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20. アルゴートの戦士たち



 この日も普段と同じ夜だった。

 執務に勤しむカイトの元へ、リザが夕食を運んできたのは午後9時を過ぎた時分。


「2人ともごめん。俺の仕事のキリがつかないから、遅くなっちゃったな」

「全然平気だよ! だってせっかく一緒に住んでるんだもん! ご飯も一緒がいいよ! ねっ、シエラちゃん!」



「……じゅるり。……当然。……カイトは私の主。……主が働いているのにじゅるり」

「いや、本当に悪かった! さあ、食べよう!!」



 カイトたちがテーブルを囲み、遅い夕食を始めてから5分ほどが経っただろうか。

 外がにわかに騒がしくなり、怒鳴り声が響いた。


「喧嘩かなぁ?」

「いや、うちのみんなはこんなに品のない怒号を吐かないと思うけど」

「……はむっ。……はむっ」


 カイトが首を傾げながらもスープにパンを浸していると、ユリスが飛んできた。

 彼女はのんきに食事をしている3人に呆れながら叱責する。


「君たちは……。どうしてこうも危機意識が希薄なのか、ボクには理解できないのだよ。先ほどから響いている男たちの声が聞こえない訳ではないだろうに」


 ユリスの回りくどい口調にシエラは「……なるほど」と頷いた。


「……ユリス。……お腹空いたのならそう言えば良い。……私のパンを分けてあげる」

「そうじゃないのだよ! と言うか、分けてくれるのならばシエラ、君の齧ったあとのないものにしてくれるかね!?」


「それで、何かありましたか?」

「あったからボクはこうして来ているのだよ! 敵襲だ!」


 カイトとリザは食事を中断した。

 モンスターはこちらの都合などお構いなしに襲い掛かって来る。


「モンスターの種類は分かりますか? 近くの森や山は早くどうにかしないとですね。こうも襲撃が多いとなると……」


 顎に手を当てて唸るカイト。

 そんな彼に、ユリスは「違うのだよ」と告げる。


「相手は人間だ。野盗の集団のようだね。今、ヘルムートが指揮を執って、先行しているが、かなり数が多いみたいだからね。ボクがこうして時間外労働をする羽目になったのだよ。やれやれ、まったく」


 カイトは少しばかり身震いをした。

 人間による領地の襲撃は初めての事だったからである。


 脳裏には「なぜこんな辺境の街を襲うのだろうか?」と疑問が湧いたが、すぐにかき消す。

 まずは現場に急がねばと、カイトは剣を持って家を飛び出した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 居住区では、大規模な戦闘が行われていた。

 ヘルムートは頼りになる男。

 彼は、女子供、年寄りを真っ先に避難させたのち、力自慢の荒くれ者を指揮し防衛ラインを維持していた。


「すみません、ヘルムートさん! 遅くなりました!!」

「か、カイト様ぁ!? なにをしてるんですかい!?」


「えっ? いや、襲撃だって言うから、俺も戦おうと思って」

「リザ嬢ちゃん! 頼んます!!」


 リザが「オッケー!」と返事をしたかと思えば、カイトの手から剣が奪われた。


「あっ! ちょっと! 俺の武器を取り上げてどうするの!?」

「カイトが戦力になる訳ないでしょ! むしろ、みんながカイトの心配をしなくちゃいけなくなるんだからぁ! ここでじっとしてて! それで、指揮だけ執ってくれればいいのっ!!」


 カイトは戦場に着くと同時に戦力外通告を受けた。


「……はむっ。……はむっ。……私の食事を邪魔した罪は重い。……彼らには、それを思い知ってもらう」

「まだ食べているじゃないか。と言うか、ボクも戦うのかね? 戦いなんて野蛮な事は専門外なのだがね」


「カイトの分を補ってくれればいいですから! 力を貸してください、ユリス様!」

「ふむ。カイトくんの分だけで良いのかね? ならば了承しよう。楽な仕事なのだよ」


 シエラが目で見てわかるレベルの魔力を溜め始めると、リザは剣を抜き臨戦態勢。

 ユリスは面倒くさそうにあくびをしながら指先に魔力を込める。


「いいですかい? カイト様はこの樽の影から絶対に出て来ねぇでくだせぇ! 邪魔ですから!!」

「俺、そこまで頼りにならない?」


 リザがすかさずフォローをする。

 彼女はカイトの1番の理解者である。


「カイトは頼りになるよ! だから身を守って欲しいの! 替えが効かないんだよ、集団のリーダーって!!」


 リザの優しさで心の傷を埋めたカイトは渋々ながら頷いた。

 「じゃあ、みんな。怪我はしないで」と静かにエールを送りながら。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「やぁぁぁぁっ!! わたしたちの街を荒らしてぇ! てぇぇぇぇいっ!!」


 まず小回りの利くリザが乱戦の中に飛び込んだ。


「ぬおっ!? この女……!! おい、こいつぁ上物だぞ! 手ぇ貸せ!」

「じゃじゃ馬だが、飼いならしゃ高く売れるぜ! へっへっへ!」


 体の大きな野盗に挟まれると、リザの姿は見えなくなってしまう。

 だが、彼女も冒険者として腕に覚えがあった。


「あなたたちにぃ! わたしは釣り合わない! よっ、とぉ!!」


「ぎゃあぁぁぁっ! いってぇ!! 腕が!!」

「こ、こいつ剣を2本持ってやがっ! ひぎぃぃぃぃっ!!」


 カイトから没収した剣も巧みに操り、リザが躍動する。

 それでも相手が3人以上になると苦戦してしまう。


 そこで登場するのがユリス。


「やれやれ。本当にボクは戦闘なんて嫌いなのだよ。だが、この野蛮な人間に近寄られるのは生理的に受け付けない。リザくん、援護しよう。『スピリットニードル』」


 ユリスは指先に溜めた魔力を棘のようなものに創造し直し、それを器用に空中でクルクルと旋回させて野盗の背中に突き刺した。

 あれほどまでに騒がしかった野盗たちが、声も上げずに倒れていく。


「ありがとー! ユリス様!!」

「礼には及ばんのだよ。ぎゃあぎゃあとやかましいので、麻痺属性も付与しておいたからね。この調子で適当に支援するから、背中は任せたまえ」


 居住区の西側はリザとユリスで完封できそうな気配である。

 ならば、東側の守りが薄くなるのではないか。


 結論から言えば、そんな事はない。


 そちら側にはシエラがいる。

 食べることが大好きな大天使が食事を邪魔されて立腹している。


 これ以上の情報は必要とされるのだろうか。


「……ヘルムート。……みんなをこっちに避難させて」

「へい! おおい、おめぇら!! シエラ様が何かとんでもねぇ魔法を使うぞ! 巻き添え食いたくねぇだろ!? 走れ、走れ! こっちに急げ!!」


 アルゴートの領民であれば、シエラの力の強大さは算術のできない者だって理解している。


「……今日の肉料理は冷めると味が落ちる。……これは許されない罪。……断罪する。……『ライジングストーム』」


 圧倒的な光景であった。


 シエラが手を振る度に、細く鋭い雷が野盗に向かって落ちていく。

 わざわざ細く加工する手間を加えているのは、居住区の建物に被害を与えないためだろう。


「こ、こんな化け物どもがいるなんて、聞いてねぇぞ!!」

「お、おい! てめぇ、逃げんじゃねぇ!! あがががががっ!!」


 蜘蛛の子を散らすとはかくあるべしか。

 元々が烏合の衆だった野盗たち。

 「金に目がくらんだ」と言う共通点しかない彼らには、徒党を組んで闘うと言う発想すらない。


 無論、彼らが何人、何百人集まろうともシエラの前では誤差の範囲であるが。


「ダメだ! とりあえず、適当に火ぃつけて逃げるしかねぇ!」

「割に合わねぇ仕事だぜ! おらよっ!」


 野盗の撃退は完了しつつあるが、彼らは逃げる際に建物めがけて火炎瓶を投げつける。

 カイトはすぐに消火を指示した。


「ボクに任せたまえよ。せっかく創り出したボクの建物に火をつけるとは。『ファウンテンレイン』!」


 火炎瓶は非常に優れた攻撃手段である。

 1度の投擲で効果が出るし、逃げながらでも実行可能。


 だが、創造の天使の前では全てが無意味。

 ユリスの創り出した優しい雨が火の粉すら残さずに洗い流していく。


「……カイト。……追撃の許可が欲しい。……あの手合いは徹底的に叩いておかないと、また来る」

「分かった。ただし、殺さないようにね?」


「……了解した。……まったく、カイトは甘い。……だが、それが良い」


 そう言うと、シエラは上空高く飛び上がる。


「うへぇー。野盗は絶対に許せないけど、ちょっぴりだけ気の毒だねー」

「シエラは攻撃にも優れた大天使なのだよ。彼女の相手はボクだってごめんだね」


 それからしばらく「ほぎゃあぁぁぁっ」と言う耳障りな悲鳴がこだましていたが、それも数分すれば聞こえなくなった。

 かくして、野盗によるアルゴート襲撃は被害を出さずに過ぎ去っていった。



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