」
「気付いた!? 実はね、狙ってたのよ! 1回で壊せたら100点! 2回連続だと追加で50点のボーナス!!」
「カイトくん……。ボクには脳筋が何を言っているのか分からないのだよ……」
カイトも天使たちに揉まれているうちに、いつの間にか交渉術に長けてきていた。
彼はユリスに的を創らせて、ネイアにはそこに投石をするように言い聞かせる。
得点に応じてその日の食事が豪華になると言う遊びの要素も加えた。
結果としてそれが功を奏し、作業効率はアップ。
予定していた1週間を待たずに土地の拡張が完了した。
「いくつか家も建てたことだし、そろそろこれを創らなければならないだろう」
「なによ? ユリス、何創るの!?」
「これは君にも壊せないのだよ。……よし。どうだね。やはりこれがなくては。これから先、アルゴートは天使の住まう土地として発展していくのだからね」
ユリスの創りだしたものは、銅像だった。
シエラを真ん中に、両脇にユリスとネイア。
3人の天使が並んでいる、アルゴートのシンボルが誕生した。
それをアルゴートの中心にある噴水の前に設置すると、なかなか良い塩梅である。
この像を見たいと言う目的で人が押し寄せてもおかしくないクオリティだった。
「忙しくなってきたな! 俺も頑張らないと!!」
カイトは天使像を眺めて、やる気を滾らせる。
アルゴートを開拓し尽くして天寿を全うした際には、自分の像もそっと隣に作ってもらえると嬉しいなと、良く晴れた空を見上げて彼は考えた。




