23. ネイアの力
ユリスとネイアの口喧嘩は収まる気配を見せない。
それを座って眺めていたカイト。
隣にシエラがやって来た。
「本当に仲が悪いんだね。あの2人」
「……そう。……でも、本当に仲が悪ければ口論もしない。……その点を考えると、関係は悪い寄りの良い」
「ますます分からなくなって来た。天使にも色々いるんだなぁ」
「……それはそう。……天使と言う概念で存在している私たちが全員同じ個体のはずがない。……そこは人間と一緒。……個性がある」
シエラはエルフの料理長・フレデリカに渡されていた彼女専用の弁当箱からパンを取り出した。
「……このサクサクしたパン。……私は好き」とオヤツを食べる大天使。
「まったく! 久しぶりに言葉を交わしたが、君は本当に中身のない事ばかり口に出す! もう少し何を喋るか吟味してから実行に移せないのかね!?」
「余計なお世話ですー! あんただって、よくもそんなに憎たらしい口調をキープできるわね! 頭の中に嫌味なセリフが詰まってるんでしょ! あー、やだやだ!!」
永遠に続かのように思われた口喧嘩だったが、先に折れたのはユリスだった。
視界の端にカイトが見えたらしく、「そう言えばボクは彼のためにここまで来たのだった」と思い出したらしい。
「やれやれ。もう疲れたのだよ。ネイア。そこにいる人間が君を起こしてくれた恩人だ。名前はカイト・フェルバッハ。若いが有能なアルゴートと言う地を治める領主なのだよ」
ネイアは「あたしの勝ちね!」と嬉しそうにしたのち、カイトの前にやって来た。
「あんたがねぇ? まあ、ユリスは無駄な情報ばかり言うけど、嘘はつかないし。信じたげるわ。それで、どーやってあたしを目覚めさせたのよ? あんた、神官や僧侶には見えないけど?」
カイトはいつものように、《目覚まし》について説明をした。
「多分伝わらないだろうな」と思いながら。
「はぁ? 意味分かんないんだけど! 人間のスキルごときでこのネイアさんが目覚めさせられたって言うの!? もっと笑えるジョークの方があたしは好みだわ!」
やっぱり伝わらなかった。
ここで出番が訪れるのが大天使であるシエラ。
「……ネイア。……カイトの言う事は全て真実。……私も封じられていたところを、カイトのスキルで起こしてもらった。……ユリスも同様。……そして私はカイトに使役されている。……主の悪口を言うのはネイアであっても見過ごせない」
「ええっ!? ちょ、ちょちょ! 待って! ちょっと色々と信じられない事が!! まずシエラ! あんたって封じられてたの!? 自分から眠ってたわけじゃなくて!?」
「……そう。……ただ、記憶がまったくないから、誰がどうやって私を封じたのかは不明」
「そうなの。大変なのね。って、そうじゃないわよ! 大天使のあんたが、人間に使役されてんの!? このヒョロヒョロした人間に!? あ、ごめん! ええと、無駄を極端に削ったボディの人間に!?」
ネイアは彼女なりにしっかりと気を遣った。
気を遣おうが相手を傷つけることがあるのは、天使も人も同じだった。
「ええと、発言しても良いでしょうか? ネイア様?」
「あ、いいわよ? 礼儀正しいのね」
「ありがとうございます。ええと、シエラの言った事は全てが本当の事でして。俺の《目覚まし》は誰に言ってもそんなスキル知らないと首を振られるくらいレアなものみたいなんです」
「へぇー。まあ、ユリスだけじゃなくてシエラまで封印から起こしたって言うなら、大したものね」
カイトは重ねて「ありがとうございます」と頭を下げた。
「そこでですね、ネイア様。突然ですが、俺の領地に来ていただけませんか?」
「はぁ? それは嫌! あたし、ドンディナが気に入ってんのよ!!」
ユリスが「やれやれ」と何度目か分からないため息をついた。
「ネイア。よく周りを見て見たまえよ。この荒れ果てた土地が気に入っているのかね? だとしたら、眠っている間に嗜好が変わってしまったと諦めるが」
「何言ってんのよ。ドンディナは金と賭博で栄えた眠らない都市で……ってぇ! ふぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!! あたしのドンディナ、滅びてるじゃん!!」
ネイアはよろよろと地面に降り立ち、宿っていたかつての都市の荒廃ぶりに落胆する。
シエラが言った。
「……それは当然。……どうやら、私たちが活動していた時代から数百年が経っている。……人間の寿命は短い。……そして、都市の寿命も」
「うぅ……。あたしのドンディナがぁぁ……」
カイトとユリスはアイコンタクトで意思疎通を試みる。
「勧誘するならばここしかない」と。
「ネイア様。良ければ俺の領地に住みませんか? まだまだ発展途上ですが、領民たちも活気に溢れていますし、歓迎させて頂きます」
「住み心地はこのボクが保証するのだよ。君の好きな戦いもできる。絶えずモンスターが襲って来る土地な上に、近頃は人間まで跳梁跋扈しているのだからね」
ネイアは秒で答えた。
「行くっ!! いきなり起こされた上にこんなところで置いてきぼりは嫌よ! 連れて行きなさい!!」
これほどまでに利害が一致すると交渉もスムーズである。
カイトは早速アルゴートについて「うちの領地の良いところ」と題して語り始めた。
そんな彼の背後には、凶暴な肉食獣型のモンスターが何十匹も集まっているのだが。
それに気付くのはあと1分ほどかかる。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「おわぁ!? なんだこの数!? どこから出て来たんだ!?」
モンスターに気付いたカイト。
驚き戸惑う人間を真実に導いてあげるのが天使。
「ずっといたじゃない。気付いてなかったの?」
「……カイトはただの人間。……戦士じゃない。……無理を言ってはダメ」
「ボクは話の腰を折るのはどうかと思い、黙っていたのだよ」
「教えてよ!!」
カイトの言い分はもっともだった。
人はモンスターに囲まれると委縮する。
領地の良いところがどこなのかも忘れるほどに。
「それじゃ、あたしの魔法を見せてあげるわ! せっかくだから見ておきなさい、カイト! おりゃあっ! 『デストロイ』っ!!」
ネイアが魔力を込めた拳を振るうと、あるモンスターは灰になり、別のモンスターは全身から血を噴き出し、カイトの目の前にいたモンスターは爆発四散した。
「どうよ! これがあたし! 破壊の天使、ネイアさんの実力よ! 用心棒としてこんなに頼りになる天使はいないわよ! それに何より、あたしみたいな可愛い天使がいるってだけで、領地の価値も上がるってもんだわ!!」
ユリスは呆れてネイアの情報を総括した。
「このように、品はないけれどもね。実力だけはボクも認めている……。と言うか、認めざるを得ないのだよ。分かったかい、カイトくん」
アルゴートの守護天使として、この上なく強力な後ろ盾を得る事に成功した瞬間であった。




