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21. ユリスの旧友



 フェルバッハ家では、アルフォンスとクレオが「アルゴート滅亡」の報を今か今かと待ち構えていた。


 数日後、執事長が密書を気まずそうな表情で持参した。

 アルゴートを野盗が襲ってから5日ほど経っていた


「おお! 早く寄越さんか!」

「父上、どうでしたか!?」


 期待の眼差しが失望の色に変わり、更に憤怒の様相を呈して来たところでクレオはおおよその事情を理解した。

 まず、近くにあった骨董品などを執事に移動させる。

 代わりに銀の食器をテーブルの上にそっと置いた。


「ふっ、ふざけおってぇ!! あれだけの金を払ったのに、家の一軒も焼けませんでしたと抜かしおるかぁぁ!! クズどもがぁぁぁ!!!」


 アルフォンスが叩きつけた銀のフォークが絨毯に突き刺さる。


「落ち着いて下さいませ、父上! 良かったではありませんか!!」

「なにが良いものかぁ! クレオ、貴様も私を苛立たせるつもりか!? 愚かな兄と同じように!!」


 怒髪天を衝くアルフォンスにクレオは整然と意見具申を求めた。

 「僕の考えを聞いてからお怒りになってください」と言った彼は、実に卑しい考察を父に聞かせる。


 よく自分の父親の性質を理解している証である。

 彼はこうも言った。「愚かな兄上と僕は違いますよ」と。


 確かに、今のクレオの表情は醜い悪魔のようでありカイトとは似ても似つかない。


「これは良い判断材料になったと考えるのです。野盗やその辺にいるならず者ごときでは、アルゴートを征服できない。それがハッキリと分かりました。逆に考えると、大天使の力の強大さをしっかりと確認できたではありませんか」


「……確かに。大天使の前には人間など無力のようだ。相手をするならば軍隊でも率いていかねばなるまい」


 クレオは大袈裟に驚いて見せる。

 「さすがは父上! お気付きでしたか!!」と。


「軍隊を相手にさせれば良いのです! こういう筋書きはいかがですか? アルゴートは帝国に対して、謀反を起こそうとしている。父上は今や帝国領に轟く名領主! その父上が皇帝陛下の近しい者に書簡を出すのです。きっと、皇帝陛下も無視できませんよ!」


「なるほど。確かに、私の名を出せば大臣とはコンタクトが取れるが。しかし、クレオよ。万が一にも皇帝陛下を謀ったとなれば、我らもタダでは済まんぞ?」


「なぁに、バレるはずありませんよ。アルゴートは元々、罪人の流刑地。更には実際に大天使と言う巨大な力を帝国の許可なく有しているのですから! これはすべて事実! 僕たちは、その事実に少しばかり味付けをするだけですよ。味を濃くするだけです」


 アルフォンスは数秒ほど黙り、「ふーっはっは!!」と笑い出した。

 どうやら、彼の脳は都合の良い花畑を見つけたらしい。


「なるほど、悪くない! カイトは私を頼る以外にツテなどないはずだからな! 必ず泣きついてくるだろう!」

「ええ。その時は、手を差し伸べてあげましょう。大天使様に跪いて」


 フェルバッハ家の行動は早い。

 悲しいことに、思い立ったらすぐに計画書を作り実行に移す姿勢はカイトとこの父と愚弟、そっくりである。


 アルフォンスはアルゴートの危険性を過剰に演出した書簡を作り始めた。

 クレオは父の名代として、帝国に近い人間と関係を構築していく。


 愚か者たちの次なる蛮行は、一度芽を出すと驚異的なスピードで根を張り、禍々しい実をつけようとしている。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 野盗襲撃から1週間。

 アルゴートでは再び夜襲をかけられた際に備えるべく、カイトが指揮を執っていた。


「カイト様ぁ! 門が完成しましたぜ!」

「ご苦労様です。これは……。想像以上に立派なものになりましたね」


「そりゃあもう! ユリス様の創造の力ですから! 面倒だからと言って、部品だけ置いて行かれたので、オレらで組み立てましたが安心してくだせぇ! オレら、大工仕事は得意なんでさぁ!!」

「知ってますよ。俺が初めてこの地に来た時にも、廃材を利用した頑丈な家に住んでましたもんね」


 アルゴートと街道を繋ぐ舗装された道には、頑丈で巨大な門を建てた。

 居住区の周りには鉄柵を。

 これだけの設備を揃えれば、野盗が侵入に手間取っている隙を見て対応できるだろう。


「カイトー! お昼ご飯持って来たよー! どうしたの?」

「ふむ。何やら物思いに耽っているように見えるのだよ」


 リザとユリスが工事現場にやって来た。

 カイトはユリスに門と鉄柵の創造のお礼を言ってから、「少しだけ気になる事があってさ」と切り出した。


「先日の野盗。どう見ても金品を略奪しようと計画していた風には思えないんだよ。人を襲って、建物に火をつけて。普通に考えたら、人よりもまず、貴金属とか銀貨や金貨。軽くて価値のあるものを奪おうとするよね?」


「そう言われてみれば、そうだよねぇ。人攫いはまあ、人身売買が目的ってことがあるかもだけどぉー。家を燃やすのは意味が分かんないねぇ」

「だよね。どうにも理解できない事が多すぎるんだよ。タイミングも……」


 カイトはそこまで口に出して、首を振る。

 「実家に帰省してからほとんど日を置かずに襲撃があった」からと言って、フェルバッハ家が関わっているなどとは邪推が過ぎると、カイトは自分を戒めた。


 もはや人間として尊敬できない人たちではあるが、血の繋がった親と弟である。

 彼らがそのような悪事に手を染めるとは考えにくい。


 と言うよりも、考えたくないのがカイトの本音だった。


 なにより、そんな事をして得るものがないとカイトは半ば無理やりに結論付けた。

 父と弟が、利益のないものに投資するはずがない、と。


 そこまで真相に迫っていながらも、カイトはそれに触れられない。

 彼の人の良さが悪い方向に作用してしまったのである。


「そんな事より、ご飯だよ、ご飯! カイトはしっかり食べて身体鍛えなくちゃ!」

「みんながそう言うけど、俺も結構やる時はやるんだよ?」


 リザは「はいはーい」と言って、エルフの里秘伝のソースで作ったサンドイッチを取り出した。

 それを受け取ってモグモグやっていると、ユリスがため息をつく。


「やれやれ。ボクも随分と甘くなったと言うか、君たちに感化されてしまったのだよ。まさか、面倒事を自分から提案しようと思うだなんて。ああ、嘆かわしいのだよ」

「ほえ? ユリス様、何か創ってくれるんですか?」


「違う。……とも言い切れないか。カイトくんはどうも、言い知れぬ不安に苛まれているように見えるのでね。ボクがひとつ、縁を創ってやろうと言うのだよ。シエラがいるとは言っても、彼女1人では心細いのだろう? 例えば、有事の際に頼れる者があと1人いれば、その悩みは払拭されるのではないかね?」


 心の中を見透かされたカイトは、「ユリス様には敵いません」と肩をすくめた。


「ボクの旧友に腕っぷしだけなら秀でた者がいるのだよ。カイトくんがどうしてもと言うのなら、紹介しないでもないのだがね」


 カイトは即答した。


「どうしてもお願いします! さすがはユリス様、頼りになるなぁ!」


 ユリスはひと際大きなため息をついて「分かったのだよ」と頷いた。



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