17. 豊かになっていくアルゴート
エルフの国・ルズベリーラからカイトたちがアルゴートに戻り、2週間と少しが経とうとしていた。
その間に、アルゴートの生活風景がまたしても劇的なレベルアップを果たす。
「領主様。シャイオットの料理のメニューはこのような感じでいかがでしょう?」
「ありがとうございます、フレデリカさん。俺には全部が美味しくて判断がつきません。ですので、全権を料理長であるフレデリカさんにお任せしますよ」
カイトの家を訪ねて来たのは、ルズベリーラから派遣されて来たエルフ料理人部隊のリーダーである、フレデリカ。
彼女を中心に20余名のエルフたちがアルゴートに移住してきた。
「えっ? あの、お言葉ですが領主様。この地の名物を作るんですよね? 私のような新参者に任せて頂けるのですか!?」
「はい。それが最善だと思います。エルフさんたちの料理の腕前を見ていたら、俺じゃなくてもその結論にしかたどり着けませんよ」
実際のところ、アルゴートの食事事情は変わっていた。
見た事もない香辛料を使い、聞いたこともない料理手法で作り出される魅惑の食事は、荒くれ者の多いアルゴートの民のハートをガッチリキャッチしている。
「カイト様ぁ!! 農園で育てる品種を増やそうかって話が出てるんでさぁ! っと、こいつぁすみません! フレデリカ様がいらっしゃったとは!!」
やって来たのはヘルムート。
カイトは領民の声をフレデリカに届けようと考える。
「ヘルムートさん、ちょうど良いところに。エルフの料理人の皆さんが来てから、どうですか?」
「もう死んでもいいってくらい幸せでさぁ! 食事ってすげぇなって!!」
「これが俺も含めた領民の総意ですよ。本当に、今まで食べていたものは何だったのかと」
ヘルムートはそれから、興奮冷めやらぬ様子で「エルフの料理のここが凄い」をベストテン方式で語り始めた。
それを聞いていたフレデリカも気付けば笑顔になっており、シャイオットの調理をはじめ、アルゴートの名産品作りの件を引き受けてくれる。
「私たちも、アルゴートに来て良かったと思っているんですよ」
「本当ですか? こんな何もない荒野に!?」
「ヘルムートさんみたいに、私たちの料理をこんなに美味しそうに食べてもらえるのは料理人冥利に尽きます。ステキな家も用意して頂きましたし」
「そっちはユリス様の仕事で、俺は何もしていませんけどね」
「何言ってるんですかい、カイト様ぁ! あんたが来てくれたところから、アルゴート発展の道は始まってんだ! もっと自慢げに語ってくれなきゃ、オレたちが困っちまう!!」
「うふふっ。こんなに慕われる領主様の元で働けて、私たちも幸せです」
フレデリカは「それでは、早速メニューの選定に取り掛かりますね」と言って、エルフの居住区に帰って行った。
「それじゃあ行きましょうか?」
「どこに行かれるで?」
「ヘルムートさんが言ったんじゃないですか、農園の件。ユリス様にも挨拶しておきたいですし、一緒に行きましょう」
「ああ! そうでした! 行きやしょう!!」
カイトはヘルムートと一緒に家を出る。
リザは警備隊と一緒にアルゴートの周りを警ら中。
シエラは恐らく食堂だろう。
彼女は新作料理の味見役を買って出ており、エルフたちが移住して来てからは食堂に入り浸っている。
「それにしても、アルゴートもすっかり華やかになっちまいましたねぇ!」
「景観は本当に様変わりしていますね。俺が来た時は酷いものだったのに」
綺麗に舗装された道を歩きながら、アルゴートのビフォーアフターについて語る2人。
脇には綺麗な水の流れる水路があり、少し遠くに視線を移せば使い道のなかった巨木にユリスが作ったツリーハウスが並ぶ。
そこに住んでいるのがエルフたち。
なるべく故郷であるルズベリーラと似たような住まいを提供している。
農園に着いたら、カイトは仕事をこなす。
出荷量の調整と、エルフたちが希望している農作物の育成について、ヘルムートとユリスを交えて話し合う。
それが終わると、カイトは丸太を利用した椅子に座り、もう一度自分の領地を眺めた。
本当に随分と変わったものだと他人事のように感心しながら、カイトは幸せだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふむ。領主様がなにやら物思いに耽っておられるのだよ。隣に座っても良いかね?」
ユリスがやって来た。
カイトが彼女を拒む理由などない。
「もちろんです。どうぞ」
「エルフのお嬢さんたちから、シャイオットとモンスター肉のサンドイッチをもらってね。これがなかなか絶品なのだよ。君も1つ食べるかね?」
カイトは「では、せっかくなので」と受け取って、パクりと頬張る。
シャイオットの濃厚な香りとモンスターの肉のジューシーさで、お口の中が宝石箱になった。
「それにしても、カイトくん。君の領地はどんどん面白くなっていくな。大変興味深い」
「そのうちの何割かはユリス様のお力ですけど。面白いとは?」
ユリスは「やれやれ」とため息をついて続ける。
「君は領主として有能だが、肝心なところが抜けている。そこがまた愉快なのだがね。いいかね? 人間とエルフが共存する都市など、ボクは見た事がないのだよ。以前にも言ったが、エルフは非常に排他的な種族で、他種族とは滅多な事では交流を持たない」
「ああ、そういう話でしたね。ラッキーだなぁ。もしかすると世界でここだけかもしれませんね」
「のんきなものなのだよ。君はもっと野心を持つべきだ。例えば、帝国領の中央部の人間がこの地を見たら、恐らく腰を抜かすだろうね。そして、大金を抱えて領地を譲ってくれと懇願するだろう。ふむ。帝国金貨1万枚。いや、3万枚くらいは余裕だろう」
カイトはどんなに大金を積まれても、アルゴートを手放す気などなかった。
行く当てのない自分を受け入れてくれた、そして一緒に発展して来た大切な領地に金額など付けられるはずもない。
だが、不意に思い浮かんだのは、実家の父親の事だった。
アルフォンス・フェルバッハは稀代の名領主として帝国領に名を轟かせている。
かつてはカイトも憧れた。
こうして追放された今でも、尊敬する心は残っている。
思い付きは、軽い気持ちからだった。
このアルゴートを父に見せれば、少しは自分の事を見直してくれるのではないか。
今やこの地は帝国領の中でも類を見ない、珍しい領地となった。
ならば、名領主と名高い父、アルフォンス・フェルバッハに自分の働きぶりを採点してもらうのはどうか。
悪くない考えのように思えた。
ユリスに意見を求めてみる。
「君がやりたいようにすればいいのだよ。領主とは権力を振るうのも仕事のようなものだからね。優れた第三者の目でアルゴートを評価させ、この地の価値を認めさせるのも今後の発展に役立つかもしれないと思う。好きにやってみたまえ」
「そう……ですよね! ちょっと手紙でも送ってみます!!」
天使のお墨付きをもらったカイトは、急ぎ自分の家に帰りペンを取る。
意外と筆が重く、納得できる内容のものを仕上げるには夜までかかった。
第一稿はあまりにも卑屈な文言が並んでいたため破棄し、第二稿はどうにも品に欠けている気がしてやはり破棄。
「これならば」と頷けるものは第四稿になった。
恐らく、アルフォンス・フェルバッハは視察部隊を派遣してくるだろう。
望むところである。
今のアルゴートならば、父にだって弟にだって、世界中の誰にだって自慢できるとカイトは胸を張る。
数日後、たまに顔を出す行商人に手紙を託した。
実家からリアクションが届いたのは、それから1週間しか経たない時分であった。
彼の想像とは少し違う反応は、カイトの運命を変えるものである。
当然のことながら、カイトはまだその事実に気付いてはいなかった。




