18. 卑しい家族 (ざまぁ回)
急な展開だった。
アルゴートにヘルメブルクから視察部隊がやって来たのは1週間ほど前の事。
彼らは目を白黒させながら、大地は荒れ果て、人は枯れ果てていたただの流刑地の変貌ぶりに感嘆のため息をついていた。
「すぐにお父上に書状を送ります!」と、髭をたくわえた偉い人が言うので、カイトも「お願いします。まあ、父も多忙でしょうから気長に待ちます」と応じた。
が、リアクションはすぐに訪れる。
通常ならば手紙のやり取りをするのにも片道10日はかかる位置関係にあるヘルメブルクのフェルバッハ領とアルゴート。
にもかかわらず、わずか1週間。
早馬を飛ばして手紙がカイトの元に届いた。
内容は「貴様の素晴らしい功績を確認した。1度屋敷へと帰参せよ。相応しい褒美を取らせる」との事で、父親に認められた気がしてカイトは喜んだ。
ならば早速出発しようとなったのが、今朝の事である。
「カイト、わたしも行かないで平気? 途中で倒れたりしない? やっぱりわたし、ついて行こうか!?」
リザはアルゴートに来てから随分と心配性になった。
カイトの事がとにかく気になる。
その理由についてここで言及するのは無粋である。
「大丈夫だよ。今回は父が寄越した馬車があるから。これならば、快適な旅ができるから倒れたりしない。それに、シエラもいるから」
「……私はカイトとアルゴートを開拓した大天使。……だから、カイトの実家で美味しいご飯を食べる権利がある。……ドヤぁ」
今回の帰省に随伴するのはシエラのみ。
大勢で行っても迷惑になるかもしれないし、そもそもちょっと顔を出したらすぐに戻ってくるつもりだからとカイトは語る。
「まあ、留守を預かるのはもう慣れたから、ゆっくりと久しぶりの実家を楽しんで来ると良いのだよ。ボクはエルフたちとチェスに興じているから、気にしないで良い」
「オレらがカイト様のお留守はがっつり守りますんで! とにかく道中、お気を付けてくだせぇ!! お父君にガツンと言ってやるんですぜ!!」
賑やかな見送りを受けて、カイトとシエラはヘルメブルクへと向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ヘルメブルクの街並みを見てもさほど郷愁の念が湧いてこなかったのは、カイト自身意外に感じていた。
フェルバッハ領から追放されて半年と少し。
再びこの地に戻る事はないと思っていたからだろうか。
懐かしいとも、愛おしいとも思えずに、むしろ前日に発ったばかりのアルゴートに早く戻りたいとさえ感じていた。
その感情は屋敷に着いても変わらなかった。
だが、カイトは久しぶりに会う父の前で暗い表情はよそうと、無理に笑顔を作った。
「フェルバッハ家のご長男! カイト様のお帰りでございます!!」
門番が仰々しく頭を下げた。
屋敷を追い出された時の冷たい目はどこに行ってしまったのか。
「おおお!!! カイト! 待っておったぞ!! 報告書は全て読ませてもらった! あのアルゴートをよくぞ短期間でここまでの都市にしたものだ! さすがは私の息子だな!!」
「は、はい。お久しぶりです、父上」
想像していたよりも5倍は上機嫌なアルフォンス。
と言うか、このようにテンションの無駄に高い父の姿をカイトは知らなかった。
「……兄上。ご壮健でなによりです。なにやらご活躍のようで」
「クレオ。久しぶりだな」
弟も予想よりもはるかに大人しかった。
彼は優れたスキルを得ていたので、さぞかしその功を誇って来るだろうと思っていたのに。
何かがおかしい。
カイトは漠然としているものの、居心地の悪さをハッキリと感じ始めていた。
「おい! 料理と酒を早く運ばぬか! カイト、今日は貴様のために宴席を用意したぞ! 我が自慢の長兄に相応しい、贅を尽くした料理だ! 心行くまで楽しんでくれ!!」
「はあ。ありがとうございます」
「……じゅるり。……カイト、食べてもいい?」
「もちろん。俺のためだって父上が言ってくれてるんだから、それはつまりシエラのためってことだよ」
「……なら、遠慮なく。……む。……エルフの料理に比べると味は落ちるけど、まあそこそこ。……悪くはない。……はむっ」
そこそこと評価した割にはモグモグと食事に忙しそうなシエラ。
アルフォンスはカイトに尋ねた。
「そちらのお嬢さんはカイトの恋人か? はっはっは! 甲斐性も育っているようであるな!!」
「ああ、いえ。彼女は大天使です」
「もう酒に酔ったのか?」
「まあそうなりますよね。ご説明します」
カイトはシエラについて、包み隠さず父と弟に話して聞かせた。
彼女は古に封じられた大天使であり、アルゴート発展の立役者はシエラであると。
いくつか大天使の能力についても教えるカイト。
その度に「おお!」「なんと!?」とアルフォンスは驚きを隠そうともしない。
「そ、それでは、大天使様はアルゴートに住まわれていたのか!?」
「ああ、いえ。本格的な封印だったので、俺が偶然スキルで彼女を起こしてしまったんです。本当に偶然で、幸運でした」
「す、スキルぅ!? あ、兄上のスキルって《目覚まし》では!?」
「ああ。その《目覚まし》は万物のいずれにも効果があるらしくて、実はもう1人、創造の天使様もこのスキルで起こしたんだ。今はアルゴートの発展に寄与してもらっている」
アルフォンスはクレオに「ちょっと来い!」と言って、一時退席した。
大きな食堂にポツンと残されたカイトとシエラ。
「ごめんね、シエラ。あれが俺の父親と弟。正直に言って欲しいんだけど、どう感じた?」
「……はむっ。……はむっ。……狡猾で卑しい魂胆が透けて見えた。……あれとカイトに同じ血が流れていると考えると、人間の神秘を感じる」
シエラの感想は辛辣だった。
だが、しっかり本質を捉えているとカイトも思った。
その感想はすぐに現実のものとなる。
人間の醜さとは、かくあるべしか。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「いや、すまなかったな、カイト! どうした、酒が進んでいないじゃないか! どれ、私が注いでやろう!!」
「ああ、すみません」
「兄上! やっぱり兄上は僕の尊敬する人物だったようです! まさか大天使様を使役なさるなんて! このクレオ、感服いたしました!! やはり、フェルバッハ家は兄上がいなければ!!」
カイトは返事をするのも馬鹿馬鹿しくなって、本題に斬り込んだ。
「何かお話があるようですが?」
「さすがは我が息子! 察しておったか!! 実はな、大天使様のお力を借りて、我がフェルバッハ領をさらに拡大していこうと考えておったのだ! どうだ、悪い話ではなかろう?」
「僕の領地にも少しばかり御助力頂けるとありがたいですなぁ!!」
「質問があります」
「ああ、ああ!! 何なりと聞いてくれ! 我が息子よ!!」
「アルゴートはどうなります?」
カイトの言葉を受けて、アルフォンスは一瞬、苦虫を嚙み潰したように顔を歪めた。
彼は思い出していた。
「そうだ。これが俺の知っている父上の顔だ」と。
「あのような土地はもうどうでも良いのだ! 充分に発展させたのだろう? ならばもう放っておけ! あそこは場所が悪い! 帝国領の僻地だから、せっかく発展しても利便性の面から見ればやはり所詮は元流刑地よ。カスを育ててもそれなりだ! であればこそ、新たに未来ある大地を発展させようではないか!!」
アルフォンスはやってはならない事を2つ犯していた。
1つ、カイトの前でアルゴートを貶した事。
領主としての責務と誇りを持っている彼にとって、それは最大の侮辱であった。
2つ、アルゴートはシエラの故郷のようなもの。
それを大天使の前で「どうでも良い」などと宣ってしまった。
「……カイト? ……私、すごく不愉快。……攻撃の許可を求める」
カイトは「いいや」と首を振って、父と弟に短く答えた。
「俺がどうかしていました。あなた方とはどうやら、価値観が変わってしまったようです。俺はこれからもアルゴートを帝国領で1番の、いや、世界で1番の領地にして見せます。では、失礼します。領民が待っていますので」
シエラは不満顔だったが、カイトが「帰ろう」と言うので仕方がなくついて行く。
心中穏やかでないのはフェルバッハの父と弟。
金の卵を産む鶏になったカイトを逃してなるものかと、声を張り上げる。
「ま、待て! カイト、待て!! もちろん、フェルバッハ家の次期当主は貴様だ!! それでは不服か!? ならば、望みのものを言え! 何でも用意する! だから行くな!!」
「そうです、兄上! あなたはこのフェルバッハ家を見捨てると、そうおっしゃるのですか!?」
カイトは門番に「ご苦労様」と声をかけて、振り返る。
そして、返事をした。
「父上。あなたにはアルゴートと言う宝物を頂きました。この上何かを欲するのは強欲が過ぎます。クレオ。こんな事は言いたくないのだが、言っておかないと父上にもクレオにも伝わらないだろうから、1度だけ口にする」
「はぁ」と息を吐いて、カイトは言い放つ。
「俺を見捨てて追放したのはあなた方だ。これ以上のやり取りはお互いにとって無為です。このまま大人しく帰るのが、育てて頂いたせめてもの恩返しです」
カイトの「恩返し」の意味が分からずに、再び騒ぎ始めたアルフォンスとクレオ。
彼らはシエラを怒らせるとどうなるのか知らない。
実家が火事になるのはカイトも避けたかった。
これを温情と呼ばずして、何と名前を付ければいいのだろうか。




